【21】あ、私既婚者なので
そして私達はセレスの家に向かう途中にあったお店に入った。
そんなに広くはないけど窮屈さを感じさせない内装で、どこかホッとする。
お店に入った瞬間からいい匂いが私の鼻孔を擽った。そして、お店の奥から元気よく男性が出てくる。
その男性はセレスの顔を見るとぱぁっと明るい表情になった。
「お! セレスの嬢ちゃん!! 久しぶりだな、里帰りか? ん? そっちの嬢ちゃんは?」
「私が今雇ってもらっているお嬢様です。オルガさん、とりあえず座ってもいいですか?」
「おお、そうだな! 二人とも座ってくれ」
ガハハッと豪快に笑い、店主さんは私達に席を勧めてくれた。
木製の温かみのある椅子に私は腰掛ける。
「注文はどうする?」
「お任せで」
「あ、じゃあ私もお任せで」
私もセレスの真似をして注文する。
すると店主さんの視線がリュカオンに移った。
「おう、そっちのワンちゃんはどうする?」
すると、リュカオンはテーブルの上に上半身を乗り上げ、メニュー表にある「ステーキ」という文字を前脚でタシタシ叩いた。
「はは、随分おりこうさんなワンちゃんだな! ステーキだな、分かった待ってろよ」
リュカオンの頭をわしゃわしゃ撫で、店主さんは厨房の方に入って行った。
店主さんが厨房からセレスに話し掛ける。
「にしてもセレス、随分微妙な時期に帰ってきたんだな」
「帰ってきたというか、王城をクビになったの」
「は!? あちゃ~、お前もか」
ん? お前も?
私が店主さんの方を見ると、店主さんが苦笑いする。
「俺も元は王城料理人をしてたんだが、ユベールの親戚の反感を買ってクビになり、他に行き場もなかったところをセレスの兄ちゃんに拾われてここまで来たんだ」
「だからオルガさんの料理の腕は確かですよ」
「それは……」
なんて言っていいのか分かんないね。
「だから王城に就職すんのなんてやめとけってみんな言ったろ。せめて陛下がユベールを潰した後だったらな」
「……だって、私でもできることで一番給料がよかったのが王城の侍女だったんだもん。まさか一年ちょっとで辞めることになるとは思わなかったけど」
知り合いとの会話だからかセレスの口調がちょっと崩れてるのがかわいい。
「みんなのためにお金稼ぎたかったし……」
そう口を尖らせてそう言うセレスをオルガさんが優しい目で見る。
「だけどセレス、お前が思ってるより俺達ぁ金あるぞ」
「え?」
「お前が俺達の反対を振り切って王城に行ってから暫くした頃、新しい陛下の使いって人がふらっと現れて不当解雇の詫びだってまあ結構な大金を置いてったんだ。ついでに周辺の魔獣も退治してってくれたなぁ。だからお前が覚えてるのよりは俺達も生活に余裕がある」
「……そう、よかった」
セレスは心の底から安堵したような表情になった。
「まあその使いの方がやたらと顔のいい青年でな、同性だが俺もついつい見とれちまったぜ」
手際よく調理をしながら店主さんがそう言う。
「へ~」
やたらと顔のいい青年って、フィズのことかな。
「あん時はこれほど顔の整ってる人間にはこの先お目にかかることはねぇと思ってたが、嬢ちゃんもかなり端麗な容姿だな」
「オルガ、言葉遣いを……」
「ああ、いいのいいの。オルガさんは私に雇われてるわけじゃないし」
オルガさんの言葉遣いを注意しようとしたセレスを止める。それと同時に注意しようとしてくれたことに対してのお礼も言っておく。セレスの対応も間違ってるわけじゃないからね。
にしても、こんな砕けた話し方をされたのは初めてかも。真似したら怒られちゃうかな。
にょきっとイタズラ心が顔を覗かせるけど必死に抑えておく。
「はぁ、そんなにかわいくて性格もいいなんて引く手あまただな」
「引く手あまた……?」
「モテモテってこった。将来どんな男が嬢ちゃんに求婚してくんのか楽しみだな」
オルガさんが何気なくそう言う。
「えー? この先私に求婚する人なんていないと思いますよ?」
「ん? なんでだ?」
「―――だって私、既婚者なので」
求婚されても困っちゃう。重婚はウラノスでもこの国でもできないもんね。たとえできても旦那様は一人がいいけど。
そんなことを考えながらルンルンと食事を待つ私と対照的に、二人の動きがピタリと止まる。
「えっと、嬢ちゃん今いくつだ?」
「? 十四です」
「あ、思ったよりは上だった。でも早いな……」
深入りするとめんどくさそう。オルガさんの顔にはそう書いてあった。
それっきり無駄口は叩かず、素早く料理を仕上げてくれるオルガさん。
あれ? もしかして今のも言っちゃいけなかったやつ? ……まあいっか、二人ともそんな言いふらすタイプには見えないし。
田舎ののどかな雰囲気がそうさせるのか、ついつい口が軽くなっちゃってダメだね。
その後はオルガさんの作ってくれたおすすめ料理に舌鼓を打ち、お店を後にした。
オルガさんは元々王城で料理人をしていただけあり、さすがの腕前だった。肥えていると自覚のある私の舌も唸らせるほど。まあ別に食べられれば今は割となんでもいいんだけどね。
リュカオンも目を輝かせて出てきたステーキにがっついていた。そこまで高級なお肉ではないと思うんだけど、オルガさんの腕がよかったんだね。
―――オルガさん、離宮に来てくれないかなぁ。
そんなことを考えながら、私はセレスの実家へと向かって行った。