【47】茶飲み友達ゲットだぜ!
ソファーに座って待っていた私に微笑まし気なお兄さんの声がかけられる。
「ふふ、起きてください」
「―――ふぁ!? ね、寝てませんよ!?」
ちょっぴりうとうとしてただけで。……涎は出てないよね?
お兄さんにバレないようにこっそりと口元を確認する。よし、セーフだ。
あぶないあぶない、お兄さんが戻ってくるのがもうちょっと遅かったら完全に寝ちゃってるところだったよ。
「はい、お茶をどうぞ。あったまりますよ」
「あ、ありがとうございます」
あったかい紅茶が入ったティーカップを受け取る。おお、まだあつあつだ。
このまま飲むと火傷しそうだからふーふーした後、紅茶を一口含む。
「―――っ! おいしいです!」
「それはよかった」
ニコリと神々しいまでの笑みを見せてくれるお兄さん。
肥えていると自覚のある私の舌を唸らせるとは、このお兄さん中々やるね。
あまりにも美味しいのでちびちびと紅茶を飲み続ける。
「ちょっとしたお茶菓子も持ってきたのでよかったら食べてください」
「ありがとうございますお兄さん!」
「いえいえこちらこそ。人とお茶をするなんて大分久々なので僕も嬉しいです」
「人とお茶をするのが久々って、お兄さん、そんなに長くこの図書館にいるんですか?」
「はい、具体的な年齢は黙秘しますがこれでも結構な年なので」
そう言って笑うお兄さんはどう頑張っても二十五歳くらいにしか見えない。だけどお兄さんの口ぶりからするとそれよりは確実に上だろう。
実際は何歳なのか気になり過ぎるね……。
ほぇ~と口を開いていたら口内が乾いてしまったので紅茶で潤す。そしてお兄さんが持ってきてくれたクッキーを一口食べた。
「あ、こっちも美味しいです!」
「それはよかった。僕の手作りなんですよ」
「え!? 上手ですね」
こんなにお顔もよくて知的でお茶とお菓子作りまでできるなんて、天はこのお兄さんに何物与えたんだろう。
「昔はよく弟に作ってたんです」
「へぇ」
昔はってことは今は弟さんとは一緒に住んでないのかな。一人でこの図書館の管理をしてるって言ってたし、多分そうなんだろう。
まあ深くは追及しないでおこう。
それから少しお兄さんとお茶の時間を楽しんだ。
話の内容は本当になんてことない雑談なんだけど、なんだか楽しくて思ったよりも話し込んでしまった。
なんだろう、既視感というか親近感があるんだよね。絶対今まで会ったことはないのに。
不思議だ。
―――さて、そろそろ調べものにいかないと。帰るのが夜になっちゃう。
「そろそろ本を見てきますね」
「はい、行ってらっしゃい。僕はここにいるので、もし用があったら呼んでください」
「ありがとうございます。リュカオン、行こう」
リュカオンを伴って本が大量に置いてある部屋に移動した。やっぱり壮観だ。
「さて、まずは教皇様について調べようか」
「そうだな」
リュカオンと手分けして教皇様について書かれている本を探す。
結果から言うと、やっぱり噂レベルの話が書かれているようなものしかなかった。それもセレスが言ってたような「実は教皇は二人いる」とか、「教皇様は真実を見通すから教皇様の前で嘘は通用しない」といった眉唾物のような内容のものばかり。
そもそも教皇様について詳細に書かれた本がない。
考えてみれば、そりゃあ教会の管理下にある図書館だし、あまり情報を知られたくないという教皇様の意を汲んでるか。基本的に人は来ないとはいえ、一般公開されてる図書館だし。
「はぁ、仕方ないね。せっかく来たんだし、ちょっと他の本も見てから帰ろうかリュカオン」
「そうだな」
教皇様についてほんの少しだけ書かれていた本を元の場所に戻し、再びリュカオンと二手に分かれて本棚を見て回る。
