【55】そっくりさんには負けないぞ!
目の前にいる私のそっくりさんがきょとんとした顔でこちらを見ている。
だからそっくりさんの思考が全然読めない。睨まれるよりも心の底から何この人って思ってそうな顔の方が怖いことってあるんだね。
顔には出さないけど、伯父様も見分けられないようで私とそっくりさんを周囲からは分からないようにキョロキョロと見比べている。私から見ても本当にそっくりだから外見だけで判別するのは無理だろう。
伯父様は私の顔を知っているから会ったら皇妃だって証明してくれると思ってたんだけど、まさかこんなことになるなんて……。
完全に予想外だよ。
『シャノン、気をつけろよ。この者は多分お前に成り代わるつもりだ』
『うん』
もし私がここに来ていなかったらと思うとゾッとする。
ここにいなかったら、私は知らないうちにこの子に成り代わられていたんだろう。顔を完全に変える魔法なんて普通は使えないし使わない。だから、もし私がここで現れなければこのそっくりさんは何の疑いもなく皇妃であると認められていたはずだ。
考えただけでも恐ろしいね。
だけど弱気になっている場合ではないのでお腹に力を入れ、キッとそっくりさんを睨み付ける。すると、そっくりさんは怯えたように伯父様の後ろに隠れた。
白々しい! 白々しいよ!!
シャノンちゃんはこんな美少女に睨まれたくらいで怯えるタマじゃないし、盾にできるほど伯父様と親しくもないよ!!
こちとらずっと離宮に閉じこもってたんだから。
だけど、今のそっくりさんの行動で少しだけ安心もした。記憶や人格はコピーされてないって分かったからだ。
私はそんなことしないからそいつは偽物だよって言いたいけど、今この場には伯父様も含めて私の性格を知っている人が誰もいない。伯父様とはそこまで関わってないからね。
つまり、別の方法で私が本物だと証明しなければならないわけだ。
はぁ、あのペンダントが盗まれちゃったのは痛かったなぁ。
あれがあれば一発で私が本物だって証明できたんだけど。あ、でも盗まれたって言われたら意味ないか。現に私も盗まれちゃってるわけだし。
にわかに緊迫し始めた空気の中、最初に口を開いたのは伯父様だった。
「―――いつの間にか私の姪が増えているな。それとも、片方は私の姪に化けた狐なのか……」
伯父のその言葉にもそっくりさんはどこ吹く風だ。ギクリとした様子も見せないのは徹底している。私に成り代わるのは諦めて女優にでもなったらどうかな。
そして、そっくりさんが口を開く。
「伯父様、信じて下さい! 私が本物のシャノンです。後から出てきたあの子が偽者なんです! だって、どこからか姿を現して……何か怪しい魔法を使ってるに決まってます!」
「それはあなたでしょ……!」
私のぷりてぃーふぇいすを完璧にコピーしてくれちゃって。一体どんな魔法を使ったんだか。隣にいるリュカオン擬きも気になるところだ。
こちらを睨んでくるそっくりさんをキッと睨み返す。私の顔だから睨んでも全く迫力はないはずなのに、やはりその体からは得体の知れない不気味なオーラが伝わってくる。
なんだ! やんのか! こっちにはリュカオンがいるんだぞ!!
私は精一杯威嚇をしたけど、どうやら相手には伝わらなかったようだ。微塵も怯んだ様子がない。
やっぱり体を大きく見せるために両手を上げたりした方がよかったかな……。
そう思ってスッと両手を上げようとした瞬間、リュカオンからの念話が入った。
『シャノン、バカなことはするなよ』
『ぐぅ……。よく私が何かしようとしてたって分かったね。だけど何で念話なの?』
『ここで大っぴらに神獣だと言うと反感を買いそうだからな。まだ大人しくしておく』
『なるほど』
最初の頃に反感を買いまくった経験が生きてるね。
だけど、私を本物だって証明する方法が中々思いつかない。元々伯父頼みだったからなぁ。
その頼りの伯父も、冷静を装ってはいるけど内心は動揺しているはずだ。見た目じゃ私達、完全に見分がつかないもん。
そしていつの間にか兵達が私達を囲んでいたけれど、どちらを捕まえればいいのか判断しかねているようだ。適当に捕まえても二分の一の確率で偽物を当てられるけど、外したら本物の皇妃を捕えることになっちゃうもんね。そのリスクを考えて誰も動けないでいるようだ。
『リュカオン、会場の反応的にはどんな感じ?』
『まだ困惑している者がほとんどだな。だがちらほら聞こえてくる話し声からするに、あちらを本物だと思っている者の方が多そうだ』
『やっぱり?』
『ああ。ウラノス国王に駆け寄る姿は自然だったし、どこからともなく現れた我らを怪しんでいるようだな』
『うへぇ……』
完全に劣勢だね。
ピンチだけど、ここで押し切られちゃったらもう挽回する機会はないかもしれない。だから今が踏ん張り時だ。背中を伝う冷や汗も無視無視。お姫様は汗なんてかかないから。
そこでふと、真実を見通すという教皇の噂話を思い出した。結局会うことも仲間にすることもできなかったけど。
あ~、教皇様を仲間に出来てたらな~。
真実を見通すという噂が本当かはついぞ分からなかったけど、半ば神格化されている教皇様の言葉をこの国の人が疑うとは思えないし……。
―――って、ねぇ兵士君達? なんでみんなしてジリジリこっちに寄ってきてるの? 偽物はあっちなんですけど。
誰かが「あんなに威厳のない子が皇妃様のわけない」ってコソコソ話してるのが聞こえた。
やっぱり威厳か。威厳がないからなのか……。
シャノンちゃんちょっとショックだよ。そして全くおんなじ見た目なのに偽者の方がオーラがあるって民に判断されたのもショックだよ。
「―――ふっ」
そっくりさんも同じ呟きが耳に入ったのか、私にしか見えないようにこっそりほくそ笑んでた。
ねー!! 今の誰か見た!? 見てないの? 私あんな性格の悪そうな顔しないんですけど!!
一瞬で元の顔に戻ってしまったため、その顔を見たのは私とリュカオンだけだったようだ。上からも絶妙に表情が見えない角度だったし。
若干私が不利なまま膠着状態に突入しようとした時、ハッキリと通る声がその場の空気を切り裂いた。
「―――皇帝陛下がいらっしゃいました!!」
「「!」」
私とそっくりさんは同時に声のした方を向いた。
皇帝陛下……顔を合わせるのは結婚式の時以来だ。いや、正確に言えば結婚式の時も顔は合わせてないんだけどね。私は分厚いカーテンを被っていたから。あれ絶対遮光だよね。
そして、私はなんとも奇妙な状況で自分の旦那さんの顔を初めて拝むことになったのだった。