【192】いざ、一人歩き!
「……これは、一体どういうことなのかな……?」
珍しく困惑の表情を浮かべるフィズの目の前にいるのは、優雅に猫の頭を撫でる麗人と、その膝でくつろぐ毛玉だ。
言わずもがな、人型になったリュカオンと、猫になった伯父様である。
「神無時のせいで力のバランスが崩れてこんな姿になってしまったのだ」
「へ~、不思議生物だぁ」
猫になった伯父様を見てもその一言で済むフィズはさすがに肝が据わっている。ドン引きするどころか、ちょっと撫でたそうにしてるくらいだもん。
「我はこの姿で人前には出ぬと決めているし、教皇はそもそも神獣の血が入っていることを公表しておらぬ。無駄な混乱を避けるためにも我とともにここで引きこもるのが無難だな」
そう言ってリュカオンが伯父様の顎の辺りを人差し指でカリカリする。感覚も完全に猫になっているのか、伯父にゃんこは気持ち良さそうに目を細めていた。
「まあ、バレないで済むならそれが一番だとは俺も思うよ。猊下の食事は……キャットフード? でいいですか?」
「是非人間用の食事で頼みますよ」
どうやらにゃんこ姿でもキャットフードはNGらしい。まあ、中身は人のままだからね。リュカオンだってごはんは私達と同じものを摂ってるし。
キャットフードを提案された伯父様は機嫌悪そうにフサフサの尻尾をペシペシしている。人型よりもご機嫌が分かりやすいね。
ふわふわだぁ……。
「伯父様、伯父様」
ちょいちょいっと手まねきすると、伯父にゃんこの耳がピンと立つ。そして、リュカオンの膝からぴょこんと下りると、トコトコとこちらに歩いて来た。
「シャノンちゃんどうしたんですか?」
首を傾げる猫ちゃんの脇に手を差し込み、よいしょっと抱っこする。
幸いにも伯父にゃんこは軽めの小型猫なので、私の筋力でもギリギリ抱っこ可能だ。
「し、シャノンちゃん……!?」
突然抱き上げられた伯父にゃんこが目をパチクリさせる。
そんな伯父様の白銀の毛並みに私は遠慮なく頬擦りをする。
あったかくていい匂いがする。
「伯父にゃんこ、かわいい……ふわふわ……」
「お、伯父にゃんこ?」
困惑する伯父様を横目に、むぎゅむぎゅとその魅惑のボディを抱きしめた。そして思う存分さらさらの毛並みに頬ずりをする。
「お……おぉ……?」
もさもさと頬擦りをし、頭や背中をよしよしと撫でると伯父にゃんこの体から徐々に力が抜けていく。
ふっふっふ、こちとらリュカオンで鍛えた撫でテクがあるのだ。
あっという間に大人しくなった伯父にゃんこを、リュカオンがジト目で見遣る。
「おい教皇、なに満更でもない顔をしておるのだ」
「猫を抱っこする姫もかわいいねぇ」
伯父様の頭を撫でていると、フィズに頭を撫でられた。
……なんでこっち?
せっかくならにゃんこになった伯父様を撫でればいいのに。それとも、直接撫でるのは畏れおおいから私の方を撫でてるのかな。つまり間接なでなで?
ちらりと私の頭を撫でるフィズを見上げれば、とても嬉しそうな顔をしていた。
これでいいのか……まあ、本人が満足なら何も言うまい。
「……あれ? 伯父様?」
ふと自分の腕の中に視線を落とすと、伯父にゃんこが目を細めてうとうととしていた。
伯父様はそんなにたくさん寝る方じゃないから昼寝とかもあんまりしないのに。珍しいこともあるものだ。
「う~ん、子ども体温……」
「分かるぞ、シャノンはぬくいからな」
うんうんとリュカオンが頷く。
どうやら、私の子ども体温で伯父にゃんこが眠くなってしまったようだ。前足は完全にだらんと脱力し、目もとろんとしている。
完全におねむちゃんだ。
「寝かせるならベッドに乗せるぞ。シャノンの足がしびれるからな」
半液体になっている伯父にゃんこをリュカオンが抱き上げる。
たしかに、いくら軽めとはいえこのまま膝で寝られたら私の足が終わる。
リュカオンによって毛布の上に載せられた伯父にゃんこは、そのままクルンと丸まった。完全にお昼寝の体勢だ。
それから、伯父にゃんこは五時間たっぷりお昼寝をしていた。
耳をペソペソしても尻尾をにぎにぎしても全然起きない。
さすが猫、よく寝るね。
フィズが帰ってから、すっかり眠ってしまった伯父にゃんことリュカオンとまったりしていると、床に落ちているペンに気付いた。
この質のいい青いペン――
「フィズの落とし物だ」
うっかりポケットから落ちてしまったんだろう。
「私、ちょっと皇城に届けてくるね」
そう言うと、リュカオンがギョッとした顔でこちらを見てくる。
「!? 一人で行くのか!?」
「ちゃんと護衛は連れていくよ。じゃあ行ってくるね」
微妙な顔をしていたリュカオンだったけど、強く止められることはなかったのでそそくさと部屋を出る。ペンがないとフィズもお仕事の時に困るだろうからね。
クラレンスやオーウェン、ノクスに声をかけると、三者三様に絶妙な顔をしつつも快くついてきてくれることになった。
「……シャノン様……テディ、どうぞ……」
「キュッフン」
「? あ、ありがとう?」
ノクスからはなぜかテディを差し出され、テディも仕方ないなぁというような顔をしながら私の肩に乗ってくる。ちょっと重い。
常に獣と行動を共にしないといけない縛りがあるとでも思われているんだろうか。
首を傾げつつも、私は離宮を出発した。
「――こ、皇妃様が……一人歩きしてる……!?」
「え!? 皇妃様が!?」
一人で廊下を歩いていると、周囲がザワザワと騒がしくなる。
……そんなに私とリュカオンが一緒にいないのって珍しいかな……。
確かに、思い起こしてみたらリュカオンと一緒に行動しない時間の方がむしろ少ないかもしれない。
寝る時も一緒だし、外出時も言わずもがなだ。
離宮の人間以外は、私達が一緒にいるところしか見たことない人がほとんどだろう。
「あはは、神獣様がいないだけなのに珍獣みたいな騒がれようですね。どちらかといえば神獣様の方が獣なのに」
「解せない……」
護衛とテディを連れているはずなのに、リュカオンがいないだけでこの騒ぎ……。正直、ここまでだとは思わなかった。
しかし、珍しい光景を見たとただ騒ぎ立てているわけではなく、みんなリュカオンがいなくて大丈夫なのかと私を心配してくれているようだ。
私を案じる声が方々から聞こえてくる。
「……」
みんな心配はありがたいけど、私のリュカオン離れのできなさが周知されてるみたいで少し恥ずかしかった。





