【37】愛されてますよシャノンちゃん
私の部屋にはオルガ以外の全員が集まっていて、各々が好きな場所に座ってこちらを向いている。セレス達は立ったまま話を聞く気だったみたいだけど、なんだか落ち着かないから座ってもらったのだ。
紅茶で喉を潤し、私は口を開く。
「まずはセレスの件について少しだけ情報が得られたから話しておくね。……その前に、リュカオンって念話以外のこっちの音は聞こえてるんだっけ?」
「ああ、遠見の魔法を使うのと同時にシャノンと聴覚を共有している」
「もうなんでもありだねリュカオン」
神獣さんすごいや。
「じゃあリュカオンは知ってると思うけど、セレスを陥れた犯人は一応処分を受けたみたい。……ただ、私への贈り物の在り処を話す前にどこかに逃げちゃったらしいんだけど」
「そう、ですか……」
複雑そうな面持ちのセレス。そうだよね、もっと早く分かってたらセレスは王城を辞さなくても済んだし、犯人が失踪したっていうのも何だか後味が悪い。
正直、今の生活でも十分だから結婚祝いについては割とどうでもいいけどね。ただ贈ってくれた人達のことを考えると全く探さないのも申し訳ない気がする。形式的に贈っただけではあると思うけど。
「ただ、冤罪は晴らされたはずなんだけどヴィラ・ユベールがなんだか不穏なことを言ってたんだよね」
「ヴィラ・ユベールと遭遇したのですか?」
「あ、いや、遭遇したというか扉越しに声が聞こえてきたの。姿は見てないよ。それで私と同じグループの子がヴィラ・ユベールに絡まれて怯えちゃったから今日は早めにお開きになったの」
「お帰りが早かったのはそういうことだったんですね……」
セレスやオーウェン、ジョージなどの王城で働いていた面々は納得顔だ。
「彼らの平民や使用人の見下しっぷりは酷いですから。子どもがいきなり遭遇したら怯えるのも無理はないでしょうね。……あ、すみません、話が逸れちゃいましたね。それで、ヴィラ・ユベールはどんなことを言っていたんですか?」
「えっと……セレスが手を回したせいで自分の家に所縁のある侍女が罪を被せられたみたいなことを言ってたの」
これは今思い出しても腹立たしい。
自分の家の権力を考えれば平民出身のセレスがそんなことをできる筈ないって分かってるはずなのに、あたかもそれが真実みたいに吹聴するなんて……!
「ユベールの言いそうなことですね……」
呆れ半分、悔しさ半分といった感じで言うセレス。
「うん、だからセレスはまだ王城には戻らない方がいいかなって」
そう言うと、セレスがきょとんとした顔でこちらを見て来た。
「王城に戻るとは……?」
「え、だって冤罪が晴れたなら王城に戻りたいものじゃないの? お飾りどころか皇妃とも信じてもらえない私のところにいるよりは。だけどユベールがそんなことを言ってる状態だとまだ危険だから、せめて私宛の贈り物が見つかってセレスが犯人じゃないってことが完全に証明できてからがいいと思うけど―――ふぇ?」
セレスは「失礼します」と言った後、私の頬をむぎゅっと摘まんだ。
「ひ、ひゃひふふの」
「シャノン様、私は貴女にお仕えすると決めているんです。いいですか? 皇妃ではなくシャノン様にお仕えしたいんです。私が王城に戻るのはシャノン様が王城に住まわれる時です。分かりましたか?」
「ひゃい」
とってもよく分かりました。
セレスは私のことが大好きなのね。
心がほっこりしました。
「私の知る限り、平民出身の使用人にここまで心を砕いてくださるのはシャノン様だけですよ」
「え、この国の貴族って使用人を見下すのが普通なの?」
「あ、いえ! 違いますよ!? ここまでお優しい方に出会ったのは初めてって話です。陛下がお優しいこともあって、使用人をあからさまに見下すのはユベール家とその周辺くらいです」
セレスが慌てて言い募ってくる。
そこでリュカオンも口を開いた。
「我は遠見の魔法を使っていたからヴィラ・ユベールの姿は見えていたが、確かに酷い態度だったな。いや、態度というか目だな、あれは人間を見る目じゃなかった。まるで無機物を見るような、不気味な目をしていたぞ」
そりゃああの二人が怖がるわけだね。今までそんな視線を向けられたことなんてなかっただろうし。
「あとはユベールと縁のありそうな侍女の件か」
「あ、そうそう! そうだった。お姉さんがユベールの分家の人と結婚した侍女さんがいるらしいんだけど、関わらない方がいいかな。それとも何か知ってるかもしれないから近付いて探ってみる?」
「いえ、近付かない方がいいかと。その侍女には心当たりがありますが、姉が分家の者と結婚した程度では碌な情報も持っていないでしょうし、問題にもできないような小さな嫌がらせが好きな方なので」
シャノン様には嫌な思いをしてほしくないので彼女と関わるのは止めておいた方がいいかと、とセレスが言う。それには周りのみんなもうんうんと頷いて同意していた。
私ってば愛されてるね。
ただ、私が関わらなくてもその彼女の受け持ちになっちゃった子はいるわけで……。う~ん、どうやらターゲットを決めるタイプらしいし、侍女体験の子が標的にならないこともあるか。まあ状況によって関わるかどうかは判断しよう。
結局結論はそうなっちゃうんだよね。
話が纏まると、オルガが食事ができたことを伝えにきた。
「微妙な時間ですが、今日はシャノン様がお疲れだと思うので。早めに寝ても大丈夫なように今のうちにお腹いっぱい食べておいてください! みんなもいいか?」
「ああ、もちろんだ」
オーウェンがオルガさんに答える。他のみんなもうんうんと頷いていた。
するとリュカオンが私の頬にスリッと鼻先を擦り付けてくる。
「シャノンは愛されてるな」
「えへへ」
そうだね、だから私もみんなに恥じない主でいないと。
私の目指すところとは真逆の場所にいるヴィラ・ユベールのことを思い出しながら、私はそんなことを思った。





