【38】だって我慢できなかったんだもん!
オルガの予想通り、早めの夕飯を食べた私はお風呂に入るとすぐに眠ってしまった。それはもう、朝までぐっすり。
そして今日は侍女体験二日目だ。
「じゃあ行ってくるね!」
「ああ、無理はするなよ」
リュカオンと別れ、昨日と同じように王城に入る。
昨日は怯えきっていた二人もすっかり元通りになり、ウルカさんのもとで侍女用の備品の整理をしていた。
その時だった―――金切り声が聞こえてきたのは。
「ねぇあんたなにしてんの! これ昨日やっておいてって言ったわよね?」
何事かと、ウルカさんを筆頭に私達は声のした隣の部屋に移動した。隣の部屋は私達のいた倉庫とは違い、侍女が書類仕事などをする部屋だ。
そこには、昨日ウルカさんに気をつけろと言われた女性がいた。金髪を肩上の長さで切り揃えている彼女は腰に手を当て、侍女体験の女の子の一人を叱りつけている。
「この書類の整理やっておいてって言ったよね?」
「い、いえ、でも、何も教えてもらってなくて……」
可哀想に。叱られている女の子は完全に委縮してしまっている。
「なに、言い訳する気?」
「……」
叱られている子以外の二人に口を挟めるはずもなく、ただ横に立って怯えていた。
「メリアさん、何をしてるんですか」
「あらウルカ」
メリアと呼ばれた侍女は一瞬気まずそうな顔をした後、すぐに開き直って言った。
「やっておくように言ったことをやっていなかったから叱っただけよ。あなたには関係ないわ。なに? 私に指図する気?」
その言葉にウルカさんが口を噤んでしまった。力関係はメリアの方が上なのだろう。
私はギュッと目を閉じる。
ごめんセレス、せっかく助言してくれたのに、関わらないっていうのは守れそうにないや。だって、私には善良な国民を守るという責務があるんだから。
「―――初日で書類の整理なんてできるわけないじゃないですか。しかもやっておくように言ったって、その間あなたはどこにいたんですか?」
「し、シャルさん!」
ウルカさんがサッと顔を青褪めさせてこちらを見る。私と同じグループの二人もヒッと小さい悲鳴を上げて私の方を見ていた。
メリアの青い瞳がギョロリとこちらを向く。
「あなた、何が言いたいわけ?」
「何も教えてもらっていないのだから書類の整理なんてできなくても当然。むしろあなたの方が職務怠慢なのではないかと言っているのです」
「ふぅん、シャルっていったわね。家が潰れてもいいの?」
「見たところその子に任せたのは自分でやらなければならないお仕事ですよね。そのことが侍女長さんにバレてもいいならお好きにどうぞ」
そもそもウラノリアなんて家、帝国には存在しないし。というか私は仮にも皇妃なので私の家を潰したら皇族―――この帝国が潰れることになってしまう。国家転覆をしますって言っているようなものなんだけど、まあ私の正体は知らないからね。広い心で大目に見てあげよう。
バレてもいいならお好きにどうぞと言った後、メリアはグッと言葉を詰まらせた。やはり本来は自分でやらなければならない仕事だったんだろう。
この人、こんなんでよくここまで王城侍女やってこれたな……あ、ここまで調子に乗り始めたのは最近なんだっけ?
思わずシラーっとした顔でメリアを見ちゃう。メガネと前髪で隠れてるから分からないだろうけど、シャノンちゃん滅多にこんな顔しないからね? レアだよ。
「―――っ! 今すぐあなたの体験を中止にして将来王城侍女になれなくしてあげてもいいのよ?」
「ですから、あなたが自分の仕事を侍女体験の子に押し付けたことを侍女長さんに報告してもいいのならば好きにしてくださいと申し上げてます」
そもそも私は皇妃だから王城侍女になれなくてもなんの問題もない。
というか、姉がユベールの分家と結婚した程度でこの人に家を潰したり侍女の採用の可否を決められるような権力があるのかは疑わしいしね。むしろ脅し文句として出まかせを言っている可能性の方が高いんじゃないだろうか。やだ、シャノンちゃんってば頭が冴えてるわ。
帰ったらリュカオンに褒めてもらっちゃおっと。
緊迫した空気が流れる中、私の脳内は呑気なものだった。
まあ、私と他の子達じゃあ事情が違うもんね。他の子達にしてみればメリアの言葉を疑わしいと思っても可能性はゼロではないから逆らえない。貴族としての教育を受け、家のためにとここまで来ている子達は余計にそうだろう。
さて、どう出るかなと思ったらやはり小物。頼んでもいないのに勝手に譲歩してきた。
「ふん、強がっちゃって。ウルカ、この三人もあなたが担当しなさい」
「へ?」
そう言ってメリアは自分が担当していた三人をウルカさんの方に突き出した。その中にはもちろん、先程までメリアに叱られていた子も含まれている。
「その代わりに私はこの生意気な子を教育するから。あ、この生意気なの以外の子はいらないわ」
そしてメリアが私に向き直る。
「いいこと? あなたの度胸に免じて譲歩してあげるわ。これからの約二週間、逃げ出さずに毎日来て私の言いつけたことをこなせたらあなたの家には手を出さないし、あなたが王城侍女になるのも邪魔しないであげる」
ほら、これで満足だろうと言わんばかりにほくそ笑むメリア。
……そこまで侍女長さんに言いつけられたくないのかな。
私は何も言ってないのに勝手に交換条件を突き付けてきちゃったよ……。
小物臭ぷんぷんだ。
そこで、リュカオンからの念話が入った。
『……シャノン、なぜこんなのに関わった』
『だってあの子が理不尽に怒鳴られてるのを見たら我慢できなかったんだもん。それに、この人が仕事を押し付けてどこかに行っちゃうタイプならむしろ動きやすくて好都合じゃない? ここは勝手に申し出てきた交換条件に乗っておこうと思う』
『うむ、まあシャノンが決めたのならばそれでいい』
『ありがとうリュカオン』
さすがリュカオン。安心感が半端ないね。リュカオンがついてくれてるだけでなんでもできる気分になっちゃうよ。
「―――それじゃあそうさせてもらいますね」
ウルカさん達の心配そうな視線をよそに、私はあっさりとメリアの申し出を受け入れた。
メリアのやっぱり内心ビビってたのねとでも言いたげな顔にはイラッとしたけど、シャノンちゃんは心が広いから許してあげよう。
小悪党から善良な国民を助けられたと思えば安いものだ。