【32】私の侍女は天才かもしれない!
とりあえずブレスレットとかその辺のことを考えるのは後にして、しっかりドレスに着替える。すると、セレスがサイドの髪を編み込んでくれた。かわいいリボンもつけてもらい上機嫌です。
着替えただけでもセレスはかわいいかわいいと大絶賛だったから、髪の毛も整えた今はもう息もしていない。両手で顔を覆って悶えていて、たまに肩がピクピクと動いている。
「リュカオンみてみて!」
完全体になった私はリュカオンの前でくるりと回ってみせた。その時にふわりとなる裾のフリルが大変かわいらしい。
「うむ、とてもかわいいぞ」
「えへへ」
嬉しかったのでリュカオンに抱き着いておいた。
「じゃあそろそろごはん食べにいこっか」
「はい」
「ああ」
そして、私達は食堂へと向かった。
「―――あ、シャノン様おめかししてますね。とってもかわいいです」
「ありがとうルーク」
さすがルーク。にこやかな笑顔でスマートにオシャレしたことを褒めてくれる。これはモテモテだろうね。
ルークに続いてオルガやオーウェン達も褒めてくれた。
朝から褒め殺しでシャノンちゃんはホクホクです。
そして、みんなが席に着いて食事を始めたところで私は話を切り出した。
「ねぇねぇ、私ちょっと王城に潜入してこようと思うんだけどどうするのが一番バレにくいと思う?」
「「「「!?」」」」
みんなが驚いた顔をして一斉にこちらを見る。
それから暫し間があり、最初に口を開いたのはオーウェンだった。
「し、シャノン様、王城に潜入とは……?」
「ここにいると何も情報が入ってこないでしょ? だからセレスの件がどうなったのか確認してこようと思って。あとは、皇妃としてちょっくら抜き打ちチェックにね」
安心させるようにオーウェンに向けてパチンとウインクする。勢い余って両目を瞑っちゃったのはご愛嬌だ。
「でも、私みたいな子どもが王城内でウロウロしてたら目立つでしょ? それで何かいい案はないかなって」
「……きっと、シャノン様は私達が止めても止まらないんでしょうね」
「うん」
そう言うとセレスが苦笑いする。
「皇妃様なのにあんなド田舎までついて来ちゃいましたもんね。―――分かりました、皆で案を出し合いましょう。私達の誰かが同行することは……」
「それはダメ。王城内なんて一番セレス達のことを知ってそうな人がいるところじゃん。それに、私だけなら何かあっても子どもだってことでなんとかなりそうだし」
たしかにそうかもしれないけど心配って顔に書いてあるみんな。
「大丈夫大丈夫、万が一何かあれば私にはリュカオンがいるから。あ、でもリュカオンは連れて行かない方が目立たないかな。聖獣付きじゃない方が警戒もされないだろうし」
「ならば我は外からシャノンのサポートをしよう」
事も無げに言い放つリュカオン。だけど、セレスの顔は曇った。
「しかし、王城内では魔法の使用が制限される造りになっているので外からのサポートは難しいかと……」
魔法が制限される造りということは、外からの干渉も防ぐようになってるんだろう。だけど、その言葉を聞いてもリュカオンの表情は変わらなかった。
「ふん、それは対聖獣用であろう。以前王城の側に行った時に確認したが、神獣である我にとって遠見の魔法でシャノンを見守りながらサポートするくらい訳もない。転移ともなればさすがにキツイだろうが。まあ、仮に王城内に転移できたとしても、転移で現れたところを誰かに見られた瞬間終わりだから現実的ではないな」
「さすが神獣様……」
「すごい……そしてシャノン様に過保護……!」
みんなからの尊敬の視線を一身に集め、リュカオンはむんっと胸を張る。褒め言葉か微妙なのも混ざってたけどいいんだろうか。……別によさそうだね。
そこで、セレスが何かを思いついたように声を上げた。
「―――あ! そういえば! 王城侍女には、貴族の令嬢が小さいうちから侍女の仕事に慣れておくためのちびっこ侍女体験がありました。それに混ざってしまえばいいのではないでしょうか」
「ちびっこ侍女体験?」
