【56】お? 風向きが変わってきたね
伯父と同じようにゾロゾロと後ろに人を連れ、皇帝陛下がやってきた。
「―――へ」
陛下の顔を見た瞬間、私はまぬけな声を上げた。
だけどそのまぬけな声はそっくりさんの嬉しそうな声にかき消される。
「陛下!」
伯父の後ろに隠れていたそっくりさんが皇帝のもとに駆け寄って行く。
そっくりさん……面食いなんだね。
白髪に水色の瞳をした陛下はかなりお顔が整っていた。私が今まで会った人間の中でもトップクラスの美貌だ。そっくりさんの目がハートになっちゃうのも頷ける。
そっくりさんがとっても嬉しそうに皇帝に近付いて行くのを私は冷静に見守っていた。
そして、そっくりさんが皇帝の腕に手をからませようとしたのを皇帝が軽く手で制す。それにどうして? と言いたげに首を傾げるそっくりさん。
我が顔ながら中々かわいいな。
そっくりさんから一歩離れ、皇帝は冷静に言った。
「どうやら奇妙なことになっているようだね。いつの間にか我が国の皇妃が増殖していたようだ」
あれ? 皇帝って私の顔知ってたっけ? よく皇妃って分かったね。事前に騒ぎの内容の報告を受けてたのかな。
「まあ、それは冗談として、どちらかが皇妃に化けているようだな」
「陛下! 私が本物です! 信じてください!!」
祈るように手を組み、上目遣いで皇帝を見上げるそっくりさん。
『あざといな』
『あざといね』
念話でリュカオンと言い合う。
かわいさで皇帝の信用を勝ち取ろうとしてるのが手に取るように分かった。
「―――なにあの子……」
「皇妃様があんなことするかしら」
そんな呟きがギャラリーの方から聞こえてくる。
私の顔をしてるだけあって確かにかわいいけど、どうやら女性達からは不評みたいだ。
女性達の呟きを聞いたそっくりさんから、一瞬だけスッと表情が抜け落ちた。すぐににこやかな表情に戻ったけど、その表情の恐ろしさにゾッとする。
絶対内心ブチ切れてるよ……。
無邪気な化けの皮からちょいちょい見え隠れする本性が怖すぎる……。シャノンちゃんホラー苦手なのに。
だけど、そっくりさんはギャラリーの女性達の言葉にもめげなかった。
「陛下、私嘘なんか吐いてないんです……」
うるうると目を潤ませて皇帝を見上げるそっくりさん。器用だね。
どうやったらそんなすぐに目を潤ませられるんだろう……。
私もやってみたけど全然涙は出なかった。からっからだ。
『……シャノン、急に目を見開いてどうした……』
『なんでもない』
私にあざとい仕草はハードルが高かったらしい。
私がリュカオンとそんなやり取りをしていると、皇帝が私のそっくりさんを見下ろした。そして全人類がうっとりするような微笑みを浮かべてそっくりさんに問いかける。
「君、本当に嘘吐いてないの?」
「は、はい!」
そっくりさんも目がハートだ。皇帝にメロメロなんだね。
「そう。……そっちの君は?」
皇帝の視線がこちらに向いた。
「私も嘘なんか吐いてません。私が本物のシャノンです」
「嘘よ! だって―――」
「君、ちょっと静かにしようか」
皇帝が何かを言おうとしたそっくりさんを制止する。
「あくまでどちらも本物だって言うんだね」
皇帝の問い掛けに、私とそっくりさんはコクリと頷く。
すると、皇帝はちらりと私の方を見て周囲には分からないほど素早くウインクをした。
……もしかして皇帝、私達の見分けがついてる……?
