【20】故郷に到着する
「お嬢さん、ちょっとこのワンちゃん借りてもいい? 僕、犬が好きなんだ」
「どうぞ」
リュカオンが嫌そうじゃなかったので私はそう言った。
フィズがリュカオンと戯れている間に、私は乗合馬車の予約をしてくれているセレスのところに向かうことにした。
小屋の中に入るとセレスがすぐに見つかる。
「セレス」
「あ、お嬢様、すみません、明日の乗合馬車が満員のようで予約が取れなかったんです」
「それなら、親切な人が貸し切り馬車のチケットを譲ってくれたよ。間違えて余計に取っちゃったんだって」
はい、ともらったチケットをセレスに差し出す。
「まあ、リッチな方がいたんですね」
ついでに今日の宿のことも話す。
少し訝しんでいたセレスだけど、もし詐欺とかだったら私の家が責任をとると言ったら了承してくれた。私の財布の中身と世間知らずさから、私がそこそこ力のある家の出身だということは察しているらしい。
私とセレスが戻って来ると、フィズはどこかに行ってしまっていた。
私は小声でリュカオンに話し掛ける。
「リュカオン、フィズってなんだったの?」
「……ただの顔のいいボンボンだろう。だが、シャノンと敵対することはないだろうから信用はしていい。それと、そこの侍女に何かを持ってきたようだ」
「?」
私はリュカオンの隣に置いてあった包みを手に取った。ワンちゃんしかいないところに荷物を置いてくなんて不用心だね。今回はリュカオンだったからよかったけど。
これはセレスに対する荷物らしいから、私が開けるのは違うよね。すごく開けたいけど。
私は必死に欲望を抑え、包みを開けないままセレスに手渡した。
「はいセレス」
「ありがとうございます。これはなんですか?」
「さっきのチケットをくれた男の人がくれたらし……くれたよ」
あぶないあぶない、「くれたらしい」なんて言ったら誰に聞いたの? って話になっちゃうからね。
「まあ、なんでしょう……」
セレスが包みを開く。
すると、セレスの目が見開かれた。
「なになに? 何が入ってたの?」
「お金と……手紙のようです」
「おお、お金がじゃらじゃら入ってるね」
包みの中には金貨がいっぱい入ってた。そしてセレスが呟く。
「この金額、もしかして……」
セレスが手紙をパラリと開く。
「……やっぱり、これは私が本来もらえるはずだった退職金らしいです。王城侍女の退職金の金額と同じだったのでもしやとは思いましたけど」
「え? なんでそれを見ず知らずの青年が持ってくるの?」
「……陛下の使いの方でしょうか。手紙には気付くのが遅くなってすまないと、陛下からの謝罪のお言葉もありましたし。……もしかして、王城を出た者にユベール家が手を出さないというのは陛下が秘密裏に防いでくださっているからなのかもしれませんね……」
そう言ってセレスが大切そうに手紙を胸に抱く。
いくら陛下と言えどユベール家が深く根付いている王城内を全て掌握するのは難しいんだろうな。きっと隠れているユベール側の人間もいるんだろうし。そう考えると王城内に部屋を用意されてなくてよかった。私には離宮がぴったりです。
―――あれ? ってことは私がセレスの冤罪を晴らす必要はないってこと? どうにかして王城に乗り込むつもり満々だったんだけど。
そんな私の考えをよそに、セレスは言葉を続けた。
「陛下は一日に一、二時間程しか睡眠時間をとれないほど多忙だと有名な話ですが、そんなに時間のない中でこんな末端の侍女まで気にかけてくださるなんて……」
「い、一、二時間!?」
えぐすぎる。私なんか一日に最低八時間は寝ないと活動できないのに。
ぽかんと開けた私の口に、風で舞い上がった雪が飛び込んで来た。つめてっ。
そこで、長く外にいたせいか私の体がブルリと震える。
「あ、すみません、冷えてしまいましたね。早く宿に向かいましょう」
「うん」
早くお風呂であったまりたい。
***
次の日の馬車は貸し切りだけあってかなり快適に移動できた。
揺れも少ないしお尻もいたくない!!
感動。これなら移動中でもゆっくり寝られちゃう。
私はリュカオンを枕にし、目的地に着くまでずっと寝ていた。一晩寝ても疲れは取りきれなかったから少しでも寝て体力を回復しないとね。
フィズのおかげで二日目はそんなに苦労することもなく、私達はセレスの故郷に辿り着いた。貸し切り馬車なので途中途中で止まることもなく、予定よりも早い到着だ。
もしかしたら馬車と宿もセレスへのお詫びだったのかもね。本当に余計に取っちゃったのかもしれないけど。
馬車から下りると、周囲の景色がよく見えることに気付く。
ああ、高い建物がないからだ。すごく見晴らしがいい。自然も多く、心なしか空気もきれいな気がする。
深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。肺のお掃除だ。特に汚れてるわけじゃないけど。
帝都よりも少しあったかいからか積もってる雪の量も少ない。
のどか、という言葉がよく似合う場所だった。
「お嬢様、家にご案内しますね」
「うん、お願い」
予期せぬ形で退職金が手に入ったセレスは少し顔色がよくなった。金銭的な問題への不安が少し払拭されたんだろう。
フィズぐっじょぶだ。
セレスの故郷は街と言うよりは町……いや、村って感じだ。ぽつりぽつりと家や店が建っている。家同士に距離があるから、家の中で騒いでも隣の家から苦情がくることはなさそうだね。
「家まで少し歩くので途中のお店で腹ごしらえしましょう」
「賛成 ! 私、ちゃんとごはん屋さんに行って食事するの初めて!」
昨日の昼は馬車の中での軽食だったし、夜は宿のごはんをいただいた。祖国にいた頃もこっちに来てからもずっと離宮の中で食事をしていたから、ちゃんとした外食というのは初めてな気がする。
「……え?」
「え?」
セレスが目を丸くして私を見てる。
あれ? もしかして私の年齢で外食したことないのって普通じゃないのかな。この話題を深掘りされたらどうしようかと思ったけど、そこはさすが元王城侍女、見事な聞かなかったフリを披露してくれた。
「では、お店に行きましょうか」
「うん!」
……リュカオン? その呆れた溜息は犬っぽくないよ?
犬らしからぬ表情をするリュカオンはお耳もみもみの刑に処しておいた。