「はい、あくまで体験が目的なので短期で終わりますし、たしか次の侍女体験がもうすぐ始まるはずなのでうってつけのタイミングじゃないでしょうか」
「おお!」
たしかに、それなら私がうろちょろしてても怪しまれなさそう。
「王城侍女体験参加者には事前に入城許可証と侍女服が家に送られますので、それさえ揃っていれば疑われることはまずないでしょう」
「そうなんだ……でも、入城許可証はあるけど侍女服はなくない? 確かこの離宮の侍女服は王城のとはちょっとデザインが違ったよね」
微々たる差だけど、並べば分かってしまう。
セレスが今着ているのもこの離宮の侍女服だ。こんなものいらないとばかりに侍女服はまるっと残されていたからこちらの替えはいっぱいある。一応各自の荷物じゃなくてこの離宮の備品扱いだし、多分逃げた使用人達は誰一人持って行かなかったんだろう。
そんなことを思っていると、セレスが腰に手を当てて笑い出した。
「ふっふっふ。シャノン様、私が初めてシャノン様に出会った時の服装は何でしたか?」
「セレスの服装? ……あ! そういえば!!」
「はい! 退職金代わりにこっそりくすねてきた王城の侍女服です。ちょちょいと手直しすればシャノン様でも着られるようになります」
「おお!」
すごい、私の侍女は天才かもしれない。
「すごいよセレス! よっ、セレスはできる侍女!」
「はい! 食事が終わったら早速手直ししますね!」
やる気満々なセレスは、朝食が終わるとすぐに侍女服の手直しにとりかかってくれた。
その間、私は自分の部屋でリュカオンと打ち合わせをする。
『―――シャノン、聞こえるか?』
「おお、頭の中にリュカオンの声が聞こえる! 不思議」
目の前にいるリュカオンの口はピタリと閉じられているのに、頭の中では確かにリュカオンの声が聞こえていた。
「こんな魔法あったんだね」
『ああ、念話という。シャノンもやってみろ』
リュカオンに促され、私も魔法を発動してみた。
『リュカオン、聞こえる?』
『……ああ、聞こえるが……シャノン、それだと何かしているのがバレバレだ』
『へ?』
リュカオンに言われて自分の姿を見下ろしてみる。
両手はお腹の前でギュッと握りしめ、リュカオンに言われるまでは目もギュッと閉じている有様だった。たしかにこれじゃあ自分で何かしてますって言ってるようなものだね。
リュカオンがあからさまに困った顔になって言った。
『……慣れるために暫く念話で話すか』
『は~い』
シャノンちゃん頑張りますよ。
『あ、そういえば私も王城の中で魔法使えるの?』
『ああ、我と契約しているからな。だが、普段よりも魔法が使いづらいことには変わりない。くれぐれも無理はするなよ。ただでさえ体が弱いのに、無理をして自分で寿命を縮めるようなまねはしてくれるな』
『承知した! でもやっぱりリュカオンでも寿命を延ばす魔法は使えないの?』
人の寿命を操作する魔法は禁忌魔法に分類されるけど、リュカオンならできちゃったりして。
『……たとえ神獣でも禁忌は禁忌だ。いいか、間違っても禁忌魔法を使おうとなどするな。シャノンなど、一瞬で命を持っていかれるぞ』
『いくら私でもそれくらい分かってるよぅ』
少しいじけてそう答えた時、セレスが部屋にやってきた。
扉は開けっ放しにしていたのでそのまま部屋に入ってくる。
「―――シャノン様、簡単に手直ししましたので一度着てみていただけますか?」
そう言ってセレスが小さくなった侍女服を私に見せる。
『ほう、早いな。シャノンの侍女は優秀だ』
『でしょでしょ、やっぱりあそこでセレスに目をつけた私は見る目があると思う』
ふふんとリュカオンに向けてドヤ顔をすると、セレスがなぜか妙な顔をしていた。
「……お二人は、ついに言葉を交わさなくても会話ができるようになったのですか……? 以心伝心ってやつですね!!」
「ああ! 違う、違うよセレス!!」
慌ててセレスの誤解を解く。
ついつい念話のまま会話していたみたいだ。なるほど、こういう落とし穴もあるんだね。
王城に潜入するまでに、しっかり念話の練習をした方がよさそうだ。