【57】そっくりさんは手強い
黒髪の枢機卿と私のそっくりさんが睨み合う。
そして、枢機卿が口を開いた。
「貴女はまるでこちらにいらっしゃる猊下が偽者だと確信しているようですね」
「……」
そっくりさんは無言だ。
でも確かに、そっくりさんがあそこにいる教皇さんを偽者だと断定してるっぽいのは不思議だ。ギャラリーがなんの疑いも持たないくらいには、気のせいだけではない神聖なオーラを教皇さんは纏っている。それに、枢機卿なんて特に信仰心が厚い人だろうし、偽者の教皇さんのためにここまでムキになるとは思えない。
そっくりさんが何も言わないので枢機卿さんはそのまま話を続ける。
「実は、私達は猊下が既にこの世にいないと思っている方々には心当たりがあるんですよ」
「心当たり……?」
怪訝そうに呟くそっくりさん。
おお……なんか手に汗握る展開になってきたね。
私も一応当事者の筈なんだけど、今は完全に枢機卿さんvsそっくりさんを見守る観客になっている。もちろん応援するのは枢機卿さんだ。
「少し前、教会本部に不審者が侵入しようとしたことがあったんです。かなりの手練れでしたが、我々教会にも腕に自信のある者は少なくないので何かが起こることもなく捕えることができました」
「……は?」
枢機卿さんの言葉に、そっくりさんが蚊が鳴く声くらい小さく反応した。心なしか少し顔色も悪くなった気がする。
「平和的に話し合ってみると、どうやらその不審者は暗殺を依頼されたという者だったんですよ―――あろうことか、我らが教皇猊下の暗殺を」
そう言った黒髪の枢機卿さんの声には明確な怒気が込められていた。そして、教皇さんが害されようとした事実に観衆も憤りを禁じ得ない様子だ。
「捕えた暗殺者と穏便に話し合った結果、その暗殺者さんは教皇猊下を暗殺したと思い込んでくれたんですよ」
ん? どういうことだ?
『リュカオン、なんで話し合っただけで暗殺者さんが教皇さんを暗殺したと思い込むの?』
『……シャノン、そこは深く考えるな。奴はオブラートに包んで話しているだけだ』
『なーるほど』
権力のあるところには闇もあるって話だね。帝国の国教ともなれば暗殺者からスルッと話を聞き出したり、思考をちょこ~っと弄っちゃう秘術もあるわけだ。この藪は蛇しか出なさそうだから突くのは止めておこう。
シャノンちゃんまだ十四歳だし。
『深くは考えないことにするよ』
『それがいい』
リュカオンが良くできましたとでも言うように尻尾で私をポンポンと叩く。
そして枢機卿さんのターンはまだ終わらなかった。
「もちろん、プロの暗殺者でしたから依頼人がいます。彼は快く依頼主を教えてくれましたよ。ユベール当主だとね」
「そんな……!」
「彼は依頼を達成したと思い込んでいますから、もちろん達成報告に向かいました。そして報告に向かった彼を尾行するとユベール本家の邸宅に辿り着いたんですよ。―――当主、貴方は快く彼を迎え入れてましたね?」
枢機卿さんが視線を向けた先には騎士さん達に囲まれたユベール家当主とその息子、ダリルの姿があった。
ウラノス王国を嫌っているユベール家は不参加のはずなのに、どうしてここにいるんだろう……。
そう思っていると皇帝が説明してくれた。
「和平記念式典なのに欠席とかいうふざけた真似をしてくれたユベール君達だけど、話を聞きたいから連れてきてもらったんだよ。……娘も招集したはずなんだけど、どうして来てないのか説明してもらおうか」
前半は私に向けて、後半はユベールの当主に向けての言葉だ。
「我が娘は体調を崩して伏せっております。それでも出向けとおっしゃいますか?」
「君達はたかがささくれでも体調不良って言うでしょ。それに、元気なのに貴族の義務とも言える式典への出席をサボろうとした君達がそんなこと言う?」
ハッと鼻で笑う皇帝。完全にユベールを煽ってる。嫌いじゃないよ、その対応。
「まあいいや。せっかく来たんだから猊下を狙った暗殺者が君のところに依頼達成報告をしに行った件の弁明でもしてけば?」
投げやりに話を振る皇帝。
それに不満気に顔を歪めつつもユベール家の当主が口を開こうとしたけれど、それは私のそっくりさんの声によって遮られた。
「―――そんな! ユベール家の方々が教皇様を暗殺しようとしたなんて……! 私、怖い……」
「……は?」
そっくりさんの言葉に唖然としたのは、私達だけじゃなくてユベール家の二人もだった。
ヴィラがユベール家の二人と一緒にこの場に現れなかったことからしても、私の姿に化けているのはヴィラ・ユベールで間違いないはずだ。
ヴィラ・ユベールがユベール家を切り捨てるような発言をした……?
ヴィラはユベール家のために動いていると思ってたから今の発言には驚いた。それはユベール家の二人も同じみたいだけど。
二人は貴族らしく表情はあまり動かなかったけど、少し目を見開いて私のそっくりさんの方を見ている。だけど、そっくりさんはどこ吹く風で一度も二人の方を見ようとはしない。
ヴィラ・ユベールは一体何がしたいんだろう……。
実家をも容赦なく切り捨てるその姿に、恐怖と同時に寒気を覚えた。
『おいおいこの娘、いとも簡単に家族を切り捨てたぞ……』
リュカオンもドン引きしてる。ふわふわな毛も若干逆立っちゃってるよ。
さり気なくリュカオンを撫でて逆立った毛の流れを直してあげる。
よし、元通り。
すると、これまで黙っていた教皇さんが口を開いた。
「―――なるほど、まだ自分が本物だと言い張るつもりか」
「……」
そっくりさんは何も言わない。だけど、表情がその通りだと主張している。
「そうか、ではまずはそなたが偽者だと証明することから始めようか」
教皇さんの言葉にそっくりさんの体がピクリと反応した。だけどすぐにやれるものならやってみろとでも言うような態度になる。
肝の据わり方が尋常じゃない。まあ、そもそも仮にも皇妃に成り代わろうとしてる人だもんね、それくらい肝が据わってないとそんなことできないだろう。
このそっくりさんを完全に下すには、中々骨が折れそうだ―――。
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