すると、あるタイトルに私の目が留まる。
『なぜ古代神聖王国は滅亡したのか』、というタイトルだ。
リュカオンは神聖王国が滅んだ理由を語らない。それは私が聞かないからっていうのもあると思うけど、やっぱり触れられたくないことでもあるんだろう。
相棒であり保護者みたいな存在のリュカオンの秘密を勝手に調べるのは違うよね。
そう思って私は本に伸ばしかけていた手を引っ込めた。
読書用のテーブルがある場所に戻ると、リュカオンが何かの本を読んでいた。リュカオンの手だとかなり本は読みづらいと思うけど、器用にページをめくっている。
「リュカオン、何の本を読んでるの? ……って、なんか物騒なの読んでるね」
「さっきシャノンが引っかかった魔法陣のこともあって少し気になってな。我が知らぬ間に禁忌魔法の種類も随分と増えたものだ」
そう言ってリュカオンが視線を落とした先のページには禁忌魔法の一覧が載っていた。
オーソドックスな相手を呪い殺す魔法、寿命を延ばす魔法、遺伝子情報を組み替える魔法、相手の記憶を取り出す魔法、などなど、物騒な魔法が満載だ。
一覧を見てるだけで怖くなり、ついつい私は身震いしてしまった。
「どうした?」
「いや、なんか怖くなっちゃって」
「す、すまない! 我がこんな本を読んでいたからだな。ほら、ないないしたぞ」
リュカオンが魔法で本を元の場所に戻す。
ないないって、リュカオンは私のことを何歳だと思ってるんだろう。
「もう怖い本は持ってこないから泣かないでくれ」
「泣いてないしこのくらいじゃ泣かないから大丈夫だよリュカオン」
最近リュカオンの過保護さが加速してる気がする……。
甘やかされるのは好きだから別にいいんだけど。
それから何冊か本を読むと、そろそろ帰らなきゃいけない時間になった。
「結局、収穫はなしだったねぇ」
「だな」
しょうがないね。
教皇様を味方にできたら強いと思ったんだけどな~。まあ和平の記念式典まで時間はあるし、その機会は虎視眈々と狙っていこう。
「じゃあお兄さんに挨拶をして帰ろうか」
「ああ」
そして私達は最初に案内された部屋に戻った。
中ではお兄さんが何かの本を読みながらくつろいでいる。
「お兄さん、私達はそろそろ帰りますね」
「そうですか。もうすぐ夕方ですもんね。お家の人も心配するでしょうし、早く帰った方がいいでしょう」
お兄さんはそう言うと立ち上がり、出口の所まで私達を見送りに来てくれた。
「もしよかったらまた来てください。おいしいお茶をごちそうしますよ」
「いいんですか?」
「もちろん。ここで一人は中々寂しいんですよ。たまにでいいのでこの老人とお茶飲んでくれると嬉しいです。茶飲み友達……というと、初対面では距離を詰めすぎですかね?」
「ちゃのみ……ともだち……」
もしや、私は今友達を手に入れようとしてるのか!?
あの友達が、ついに私にも……!!
「なる! なります! 茶飲み友達!!」
はい! と手を挙げて宣言する。
すると、お兄さんはとても嬉しそうに笑ってくれた。
「ふふ、じゃあこれからよろしくお願いします」
「はい!」
お兄さんに手を振り、私達は帰路についた。
リュカオンに乗りながら私はニマニマと笑う。
「えへへ、私にもついにお友達ができたよ」
「よかったなシャノン」
「うん。……あ、でもお兄さんの名前聞き忘れちゃった」
せっかくお茶飲み友達になったのに。
「また今度会った時に聞けばいいだろう。奴はずっとあそこにいるそうだし」
「それもそうだね」
……にしても、たまにはこの老人とお茶を飲んでくれると嬉しいって言ってたけど、お兄さん絶対老人って年ではないよね。
一体何歳なんだろう。
そんなことを考えながら、私は離宮に着くまでリュカオンに揺られていた。