【43】人生うまくいかないもんだね
さっぱりとした隠れ家を見た瞬間、私は全力で踵を返した。
背中を冷や汗が伝い、心臓がドクドクと慣れない鼓動を打つ。
やばいやばいやばい。なんで空っぽになってるの!?
厳密には家具だけは残ってたけど。でも、肝心なものは全てなくなっていた。
来た道を全力で戻りながら私は考える。
前回忍び込んだのがバレたってこと!? いや、でもそれならユベールからの接触があるはずだよね……。
じゃあ私だとは分からなかったけど、誰かが侵入したのはバレたってこと? そんな痕跡残した覚えないけどなぁ。
というかほとんど何も触ってないし。
『リュカオン、私が忍び込んだこと気取られたんだと思う?』
『いや、シャノンがいたという痕跡は残っていないはずだ。我も気を付けて見ていたし、シャノンが隠れ部屋に入ったところを見た者もいなかった』
『だよねぇ』
気付かないところで何かまずいことしちゃったかなぁ。
とにかく旦那様の邪魔になってないことを祈ろう。
ちょっと派手に動きすぎちゃったし、暫くは少し大人しくしてようかな。
ズリズリと半ば滑り落ちるように本棚から下りながら、私はそんなことを思った。
にしても、隠し部屋から逃げ帰るように去るのはこれで二度目だ。なんか、思ってたのと違う。
隠し部屋に着けばあっさりユベールの悪事の証拠とか、重大な秘密とか見つけられちゃうものだと思ってたけど、現実って難しいね。
書類仕事用の部屋に戻って来た頃には、もう私はへとへとだった。抱き込むようにして椅子の背凭れに体重をかけ、椅子に腰かける。
床にへたり込まなかったのは王族としての最後の意地だ。
疲れた……。
体力的にもだけど、せっかく隠し部屋を見つけられたのに何も得られなかったというのが精神的にも疲労を感じさせる。こんなくたびれた十四歳、世界で私だけじゃないかな。
椅子に座って休んでいると、メリアが私に任せた仕事が終わってるかどうか確認しにやって来た。
「―――うん、終わってるようね」
さらっと確認すると、メリアは紙の束を机の上に投げ置いた。
「あ~あ、あんたがいなくなったらこの楽な日々も終わっちゃうのね」
そうぼやくメリア。
「和平の記念式典の準備が始まる頃にはあんたはもういないし、また仕事を押し付ける相手探さなきゃ」
「……記念式典……?」
メリアのクズ発言は一旦置いておく。それよりも気になることがあったからだ。
和平って、ウラノスとのことしかないよね……?
「なぁに、あんた貴族なのに情報に疎いのね。いいわ、今日は機嫌がいいから教えてあげる。ウラノス王国との和平を記念する式典がもう少し先にあるのよ。まあ、ユベール派の私からすると記念でもなんでもないんだけど。それにこの国で開催されるから絶対準備で忙しくなるだろうしね。な~んでウラノスの奴らのために忙しくしないといけないんだか」
後半の愚痴はさらっと聞き流した。
そっか、ユベール家はウラノスを敵対視しているから、そのウラノスとの和平を記念する式典は喜ばしくもなんともないよね。
ただ、私にとっては朗報だ。
だって、和平の記念式典なら来るはずだ。―――ウラノス王国の国王である伯父様が。
私が知っている中でユベールを凌ぐ権力の持ち主はこの国の皇族、そしてウラノスの王族だ。王である伯父様なんてその最たるものだろう。
ユベールのせいでウラノスとこの国は揉めてたっぽいし、ユベールを潰すためならば力を貸してくれると思う。
ただ、その式典、私呼ばれるかな……?
普通ならまず間違いなく呼ばれるはずだけど、今の状況は普通ではないのでかなりあやしいところだ。
まあ呼ばれなくてもどうにかして助力を仰ぐつもりだけど。伯父様とコンタクトがとれるなら何も式典中じゃなくてもいいし、どうにかして滞在場所にでも忍び込んじゃえばなんとかなるはずだ。だって伯父様は私の顔を知ってるもの。
うん、ユベールと決着をつけるとするならそこだね。
多分、皇帝もその辺りで何か行動を起こすんじゃないかな。
よしっ! それじゃあ私ももうちょっとできることを頑張ってみよう。
先程までの疲れた顔とは打って変わって元気になった私にメリアは首を傾げていたけど、私はそんなこと気にも留めずに今後のことを考えていた。
まあ、とりあえず今日はリュカオンをモフって英気を養おう。
今日も頑張って動いたから明日は筋肉痛だろうしね。
〈皇帝side〉
「あ~疲れた」
座ったまま伸びをして筋肉を伸ばす。
あ~やだやだ、俺だってまだ若いのに肩こりとお友達だよ。
「体力お化けの貴方が疲れるわけないでしょう」
「脳筋の君は知らないかもしれないけど疲労にも種類があるんだよ。俺が今言ってるのは体じゃなくて頭を使ったがゆえの疲労。アンダスタン?」
「相変わらず人をおちょくるのが好きですね」
自分の方が先に仕掛けてきたのに分が悪くなったら睨んでくるのはどうかと思うよ側近君。
俺が辺境で魔獣と戦ってた頃からの部下だし、気心も知れているから笑って済ませてあげるけど。心の広い主でよかったね、本当に感謝してほしいよ。
もしも先代の側近が同じことを先代にしていたら、一発でクビを言い渡されていただろうから。
「―――それで、進捗はいかがなんです?」
「露骨に話逸らしたね。言い負かされたのが悔しかったの?」
「気付いてるなら黙って話を逸らされてくれませんかね。そんなデリカシーのないことばかりしてるとモテませんよ」
「いや、俺お前と違って既婚者だし。別にモテても……ねぇ?」
おっと、そろそろ本気で怒りそうだから止めてこう。まあ今のも半分くらいは自業自得だと思うけど。
「さて、お前をイジるのはこのくらいにしておいて、そろそろ真面目な話をしようか。進捗は順調、だけどあともう一押しが中々上手くいかないって感じかな」
もちろん、これは対ユベールについての話だ。
確実にユベールの息の根を止めるにはもう一押し欲しい。もちろんそのための根回しもしてるけど、これが中々進まない。
なにせ、相手は皇帝である俺と同等かそれ以上の権威を持つ、うちの国教の教皇だ。
教皇については謎に包まれており、いろんな噂が飛び交っている。だが、噂の真相を確かめようとする者は滅多にいない。いや、恐れ多くてそんなことはできないと言った方が正しいだろうか。
小さい頃、出来心で教皇の秘密を暴いてやろうとしたら兄さんにこっぴどく叱られたものだ。
それ程国民から畏敬の念を抱かれている存在だ。味方にすればこれ以上心強い存在はいない。
だが、なにせ教皇は俗世と完全に隔絶されている。公の場に姿を現すことはまずないし、政治に口を出してくることもない。
むしろ国の運営に関わるのは避けているように思える。
そこに在るだけで権威を持ち続ける存在、そんな存在だからこそ味方にできたら破壊力は抜群だ。
「―――まあ、頑張って口説き落とすよ」
「結婚して一年も経ってないのに浮気ですか」
「ものの例えって知ってるかい? 第一、教皇は男でしょう」
それも確実ではないけど。ただ教皇についての噂の中では一番信憑性が高いんじゃないだろうか。
まあ、男でも女でもどっちでもいい。俺のお嫁さんはあの子ただ一人だからね。
早くユベールに引導を渡してあの子が過ごしやすい国を作ろう。
―――和平記念式典の日までに、全ての準備を整えてみせる。