【5】帝国に到着する
「おい、起きろ」
「はい、起きました」
「……寝起きはいいのだな」
「うん、寝起きがいいのだけが取り柄」
「……そんなことないんじゃないか? もっと取り柄はあるだろう」
優しい狼さんだ。寝起きの良さ以外に私に取り得があると思ってくれてる。
あ、そういえば血統のよさも取り柄っちゃ取り柄だね。
そこで私は、周りの景色が緑じゃなくなっていることに気付いた。
「……あれ? 森を抜けたの?」
「ああ、もう帝国に入っている。もうすぐ城に着くぞ」
「わぁ早い。ありがとう狼さん」
そういうと狼さんは微妙な顔をした。背中に乗っていても分かる微妙な顔だ。正面から見たらさぞ微妙な顔をしてるんだろう。
顔が見たくてよじ登って行ったらバランスが悪くなるから大人しくしてろって怒られた。はいごめんなさい。大人しくしてます。
「あと、我のことは狼さんじゃなくてリュカオンと呼べ」
「分かった。じゃあ私もお前じゃなくてシャノンって呼んでね?」
「……あい分かった。ではシャノン、このまま城に行くぞ」
「うん、お願いリュカオン」
そう言うと、リュカオンは私を乗せたまま再び走り出した。
騒ぎになっちゃうからか、市街地の近くはなるべく避けてくれてるみたいだ。
……そういえば、いつの間にか帝国入りしてたけど、どうやって入ったんだろう。一応荷物の中に通行証とか入ってるはずだけど使ってなさそうだ。
もしかして不法入国……?
……まあいっか。お城に着いたら精一杯言い訳しよ。
お城に近付くためには、さすがに人通りを避けることはできなかった。少々騒ぎになってた気がするけど、まあみんなすぐ忘れちゃうよね。
そして巨大なお城の門の前に着くと、すでに何人かが待ち構えていた。
服装から察するに門番じゃなくてそこそこ立場のありそうな人達だ。とりあえず挨拶しておこう。
「こんにちは。ちょっと途中でアクシデントはありましたけど、私、お飾りの皇妃になるためにはるばる参りました!」
初対面は笑顔が肝心。なので私はにぱっと、離宮の侍女達に好評だった笑みを浮かべてそう挨拶をした。
「……」
「……」
あれ? なんの返答もない。
「リュカオン、私ちゃんと挨拶できてなかった?」
「シャノンにしては頑張ったと思うぞ? 名乗っていないのが問題なのではないか?」
「あ、そっか。帝国の皆さま、ウラノス王国より参りましたシャノン・ウラノスと申します」
「「……」」
またなんの反応もない。
「リュカオン?」
「う~む、狼に乗ったままなのが問題なのか?」
「ああ、確かに何かに乗ったままだと失礼になりそうだね」
私はリュカオンから下り、改めて挨拶をすることにした。
「皆さまお初にお目にかかります。ウラノス王国より嫁ぎに参りました、シャノン・ウラノスと申します」
すると、三度目の挨拶にして漸く相手からの反応があった。
「聖獣が、話してる……」
「というか、この方がシャノン姫……?」
「もちろん、私がシャノン・ウラノス本人です」
そう言っていつも首にかけているペンダントを見せる。よくは分からないけど、これを見せれば身分証明になると言われて幼い頃からずっと着けているのだ。
ペンダントを見せると本人だと信じてくれたようで漸く門の中に入れてくれた。
お風呂入りたいな~……あ、そういえば私血塗れじゃん。ドレスもボロボロだし。そりゃあこの人達も怪しむよね。
そう思っていると、隣を歩くリュカオンが「今さら気付いたのか」と私に呆れた視線を向けてくる。私が乗っていたせいでリュカオンの毛皮も大分赤黒く染まってしまっている。ごめんね。後で洗ってあげるからね。
今まではうたた寝しちゃっても侍女のみんながいつの間にか着替えさせてくれてたから、てっきり今回も着替えているものだと勘違いしちゃってたのだ。
一回寝たし。
うわぁ。自覚したらなんか今の格好に不快感を覚えてきた。全部自分の血だけど。
早いところ着替えさせてもらおう。
だけど人目の少ない道を選んでいるからか、中々私の滞在先には到着しなかった。あと帝国の城の敷地、無駄に広い。
この建物は本城じゃないっぽいけど天井なんかさっきのドラゴンが収納できちゃうくらい高いし、廊下も私がゴロゴロと転がって進んででもサッと避けてスルーできちゃうくらいには広い。
というか、歩き過ぎて疲れた。
こちとら何年も離宮だけで生活していたのだ。長距離を歩くのには慣れていない。
こればっかりは本当の深窓の令嬢にも負けないつもりだ。
リュカオンに言ったらまた何言ってんだって言われちゃいそうだけど。
「リュカオンリュカオン、背中乗せてほしい」
「どうした? 疲れたのか?」
「うん」
「仕方がないな。ほら、乗れ」
リュカオンが少し屈んでくれたので、遠慮なくその背中に乗る。
そんなやり取りをしていると、私達を案内してくれた人がギョッとした顔でこちらを見ていることに気付いた。
「? どうしました?」
「いえ、どうしてその聖獣は人の言葉を喋るのですか?」
「さあ? 神獣らしいので言葉も話せるんじゃないですか?」
そう言うと、男の人達の顔色がサッと変わった。
軽蔑するような、嘘吐きを見るような顔に。
「え?」
「失礼しました。それでは、さっさと姫様の滞在される場所へ参りましょう。その狼に乗られたままで結構ですのでついて来てください」
「あ、はい」
みんなの態度が急に変わったのでビクリとする。
なんだなんだ? 帝国的に室内を狼に乗って移動するのはタブーなのかな?
なんでも知ってそうなリュカオンに聞こうとしたけど、こちらもなんだか機嫌が悪そうなので止めておいた。
―――私の帝国生活、これまた嫌な予感しかしない。