【54】皇妃が二人!?
いよいよ和平記念式典の当日になった。
今日は着飾るためにわざわざ早起きをしたのでやる気は十分だ。
「セレス、頼んだよ!」
「お任せください!! シャノン様の魅力を百二十パーセント引き出してみせます!」
セレスもやる気は十分なようだ。
若干目が血走ってる気がするけどきっと早起きしたせいだろう。
むちむちと頬に化粧水を塗り込まれる。
「わぁ、シャノン様のほっぺたもちもちです。毛穴も全然ないし羨ましい……」
私の頬に化粧水やらなにやらを塗り込みながらうっとりと呟くセレス。
「セレス、時間は限られてるから準備は急ぎめでお願いね」
「ハッ! そうでした、急ぎます」
セレスは一転真面目な顔になり、テキパキと私の準備をし始めた。
―――そして、二時間半ほどで私の準備は完了した。
ハーフアップの形に編み込まれた白銀の髪の毛には繊細な髪飾りが着けられていて、この前も着た薄氷色のドレスとの相性が抜群だ。
その場でくるりと回ると、ドレスの裾がフワリと舞い上がる。薄い布だから動きも軽やかだ。だけど決して安くはないので保温性も悪くはない。
「かわいいぞシャノン」
「えへへ、ありがとうリュカオン」
むぎゅっと思いっきりリュカオンに抱きつきたいけどドレスとか髪の毛が崩れそうだから今は我慢だ。
ちなみに、セレスは完成形の私を見た瞬間からうっとりとどこかへトリップしてしまって戻ってこない。そろそろ正気に戻って~。
だけど、その後部屋に来たオーウェンやルークもセレスと全く同じ反応だった。兄弟だね。
オルガ達も同じ反応だったから血が繋がってるかどうかは関係ないのかもしれないけど。
準備ができた私は使用人のみんなとリュカオンを伴って玄関まで移動した。そしてなるべくドレスの形が崩れないようにリュカオンに跨る。
「―――それじゃあみんな、行ってくるね!」
「シャノン様……お気をつけて……」
心配そうな顔のみんなを安心させるように一度頷き、私とリュカオンは離宮を出発した。
離宮には未だ認識阻害の魔法がかけられたままだ。この魔法が発動している間は、外から見ても離宮の中に人影は見えないし、離宮の中の人間の声や生活音も外には聞こえないようになっている。
魔法の範囲外に出てから正面玄関を振り返ってみたけど、やっぱり人の姿は見えなかった。多分まだ見送ってくれてるとは思うんだけど。
「リュカオン、もしかして私、全然離宮に姿がないから逃げ出したとか思われてないかな?」
「……どうだろうな。そもそも我らに関心を持ってこの離宮まで足を運ぶ者がいるとはあまり思えないからな」
「それもそうだね」
この離宮自体辺鄙なところにあるし。
今日は和平記念式典なので、いつもよりも人通りが多かった。
みんな王城の敷地の隣にある式典用の広場に向かっているようだ。どうやら今日は一般市民も見に来れるそう。参列する貴族に比べたら遠くからにはなっちゃうけどね。
認識阻害の魔法を自分達に掛けているので、ぶつかったり声が聞こえたりしない限り私達の存在は周囲に認識されない。私は勝手に式典に参加しようとしてるわけだけど、皇帝かウラノス国王と一緒に登場しないと国民はなんで? ってなるだろうからね。できれば認識阻害を解くのはこっそり伯父と合流してからにしたい。
そして私達は周囲の人間には気付かれないように、人波を縫って広場の方へと進んだ。
『―――わぁ、広いね』
思わず念話でリュカオンに言う。
広場は私が想像していたよりも断然広かった。
式典の中心人物が登場すると思われる石畳の場所を囲むように芝生が広がっており、さらにその芝生を囲うように石造りの観客席が広がっている。観客席はかなりの人数が座れそうだけど、もうほとんどが埋まってしまっている。
それでも圧迫感はないことからもその広さを実感するよね。
芝生に設置されている仰々しい椅子達はどうやら参列する貴族達のためのものらしい。こちらはまだほとんどが空席だ。
まあ、貴族は席をとる必要なんてないから早めに来て待つなんてことしないよね。自分達のために用意された専用の席があるわけだし。
さて、伯父様を探すか。
歩いている最中に漏れ聞こえてきた会話から察するに、何やらトラブルがあったらしくて伯父様達は昨日の夜やっと帝国に到着したらしい。
どうやら、普通なら親睦を深めるとかの名目でもっと早く来るものらしい。なんだろう、道でも塞がってたのかな……。
まあちょっとしたトラブルはあったみたいだけど、とりあえずは無事に到着してよかった。
伯父様、どこにいるんだろう……。
きっと控室みたいなところがあるはずだから、そこにいると思うんだけど。
リュカオンと一緒に歩きながら周りをキョロキョロと見て伯父様がいそうな場所を探す。だけどなにせ会場が広すぎるので、気付けば式典開始の十五分前になってしまっていた。
さすがにもう広場の方に来ているだろうと思い、広場の中心部の方まで戻ってきた私達の横をスッと少女が通り過ぎる。
なんとなくサラリと舞う白銀の髪が気になって振り向いた私は絶句した。
「―――え?」
私?
