【46】神官のお兄さんは詩人
神官のお兄さんが泣き止むのをただ待つこと数分。
やっとお兄さんが泣き止んでくれた。
本当はスマートにハンカチとか貸してあげられたらよかったんだろうけど、生憎拘束されたままなのでポケットからハンカチを出すこともできない。
あ、ハンカチはちゃんとセレスが入れてくれたから持ってるよ。
お兄さんは自分のポケットから真っ白くて清潔なハンカチを取り出し、涙を拭った。
「すみません、取り乱してしまいました。なにせ外の方と会うのが久しぶりだったので」
「外の方って、お兄さんはあの図書館に住んでるんですか?」
「はい、一人で図書館の管理をしています。ですが、なにせ滅多にお客さんがこないのでずっと一人ぼっちなんですよ。久々にお客さんが来たのでつい感極まってしまいました」
そう言ってフワリと笑うお兄さんの微笑みは、背景の雪景色も相まって一枚の絵画のようだった。
涙を拭って視界がクリアになったからか、お兄さんの視線が私をグルリと取り囲む魔法陣に移る。
なんでこの警戒用らしい魔法陣が発動したかは分からないけど、このお兄さんなら話せば分かってくれそうだ。よし、怪しい者じゃないってアピールしてみよう。
私はおずおずと口を開いた。
「あの、決して怪しい者ではないのでこの拘束解いてくれたりしませんかね……?」
「ああ、もちろんです。むしろすぐに解かないどころか目の前で泣いてしまってすみません」
意外なほどあっさりとお兄さんは魔法陣の解除に取り掛かってくれた。なんか逆に肩透かしだ。
泣いてるだけだと思ってたけど、私が気付かないうちに私にサーチの魔法でもかけたんだろうか。
「いいんですか? この魔法がどんな条件で発動しているのかは知らないですけどこんなあっさり解放しちゃって。私があの図書館の白い壁に落書きをしにきた極悪人だったらどうするんです?」
「ふふ、その程度のイタズラで極悪人だと言ってる子に何かができるとは思いませんよ」
笑われてしまった。
だけど馬鹿にされた感じはしないし、お兄さんの笑顔が整いすぎているせいで悪い気はしない。
「最近教会本部の方で物騒な騒ぎがあったらしく、念のためこっちも警戒魔法陣を強化したんですよ。禁忌魔法の残滓にも反応してしまうくらい。だから君にも反応しちゃったんですね。びっくりさせちゃって申し訳ない」
「……え?」
謝罪は別にいいとして、今聞き逃せないこと言ってたよね?
禁忌魔法の残滓?
「私、禁忌魔法なんて見たことも使ったこともないです」
「うんうん、それは分かってますよ」
だからこうして君を拘束している魔法を解除しているでしょう? とお兄さん。
あれだ、このお兄さん、言葉が足りない系の人だ。
「私、呪われたりしてます?」
「……呪われてはいませんね。むしろ全身から愛を感じますよ。きっと君はとても愛されている人なんでしょう。まあ、いき過ぎた愛というのは時には呪いにもなりますからそう言った意味では呪われていると言っても良いのかもしれませんが……」
「?」
「ふふ、まあ君に危険があるものではなさそうですよ。かなり精度を上げたので、禁忌魔法を使った人とすれ違ったりしただけかもしれませんし」
「はぁ……」
お兄さんの言葉を私はコテンと首を傾げながら聞いていた。
この人、詩集とか愛読してそうだな。反対に私は詩集とかを読んだら眠くなっちゃうタイプ。でもウラノスにいたころ枕元には詩集が置いてあったよ。眠れない夜に読むとよく眠れるのだ。
意味深な言い回しをしたお兄さんはそれ以上は説明する気はなさそうで、黙々と魔法陣の解除をしていく。
まあ私の身に危険はなさそうだしいっか。
私は難しいことを考えるのはなるべく避けたいタイプだ。
「―――はい、解けました」
お兄さんが言い終わるのと同時に私の足が地面に着く。久々の地面だ。ただいま大地。正確には地面の上に積もった雪の上だけど、そんな細かいことは気にしない。
「ありがとうございます」
「いえ、こちらこそお客様に大変失礼しました。さあ、寒いので中に入ってください。そちらの聖獣くんも」
待ち疲れたのか、毛繕いをしているリュカオンをちらりと見遣るお兄さん。
そして、私達はようやく神聖図書館に足を踏み入れることができた。
「―――わぁ」
図書館内は壮観だった。
さすが図書館、壁一面が本で埋まってる。あんなに上の方まで。どうやって取りに行くんだろう。
壁だけでなくフロア全体にずらりと本棚が並んでいる。
すごい、なんかテンション上がる。
本棚もオシャレだし、壁に埋め込まれている本棚は天井付近まであるしで、非日常的な空間にワクワクが止まらない。
ずっと外にいたから冷えただろうと、私達はまず小部屋に案内された。
こちらの部屋には本棚はなく、家具はソファーとテーブルのみで来客用の部屋のようだった。普段は客が来ないから、この部屋を使える日がきて嬉しいとお兄さんはニコニコしている。
「あったかいお茶を淹れてくるので待っていてください。あ、後で本を探す時は席を外すので安心してくださいね。何を調べているのかなんて初対面の人間に知られたいものではないでしょうから。もちろん本の場所が分からなかったらお答えはしますけど」
そう言ってお茶を淹れに別の部屋に行くお兄さん。
世間離れしたような感じだけど、教皇様のことを調べるのがタブー視されていることは知っているようだ。
ただ、私達が教皇様のことを調べようと思って来たのは薄っすら察してそうだけど特に何も思ってなさそう。この図書館に閉じこもってるみたいだし、世間一般の人とは感覚が違うのかな……?
そんなことを考えながらソファーに座り、膝掛け代わりに膝の上に乗せたリュカオンの頭を撫でてお兄さんを待つ。
ひざ掛けよりもリュカオンの方が触り心地がいいし、なによりぬっくぬくだ。
上半身を屈めてリュカオンの首にむぎゅっと抱き着き、その匂いをスンスンと嗅ぐ。
図書館内もリュカオンも温かいからついつい眠くなっちゃう。だけどそれを何とか堪え、私はお兄さんが戻って来るのを待った。





