【48】敵の一家のおでましみたい
図書館から帰ってきた夜、リュカオンに抱き着いてベッドに横になりながら考える。
そういえば私、そもそもユベール家のことあんまり知らないな。
今日は教皇様のことを調べたけど、まずは敵であるユベールのことをもっと知るべきなんじゃない?
うん、そんな気がする。
明日はまた侍女体験の日だし、もっとユベールについての情報を集めよう。
「リュカオン、明日も頑張ろうね」
「……お前は頑張りすぎだ。我はシャノンの体調が心配でならないぞ」
そう言ってリュカオンは自分の腹毛の下に私を抱き込む。
「えへへ、リュカオンはどんどん過保護になってくねぇ」
「シャノンは意外にも頑張り過ぎる性質だからな。その分保護者である我が大事にしてやるのだ。ルーク達も同じ気持ちだろう」
「ふふ、みんな私のこと大好きだね」
「ああ、我らは皆シャノンのことが大好きだ。だからくれぐれも無理はしないでくれ」
「分かってるよ。リュカオンに救われた命だし、今私が死んじゃったらまたウラノスと帝国の関係が悪化しちゃうかもしれないしね」
すると、リュカオンははぁと溜息をついた。
「我がいるからそんな簡単にシャノンが死ぬことはないが、今話しているのはそこじゃない。お前が自分を大事にしないと我らが悲しい。だから自分を大事にしてくれ。故郷の侍女達もそう思っているんじゃないか?」
「……そっか。リュカオン達が悲しいのはよくないね」
仕方ないので、今日はもうゆっくり休んであげることにしよう。疲れが溜まってるのは事実だし。
そう思って目を瞑ると、私はスコンと眠りに落ちてしまった。
次の日。
私は侍女用の書類仕事部屋で一人ぼやく。
「よくもまぁ、こんだけ人に押し付ける仕事が湧いてくるよね」
そんな私のぼやきにリュカオンからの返事が飛んできた。
『シャノンが完璧にこなすからあの小娘ができる奴だと思われて色んな仕事を任されるようになっているのだろう。内容も大分高度なものになってきているしな』
『私がいなくなった後どうなるか見ものだね。そうだ、最終日にちょっとしたイタズラをして置き土産にしちゃおうか』
『賛成』
リュカオンもメリアには苛ついていたから即答だった。
メリア、あなた知らない間に神獣さん敵に回してるよ……。完全に自業自得だけど。
まあ、まだ最終日じゃないし調べたいことはあるから黙々と仕事をこなす。すると、メリアがバンッと乱暴に扉を開けて部屋に入ってきた。
あらやだはしたなくってよ。
こんなところ見たらマナーの先生が泣いちゃうよ。
「ユベール本家の皆さまが王城にいらっしゃるそうよ! 急いで化粧を直さないと」
書類なんか見向きもせずに大慌てで化粧を直しにかかるメリア。
「……メリアさん、ユベールの方々とお話するお約束でもしてるんですか?」
「そんなのしてるわけないでしょ! お子ちゃまには分からないだろうけど、視界の端に美しい侍女がいたらついつい話し掛けたくなるものよ」
お子ちゃまでも分かる、メリアは恋愛小説の読みすぎだ。
でも本を読むのは意外だったな。
「私ってば最近できる侍女として話題だし、お声をかけられる可能性はゼロじゃないわ」
できる侍女として話題なのは十割私とリュカオンとセレスのおかげでしょ。頭の中でついツッコミを入れちゃう。
どうやら、メリアはこれから何かの用事で王城に来るユベール家の視界の端にちらちら入り込みに行くらしい。その貪欲さをもっと別の場所で発揮できなかったのかな……。
ついついスンとした顔を向けちゃいそうになるのを必死に堪える。
あ、そうだ、せっかくユベールの話題になったし、何か聞き出せないかな。
「ユベールのどなたの目に留まりたいんですか?」
「はぁ? そんなのダリル様に決まってるでしょ? ユベール本家の後継ぎよ?」
あ、そういえば今日の朝セレスに聞いたな。朝は時間がなくてそこまで詳しくは聞けなかったけど、ユベール本家の家族構成は当主夫妻とその子どもが男女一人ずつだって。女の方はこの前声だけ聞いたヴィラ・ユベールで、男の方がそのダリルって名前の人なのか。
ユベール家ともなればとっくに婚約者とかいそうだけど、何らかの事情でいないのか婚約者を捨てて自分を選んでくれることを夢見てるのか、どっちなんだろうね。
浮かれ切ったメリアの様子を見ているとどっちもありえそうだ。
「ヴィラ様も美しいものには目がないっていうし、もしかしたらヴィラ様の専属としてユベールで働けるかも。それはそれで悪くないわ……」
化粧を直しながら妄想の世界にトリップするメリア。
最近人外レベルに顔の整ったお兄さん達を立て続けに見ているせいか、メリアがそこまで美しいとは思えない。いつの間にか目が肥えちゃったようだ。なんかごめん。
「ヴィラ……様はそんなに美しいものが好きなんですか?」
「ええ、高価で美しい宝石をいくつも持っていて、それを一日に何時間も眺めるのがご趣味だそうよ」
おお……いい趣味してるね。
「ご自身も美の追求には余念がないからとても美しい方よ。ヴィラ様の周りにいらっしゃる使用人の男性達も美しい方ばかりだし」
使用人の男性達って、もしかして自分より綺麗な女性は許せないタイプなんじゃ……。あはは。
心の中で私は乾いた笑いを漏らす。心の中だから何の問題もないだろう。
『シャノン、乾いた笑いが顔に出てるぞ』
『なんと』
どうやら顔にも出ちゃってたみたいだ。慌てて表情を取り繕う。
幸い自分の顔に夢中なメリアには見られてなかったようだ。
「―――じゃあ、私はユベールの皆様の通られるところを張りに行くからあんたはその仕事よろしく~」
ひらひらと手を振り、メリアは部屋を出て行った。
先程とは打って変わってシーンとした室内。そこでリュカオンからの念話が入った。
『シャノン、どうする?』
『もちろん、決まってるでしょ。敵の親玉達の顔、拝みにいこうじゃないの!!』
メリアが十分離れたのを確認し、私はコッソリと部屋を出た。





