【26】料理人もゲット!
次の日、朝一でオルガさんが療養所を訪ねてきた。
オルガさんはここに来るときに寄ったお店の料理人さんだ。
ダダダッと走ってきた勢いのままドアを開け、私の部屋に入ろうとしたオルガさんを部屋の中にいたルークさんが止める。
「オルガさん、気持ちは分るけどまず手洗ってきて。病人がいるんだから。あと、女の子の部屋にノックもなしに入ろうとするとかありえないから」
「あ、すいません」
ニッコリとしてそう言うルークさんの圧に負け、オルガさんは自然と敬語になっていた。
そして、改めてオルガさんが部屋の前に来た。
コンコンコンと三回ノックがされる。
「すみません、入ってもよろしいでしょうか」
「はいどうぞ」
すると、それはもう丁寧に扉を開けてオルガさんが入室してきた。それを見てルークさんがうんうんと頷いている。
オルガさんは一歩部屋の中に足を進めると、そのまま流れるように土下座をした。
「!?」
なんで土下座をされているのか分からなくてびっくりした私は、無意識にリュカオンの尻尾を掴んでいた。ごめんリュカオン。
「さっき、オーウェンが家に来ました。それで、お嬢様はさる高貴なお方で自分達はお嬢様について行くことになったからたまにオーウェン達の実家の様子を見ておいてほしいと言われました」
「うんうん」
「だけど、どうか! どうか俺も連れて行っていただけませんか!? 俺は、俺はやっぱり自分の主に毎日おいしい料理を振る舞うという夢を諦められないんです!!」
そう言って、もうおでこが床についちゃってるのにさらに頭を下げようとするオルガさん。
「とりあえず頭を上げてくださいオルガさん。ルークさん達が毎日掃除してくれてますけど、やっぱり床はばっちいですよ」
せっかく手を洗ってきたのに台無しだ。
「それに、元々オルガさんにも声はかけようと思ってたんです。私の離宮は料理人もいなくなっちゃったので、オルガさんがよければついてきてほしいなと思って」
「本当ですか!? というか、え? 離宮?」
オルガさんがはてと首を傾げる。
どうやらオーウェンさんは私の素性については言及しなかったようだ。口が堅いのはいいことだね。
「私、一応この国の皇妃なので。あと、この子は私が契約している神獣です」
そう伝えると、オルガさんはポカンと口を開いた。
「こうひ……しんじゅう…………」
そこでオルガさんの脳はオーバーヒートしたらしく、バタンと後ろに倒れた。「ちょっと!」とルークさんがオルガさんに注意をする。
「ふふふ、リュカオン、新しい料理人さんは随分賑やかな人みたいだね」
「そうだな」
オルガさんはオーウェンさん達の怪我のことも知っていたので、びっくりするくらいあっさり私の言葉を信じてくれた。
結局、オーウェンさん達の家やオルガさんの店は近くに住んでいるオーウェンさんの伯母さん一家にたまに様子を見てもらうことにしたようだ。
「でもオルガさん、せっかく自分の店があるのにいいの?」
そう聞くと、オルガさんはニカッと笑って言った。
「ええ! こんな田舎じゃあそんなに客も来ませんし、俺は不特定多数の人間じゃなくて決まった主人に喜んでもらえる料理を出したかったんで!! 王城を追い出されてその夢も諦めてたんですが、まさかこんなチャンスが巡ってくるとは思いませんでしたよ!!」
それから、オルガさんは少し真面目なトーンの声になって続けた。
「にしても、まさかあいつらの怪我が治るとは思いませんでした。オーウェンは自分達の方が大変なのに、行き場をなくした俺も一緒に故郷に連れ帰ってくれたんです。嬢ちゃ……シャノン様、本当にありがとうございます。俺は貴女のために精一杯うまい料理を作らせていただきます」
神妙な顔になり、私に向けて頭を下げるオルガ。今回は立ったままだ。
「うん、期待してるよオルガ」
「はい!」
何かが吹っ切れたような清々しい笑顔になるオルガ。
オルガの料理は美味しかったから、私もこれから楽しみだ。
その日のお昼ごはんはオルガが作ってくれることになった。
ベッドの上でリュカオンを撫でながら話し掛ける。
「楽しみだねぇリュカオン」
「そうだな」
リュカオンもオルガの料理はお気に召していたから、尻尾を振ってうれしそうにしている。
「にしても、離宮にはどうやって帰ろう。随分人数が多くなっちゃったけど……」
「転移で帰ればよかろう。一度訪れたことがある場所には転移で飛べるからな。我とシャノンで半数ずつ連れて帰れば一度の転移で済むはずだ」
「あ、そっか」
そういえばこの前もそんなこと言ってたね。こんな大人数でも転移できるとは思ってなかったけど。
さすが神獣、やっぱり規格外だね。
そして自覚はなかったけど、リュカオンと契約した私も何人かを連れた転移ができるようになっているらしい。多分リュカオンだけで全員を運ぶこともできるんだろうけど、さすがにそれは消耗が激しいだろうから半分ずつ転移するのが一番効率がいいよね。
「まあ、転移をするのはシャノンの体調が完全に回復してからだな」
「そうだね」
万が一魔法が不十分な状態で発動しちゃっても困るし。
ぎゅっとリュカオンの首に抱きつく。
「いっぱい食べて早く回復するね」
「……馬鹿、療養とはゆっくりするものだ。そう焦るでない」
「うん、ありがとうリュカオン」
リュカオンの毛に顔を埋める。
えへへ、あったかくていい匂い。
リュカオンの匂いをスンスンしていると眠気がやってきたので、私はそのまま心地よい微睡みに身を任せた。