【45】べろべろばぁ! ……じゃないですよね、はい
リュカオンに跨って離宮のみんなに手を振る。
「じゃあ行ってくるね~」
今日は侍女体験がお休みの日だから教皇様のことを調べに神聖図書館に行くのだ。本当はゆっくりしようと思ってたけど、思い立ったが吉日だよね。
そんなわけで今日はリュカオンと二人でお出かけだ。
隠蔽の魔法を自分達に施し、門の外まで転移する。そして門の外の人気のない場所に出ると、リュカオンが力強く地面を蹴って駆け出した。
ものすごいスピードで周囲の景色が変わっていく。
それに伴って私の髪の毛もそよそよと靡いた。風に靡いているのは白銀じゃなくて茶色い髪の毛だ。
今日も髪と瞳の色は変えた。だけど、伊達メガネはしてないし化粧もしていない。だって基本的には誰も近付かない場所に行くんだし、そんなに丁寧に変装しても……ねぇ?
リュカオンも大きさはそのままで、一応色だけは変えている。
スゥっと息を吸いこんで冷たい空気を肺に取り込むと、なんだか少し浄化されたような気になる。
冬だし雪も積もっているからまだまだ寒いけどきっちり防寒してきたからそこまで辛くはない。リュカオンがとんでもないスピードで走っているので、本当なら冷たい空気がビュンビュン当たってくるはず。だけど、リュカオンが風よけの魔法を使ってくれてるみたいで、私が感じるのは心地の良いそよ風だけだ。
久々に思いっきり走れたからか、心なしかリュカオンも楽しそうにしている気がする。
「リュカオン、本当はもっといろいろ出かけたり広いところを走ったりしたいよね。いつも離宮に閉じ込めちゃっててごめんね?」
「ふん、我をその辺の犬っころと一緒にするな。我ももう若くはないし長距離を走るのなどたまにでいい」
本気で言っているのか私に罪悪感を感じさせまいとそう言ったのかは分からない。だけど、なんとなく後者なんじゃないかなと思う。
「ところでリュカオン、図書館までの道は分かるの?」
「もちろんだ。我に抜かりはない」
「さっすがリュカオン。頼りにしかならない狼さんだね」
そう褒めると、リュカオンは何も言わなかったけど嬉しそうに三角形の耳をピクピクさせてた。
頼りになる上にかわいいなんて、うちの神獣さんは最強だね。
神聖図書館があるという山も、リュカオンにかかれば平坦な道のようにスイスイ進んでいける。ちょっとばかし雪が積もっていたとしても全く意に介した様子はないし、誰にも気付かれずに山に入るのもスムーズだった。
白い帽子を被った木々の間には一応道っぽいものがあった。ただ、基本誰も近付かないという話の通り、使われてないからほぼ自然に還ってたけど。
暫く山道を進んでいくと、白くて大きな建物が木々の間から見えてきた。
「あ、あれじゃない? ―――っ!?」
建物を指さした瞬間、何かの魔法が発動した気配がした。そしてあっという間に私の周りを真っ赤な魔法陣がロープのように取り囲む。
「な、なにこれ!? 動けない!!」
完全に何かの魔法によって拘束されてしまったようだ。
「シャノン!?」
「リュカオン、ここは私に任せて先に行って! リュカオンと過ごした日々、楽しかったよ……クッ……」
「ふざけている場合か」
スッと呆れた顔になるリュカオン。
その視線の先にいる私は、赤い魔法陣に囲まれてぷらんと空中に浮いている。ぶら下がりシャノンちゃんだ。
うごうごしてみても魔法陣が外れる気配はない。
「外れない……」
「当たり前だろう。魔法で拘束されているのにただの力で外れるものか。というかシャノンはかなり貧弱だから普通の拘束だって解けな―――」
その時、サクッサクッと誰かが雪を踏みしめる音が私達の耳に飛び込んできた。
誰かの足音が聞こえて来た瞬間、リュカオンが口をピタリと閉じて押し黙る。
そして、誰かが私のところまでやって来た。
「―――おや、警戒魔法陣が発動したので来てみたら、随分とかわいらしい子が捕まってますね」
それは、神官服を着た男性だった。
顔を上げると、あまりにも整った顔がそこにあって驚く。私がこれまで見た中で一番きれいな顔をしているのはフィズだけど、そのフィズに負けないくらいきれいな顔をしたお兄さんがそこにはいたのだ。
紺色の髪が雪景色の中でよく映えますね。
お兄さんの顔面に驚いていると、なぜか向こうも私の顔を見て驚いたようにその瞳を見開いていた。
そして、その藍色の瞳からポロリと雫が零れる。
「「!?」」
急に泣き出したお兄さんに私とリュカオンはギョッとした。
私は拘束されて未だに宙ぶらりんのままだし、初対面のお兄さんは急に泣き出すしで、これって一体どういう状況?
これをカオスって言うんだろうか。
いやいやそれよりも、自分よりも年上の人が泣いちゃった場合ってどうすればいいの?
ちらりとリュカオンを見たけど、リュカオンもどうしていいか分からないような微妙な顔をしていた。
あ、そういえば他人と遭遇したらその時は一応喋らないでおこうって事前に話してたね。となると、ここでリュカオンの助力は期待できない。
私だけでなんとかお兄さんを泣き止ませてこの拘束を解いてもらわないと……!
私を拘束している魔法陣はお兄さんが管理してるみたいだし、きっと魔法陣の解除もできるだろう。まあ最悪お兄さんの目がない時にリュカオンに解いてもらってとんずらすればいいんだけど。
ただ、なるべく騒ぎにはしたくないので穏便に魔法陣を解除してもらえるならそれが一番だ。
「おにーさん!!」
栓が壊れたかのようにぽろぽろと涙をこぼし続けるお兄さんの視線をこちらに向ける。
えっと、えっと、泣いた人を泣き止ませる方法……そんなの教わってないよ……!
「…………べ、べろべろばぁ?」
手は拘束されているので顔を隠すこともできず、私はちろりとベロを出してそう言ってみた。
結果として、全く効果がなかったのは言うまでもないだろう。こんな力ないベロベロバーじゃあ赤ちゃんも泣き止んでくれない。
もちろんお兄さんの涙の量も全く変わらなかった。むしろ綺麗な瞳から溢れ出してくる涙の量がちょっとだけ増えた気すらする。
その後はひたすらオロオロするだけだったけど、数分すればお兄さんは自然と泣き止んでくれたからまずは一安心。
だけどその間、リュカオンの呆れかえった視線がひたすら私に向けられていたのが、なんともいたたまれない気持ちになりました。





