【44】教皇? 誰それ
離宮に帰った私は部屋着に着替え、ボフンとベッドに飛び込んだ。明日は侍女体験がお休みの日なので一旦ゆっくり休もう。
そんなわけで久々に髪と瞳の色も戻してもらう。
そしてメガネを外し、髪の毛も解くと白銀の髪がサラリとベッドに散らばった。
そして私はベッドの上をよじよじと進み、リュカオンの上にのしかかる。そして目立たない顔にするために少しだけしている化粧を落とそうと、くしくし顔を擦ってたらリュカオンが魔法で落としてくれた。ありがとう。
さっぱりした顔でリュカオンのモフ毛に顔を埋める。
すると、少し離れた場所で私達のことを見ていたセレスがほぅっと溜息を吐いた。
「私の主が美し過ぎる……! リュカオン様とのツーショットが神々し過ぎて胸が痛いですわ!!」
「えへへ、もっと言って」
褒められるの好き。
そんな風にリュカオンに抱きついたままダラダラとしていると、部屋の扉がノックされた。そしてルークが入ってくる。
「シャノン様失礼します。体調をチェックさせてくださいね~」
「は~い」
私はむくりと起き上がりルークと向き合う形でベッドの縁に腰かける。するとすかさずリュカオンが背もたれになってくれた。
リュカオンが出来る狼さん過ぎる……!!
さり気ない気遣いが行き届き過ぎてシャノンちゃんビックリだよ。
「熱っぽい感じとかはしませんか?」
「うん、大丈夫」
「それはよかった。うん、顔色もいいですね」
ルークが逐一体調をチェックしてくれてるし、オルガが栄養面からも私に合ったサポートをしてくれているおかげでちょっとずつ健康になってる気がする。ウラノスにいた頃よりは運動もしてるしね。
「―――にしても、元の姿のシャノン様は神々しさ増し増しですね。人間でここまで神々しいのってシャノン様と教皇様くらいじゃないですか? 教皇様のお姿なんてもちろん見たことないですけど」
「教皇様? 誰それ」
なんか新しい人出てきたね。
「この国の国教、ミスティ教の教皇様です。僕達の神獣、神聖王国信仰もこのミスティ教からきてます。そんでもって、そのミスティ教の教皇様は滅多に表舞台に姿を現さないのでその正体は謎に包まれているんですよ。だから本当か分からない噂話も多いんです」
「へぇ、どんなの?」
「教皇様の目は真実を見通すとか、実は教皇様は二人いるとか、教皇様が一言お声を放てばその周囲一帯が浄化されるとか」
「絶妙に都市伝説感のある噂話ばっかりだね」
そう言うとルークは苦笑した。
「さすがに僕も全部は信じてないですけど、中には全て信じている人もいますね」
「へぇ、誰か真実を確かめようとはしないの?」
「そんなの畏れ多くてできませんよ」
「ルークでもそう思うの?」
信仰心はあんまり強くなさそうだけど。
「はい、これはもう刷り込みみたいな感じですね。たとえお目にかかったことはなくても、小さい頃から教皇様は尊い存在だって言われて育ってきてますから」
ルークの言葉にセレスがうんうんと頷いている。
「帝国の国民はみんなそんな感じ?」
「そうですね。謎が多くてミステリアスなところも民衆に人気な理由です。なので教皇様について詳らかにしようとする無粋な人は周囲から白い目を向けられます。それも教皇様について調べようとする人がいない理由の一つですね」
「……」
教皇様、大人気だね。
民衆からの好感度も高いっぽいし上手いことやって味方にできないか考えてたから、今のルークの話は釘を刺されたようでちょっとバツが悪い。
すると、ルークが微笑んで言った。
「―――ただ、シャノン様が教皇様について知りたいのなら調べられると良いと思いますよ」
「え?」
私はハッとしてルークの目を見た。
すると、ルークはいつも通りの穏やかな微笑みを浮かべて私を見返してくる。
「教皇様は皇帝陛下と同等の権威をお持ちの方です。味方になっていただけるならこれ以上の人はいないでしょう」
「え、でも良いの? 教皇様について調べるのはアルティミア帝国の人にとってはマナー違反なんでしょ? 私、ルークとかセレス達には嫌われたくない」
「「ぐぅっ……!!!」」
素直な気持ちを吐露すると、ルークとセレスが同時に胸の辺りを押さえた。流石兄妹、リアクションがピッタリ同じだ。
「セレス、僕達はとんでもなくかわいらしい主に仕えたね……」
「そうだね兄さん。絶対に生涯お仕えしましょう」
「もちろんだ」
何かを分かり合ったらしい二人。
そしてグルンとこちらを向き、セレスが言った。
「確かに私達は教皇様を尊敬していますが、それ以上にシャノン様が大好きなのです! シャノン様が決めたことならどこまでもついていきますし、教皇様のことを調べたくらいではシャノン様のことを嫌いになったりしません!!」
「うんうん」
熱弁するセレスとそれに同意するように何度も頷くルーク。
う、うれしい……。
内側から溢れ出てくるこの喜びをどうしていいか分からなかったので、とりあえずリュカオンに抱き着いておいた。
「リュカオン嬉しいねぇ」
「そうだな、こうして心から仕えてくれる使用人が得られたのもシャノンが民の事を思いやれるいい子だったからだ」
スリッと尻尾で背中を撫でられる。
そこで、ふと思いついたようにセレスが言った。
「あ、もし教皇様のことを調べるんでしたら神聖図書館に行くのがいいかもしれません。可能性は低いですが、もしかしたらあそこなら少しくらい何か書いてある本があるかも」
「神聖図書館?」
「教会本部の近くにある図書館です。教会本部の成り立ちとか、ミスティ教関連の書物が集められているそうです。一応一般にも公開されているんですけど、ちょっとした山の上にあるのと教皇様のことについて調べるのが割とタブー視されているのもあって基本的には誰も近付きません」
行こうとしたら教皇様について探ろうとしてるのかと白い目で見られること間違いないですし、とセレス。
「リュカオン様の力をお借りすれば人に見られないように図書館に向かうことも可能なのではないですか? 人目があるのは山の入り口だけで、あとは普通に木々の生い茂った山らしいですし」
「そうだね! ちょうど明日は休みだし、さっそく図書館に行ってみようかな。リュカオン付き合ってくれる?」
「当たり前だ」
そんな当たり前のことをわざわざ聞くなと言わんばかりのリュカオンに好きが止まらない。
教皇様よりも何よりも、うちの神獣さんがいっちばん尊いね。





