【51】やっぱり虚弱は変わらない
「ふぅ~」
離宮に戻り、私は深く息を吐いた。
「おかえりシャノン」
「おかえりなさいませシャノン様」
リュカオンとセレスが真っ先に出迎えてくれる。
「ただいま、二人とも」
二人の顔を見て安心した私は―――全身から力が抜けた。
フッと力が抜けた私と床が激突する前にリュカオンがその間に滑り込んでくれる。おかげで床に体を打ち付けるのは免れた。
ありがとうリュカオン。
「シャノン様!?」
セレスの声で、私を出迎えようとしてこちらに向かってきていた他のみんなが一斉に駆け寄って来る。
深刻そうな顔をするみんなを安心させるように私はへらりと笑ってみせた。
「だいじょ~ぶだいじょ~ぶ、安心してちょっと力が抜けちゃっただけだから」
リュカオンによりかかったままそう言ったけど、みんなの顔は晴れなかった。……あれ?
それどころか、みんなの眉間のシワがより一層深くなる。
「兄さん」
「ああ。シャノン様、失礼します」
「へ?」
ルークの呼びかけでオーウェンがヒョイッと私を抱き上げた。
そしてオーウェンがリュカオンを見る。
「リュカオン様」
「ああ、連れて行ってくれ」
「はい」
オーウェンはリュカオンの言葉に返事をするのと同時に離宮の中を全力疾走し始めた。その後ろをリュカオンやルーク達が走ってついてくる。
なにこれ、追いかけっこ?
私にはよく分からなかったけど、リュカオン達はなにやら通じ合っているらしい。いつの間にそんなに仲良くなったんだろう。ちょっと羨ましいな。
にしても、オーウェンは私を抱っこして廊下を全力疾走できるくらいには筋力も回復したみたい。よかった。
私を抱いたまま走るオーウェンに話し掛ける。
「オーウェン、筋力も大分回復してきたんだね。私を持ってるのにこんな早く走れるなんて」
「……シャノン様が軽すぎるんです。それに、まだ元通りには程遠いですしね」
「そうなの?」
十分すぎる気がするけど、オーウェンが求めているのはもっと高いところにあるらしい。
「はい、ですが当初よりは大分筋力が戻ってきました。ここまで動けるようになったのも全てシャノン様とリュカオン様のおかげです」
「全てってことはないけどね」
私は苦笑する。
この短期間でここまで走れるようになったのはひとえにオーウェン自身の努力のおかげだ。
そんな話をしていると私の部屋に到着した。
まだ私の体からは力が抜けたままなのでオーウェンがそっとソファーの上に私を置いてくれる。そして、男性陣を追い出すとセレスが光の速さで私の着替えをさせてくれた。
化粧を落とし、髪と瞳の色も戻せばすっきりさっぱり元のシャノンちゃんの完成だ。
離宮に帰ってきたことで安心したのか、体がだるくてまだ動けないのでセレスが私をベッドまで移動させてくれた。意外と力持ちだね。
「はいシャノン様、今のうちに水分と栄養摂っておきましょうね~」
そう言ってルークがお水と食事を持ってきてくれた……んだけど、どうしよう、あんまり食欲ない……。
そんな私の心を読んだようにルークが言う。
「食欲はないと思いますけど、食べられるうちに少しでも食べておきましょう」
「え、別に今じゃなくても後で食べればよくない?」
そう言うと、ルークがはぁと溜息を吐く。
「シャノン様、このパターンは以前シャノン様が僕達の故郷に来てくれた時と一緒です。つまり、この後シャノン様は体調を崩すと思うのでまだ食べられるうちにごはんを食べておいてください」
「あ、はい」
既にルークは私よりも私の体調に詳しいみたい。
大人しく食べられる分食べます。
言われるがままに食事に手をつける私。
食事が終わると、ルークに体調を確認された。
「……やっぱり微熱が出てきてますね。今日はもう安静にしてください」
「は~い」
ルークに言われた通り、大人しくベッドに横になる。
するとリュカオンが隣に潜り込んで来た。
「どれ、我があっためてやろう」
「やったぁ」
あっためてくれるというので遠慮なくリュカオンに抱きつく。
ん~、ぬくぬく。
だけど、いつもよりほんの少しだけ温もりが物足りない気がする。私の体温が上がってきてるせいかな。
ベッドの中でリュカオンに抱きついていると、私はいつの間にか眠ってしまっていた。
どれくらい寝てたかは分からないけど、私は寒気と喉の痛みで目を覚ました。
ああ、熱上がっちゃってるなぁ。
どうやら、私は見事に体調を崩してしまったみたいだ。
結構頑張ったもんなぁ。
気を張ってたから侍女体験中には体調を崩さなかったけど、終わってホッとしたらこのざまだ。セレスの実家について行った時と何も変わらない。
虚弱体質というのは中々治らないようだ。
「……ぅ」
喉が痛くて声も出づらい。
「―――あ、シャノン様起きられました? お水を飲みますか?」
ベッドサイドに置いてある椅子に座っていたセレスに声を掛けられる。
ちょっとびっくりしつつも頷くと、すぐにコップに用意してあった水を注いでくれた。リュカオンが背もたれになってくれたので上半身を起こし、水を飲む。
水を飲む時にはやっぱり喉は痛んだけど、乾いた体に水分が染みわたっていく感覚がする。
空になったコップはセレスがすぐに回収してくれた。
……もしかして、ずっとついててくれたのかな。
セレスを見ると、ニコリと微笑まれた。
「……せ、れす、ちゃんと寝てね……」
「はい、ですが心配なので今日は隣の部屋で休ませていただきます。その隣にはルーク兄さんもいるので、何かあったら遠慮なく呼んでくださいね。すぐに駆け付けますから」
そう言うと、セレスは空になったコップを持って部屋を出て行った。
―――嬉しい。
セレス達がすぐに来てくれるということじゃなくて、自分のことをここまで思ってくれる人達が傍にいるということが嬉しかった。なんだか、帝国に居場所ができた気がしたのだ。
『リュカオン、うちの使用人はみんな優しいね』
声が出ないから念話でリュカオンに話し掛ける。
『ああ、みんなシャノンのことが大好きだからな』
『えへへ』
その後は、本格的に体調が悪化してきたので再び眠りの体勢に入った。
熱が上がってきたせいで寒気はしていたけど、みんなのおかげで心はとてもポカポカだ。