顔も、身長も、髪の色も同じ。鏡の世界から抜け出してきたように私とそっくりな女の子がそこにはいた。
そして、その傍らにはリュカオンそっくりな聖獣もいる。
ど、どういうこと!?
『リュカオン、私ってば今夢でも見てるの!?』
『間違いなく現実……のはずだ……』
リュカオンの語尾がいつもより明らかに弱かった。リュカオンも動揺してるんだろう。
そしてこれが間違いなく現実だと認識した瞬間、私をゾッとした寒気が襲った。
これが夢じゃないなら、これは誰……?
身に着けているもの以外は私と全く同じ彼女は、ニコニコと無邪気な笑顔を浮かべているこの子は、一体なに……?
目の前の子は私とは違い薄桃色のドレスを身に纏っている。良く似合っているはずなのに、今は得体の知れない恐ろしさしか感じない。
ギャラリーも私にそっくりな彼女は何者なのかとざわつき始めている。なぜなら、もうすぐ式典が始まるというのに一向に席に着かず、むしろ式典が行われる広場の中心に向かって行っているからだ。
だけどだれも少女に注意することができずにいる。ドレスを見ただけでも少女の身分が明らかに高いと分かるからだろう。下手に注意して厄介事に巻き込まれるのは誰だって避けたい。
それに堂々と広場の中心にいるからウラノス側の参加者なんじゃないかという声も上がっていて、警備の兵達も自分の判断で注意はできずにいるようだ。多分、今誰かが上の人に確認しに行ってるんだろう。
私とリュカオンはとりあえず認識阻害の魔法を発動させたまま成り行きを見守っている。
すると、ついにゾロゾロと御付きの人達を連れて私の伯父でもあるウラノス国王が現れた。
とっても美人さんだったというお母様の兄だけあってもちろんその容姿は優れている。正装をした伯父は、国王としての威厳に満ち溢れていた。
ウラノスにいた頃も顔を合わせたのは数える程だけど、それでも小さい頃から見知った顔に安心する。
「―――伯父様!!」
…………え?
伯父の姿が見えた瞬間、私のそっくりさんが嬉しそうに伯父に駆け寄った。
「ウラノス国王を伯父様って呼んだぞ。じゃああの子、皇妃様か?」
ギャラリーからそんな声が聞こえてくる。
違う! あの子皇妃違う!!
あとそれ私の伯父様だから!!
私一人っ子だし!!!
そっくりさんのやりたいことが分かり、一気に頭に血が上った。
するとリュカオンも声を荒げて言う。
「シャノン! こいつはお前に成り代わる気だ! 認識阻害を解くぞ」
「うん!」
ここでとりあえず様子を見るのは悪手だとリュカオンも判断したんだろう。本物ならどうしてすぐに名乗り出なかったんだって話になっちゃうからね。
認識阻害を解くと、観衆の前に私達の姿が晒された。
そして私とリュカオンの姿が現れた瞬間、困惑のざわめきが場を包んだ。なぜか私のそっくりさんも驚いたような顔をしている。だけど、彼女はすぐに取り繕って無邪気そうな顔になった。
「―――皇妃様が、二人……?」
にわかに緊迫し始めた空気の中、観衆の誰かが呟いた声がやけにハッキリと私の耳に届いた。