なんとなくそんな感じがした。仮にも皇妃が増えたにしてはやけに冷静だし。何か目的があって、あえて分からないフリをしているのかもしれない。
「どちらが本物なのか証明する前に、もう一人ゲストがいるからその方を先にお呼びしよう」
皇帝のその言葉に観衆が再びざわめき出す。
それもそうだろう、このタイミングで何でゲスト呼ぶの? って普通は思うもんね。私も思う。大国の王二人が集まっている場にゲストで呼ばれるのって一体誰なんだろう……。さっきの皇帝の表情からしてそんなに悪い人じゃないと思うんだけど。
「お越しください」
皇帝がそう呼びかけると、再び十人程の集団が現れた。その先頭を歩いている人はベールを被っているのでその顔は見えない。背格好からして男の人だと思うんだけど……。白くて高そうな神官風の服は体のラインが出ないのでいまいち分かりにくい。
あれは一体誰なんだろうと思う私とは対照的に、民はすぐに当たりがついたようだ。
「ベールの人の後ろを歩いてるの……あれって枢機卿達だよな……」
「ああ、俺枢機卿が誰かの後ろを歩くの初めて見た」
「ってことはあれ……」
枢機卿を従わせられる立場にいる存在、それはただ一人だ。
―――教皇様だよな……。
ベールの人の正体を察した民達は次々に膝を折り、跪き始める。誰に言われることもなく、自主的にだ。
教皇が半ば信仰の対象になってるのがよく分かる光景だった。
教皇さんだと思われるベールの人からはどことなく神聖なオーラを感じるから跪きたくなる気持ちもよく分かる。私は皇妃だからできないけど。
そっくりさんはどうするんだろうと思いちらりと見てみると、そっくりさんは信じられないものを見る目で教皇を見ていた。その口が小さく「なんで……」という形に動く。もちろん声は出してないけど。
なんでっていうのは、どうして表舞台には決して顔を出さない教皇さんがここにいるのかってことかな。それとも別の意味が込められているのか……。
「なぜここに私がいるんだ、とでも言いたげな顔だな―――ヴィラ・ユベール」
「!」
そっくりさんの方を見て教皇さんが言った。
瞬間、会場が一気にざわめき出す。
「ヴィラ・ユベールってユベール家のあのお嬢様か!?」
「全然印象が違う……」
「もしかして、ヴィラ・ユベールが皇妃様に化けてるのか……?」
そんな声が耳に入ったのか、そっくりさんが慌てて弁明する。
「ち、違う……! 私は本物で―――!」
「教皇猊下のお言葉を否定するおつもりですか」
教皇の後ろに控えていた枢機卿の一人がそっくりさんの言葉に食い気味に反応した。
枢機卿の一人、黒髪の男性がそっくりさんをまっすぐ見据える。
「噂の通り、猊下の瞳は真実を見通します。そして猊下にはこの場で嘘を吐く理由がない。この意味、もうお分かりですよね?」
真顔のまま表情をピクリとも動かさずに言い放つ男性。
それに気圧されてか、そっくりさんがうぐっと言葉に詰まる。
おおおおおお! いいぞいいぞ! もっとやれ~!
すまし顔のままの私の内心は拍手喝采だ。表情を変えないのは場の空気を読んで、ね?
シャノンちゃんは全力で枢機卿を応援しております。心の中で。
だけど、そっくりさんはしぶとかった。
「その方が本物だという証拠は……?」
その質問に黒髪の枢機卿さんが不快そうに片眉をクイッと上げる。
「我ら枢機卿がこうして従っている。これ以上の証拠がどこに?」
「たとえ本物の猊下でなくてもあなた方が従っているように見せれば本物のように見せかけることは簡単なのでは?」
「―――枢機卿も軽く見られたものですね。我らの頭は誰にでも下げる程軽くはありませんし、こう見えても枢機卿としての矜持がありますので教皇猊下以外の後ろには付き従いません」
どうやらそれは有名な話らしく、多くの人が黒髪の枢機卿さんの言葉にうんうんと頷いている。
「それに貴女こそ先程からこちらのお方を偽者だと決めつけているようですが、それこそどこに証拠が? 猊下がもうこの世にはいないことを知っているような口ぶりでそれこそ不思議なのですが」
「!」
これまでそっくりさんが貼り付けていた無邪気そうな笑みが引きつる。
お? なんだなんだ? 何が起こってるのか分からないけど私はそっくりさんを追い詰めているっぽい枢機卿さんを応援するばかりだ。
枢機卿さんがんばれ~!!
フレッフレッと心の中で枢機卿さんを応援していると、無意識に両手が小さく動いてしまっていたらしい。
そんな私を皇帝がこっそりと微笑まし気に見守っていたと、後にリュカオンから教えてもらった。





