【188】 1日厩番体験!
お悩み事相談を始めて三日目には、もう顔を隠さずともいろんな人が相談に訪れてくれるようになった。
最近元気がでなくて……って人は、大体私と話すと元気になっていくんだけど、今日来た人は少し様子が違う。
緊張した面持ちで私の目の前に腰掛けた少年の装いは、城勤めの文官や騎士の制服とは違う。白いシャツにつなぎのような作業服を来た少年は俯いたまま茶色い前髪をちょいちょいと直した後、私と顔を合わせた。
「そ、その、馬たちの元気がなくて……」
「馬?」
「あ、僕はこの城の厩番をしているんです」
厩番……馬のお世話をする人か。私の故郷のウラノスでは聖獣と契約する騎士が多かったから、各々の契約聖獣で移動する人が多かったけど、このアルティミア帝国にはウラノスほど聖獣の数は多くない。なので、騎士達の騎乗はもっぱら馬だ。
そりゃあ、馬のお世話専門の人もいるよね。
耳にしたことはあるけど、初めて出会う職業の人に私は興味津々だ。
馬のお世話ってどんなことするんだろう。仔馬とかもいるのかな……はっ! 違う違う、今は私が質問するんじゃなくて少年のお悩みを聞くんだった。
好奇心に輝きかけた瞳をしぱしぱと瞬きで戻し、真剣な顔を取り戻す。
「それで、どうして馬の元気がないの?」
「え、ええと、最近明るい時間が少ないのもあるんですが、その影響で厩番の先輩達や騎士の方々も体調を崩しがちで……、馬たちに構ってやれる人がいなくて元気がないんですよ」
「馬も寂しいんだね」
「ええ、そうなんです。僕もまだ新人なので、先輩達がいないと馬たちの世話も行き届かず……」
恥ずかしそうに言う少年。
なるほど、この子は新人なのか。
「じゃあ、一緒に馬のお世話をしてくれる人を探してるんだ」
「は、はい! そうなんです! もし可能でしたら誰か――」
「私がお手伝いに行くね!」
「ふぇ!?」
「ちょうど今日暇なの」
「シャノン様……基本、いつも暇……」
「ノクスしっ!」
今日のお供であるノクスがいらん口を挟む。
「ノクスもお馬さんと戯れに行くでしょ?」
「護衛なので……シャノン様の行くところに、行きます……」
「シャノン様、お手伝いに行くなら戯れるだけじゃなくてちゃんとお世話をしないとですよ」
「分かってるよ!」
クラレンスにからかうような口調で突っ込まれ、反射的に返す。
具体的に何をするのかは分からないけど、撫で撫でするだけじゃないっていうのは分かる。
「え? 皇妃様が直々に……? 恐れ多すぎる……!」
「まあまあ少年、大丈夫だよ。不敬罪とかにはならないから」
クラレンスがガクガクと震え始めた少年の肩をポンポンと叩き何かを話しているけど、馬の世話に意識が向いている私の耳にその内容は届かなかった。
「――おお! 馬がいっぱい!」
厩舎に移動すると、そこには大量の馬がいた。
十頭や二十頭どころではない、軽く五十頭くらいはいるだろう。馬たちにあまりストレスを与えない方針なのか、木の柵で囲まれた草原らしき場所で馬たちが自由に歩いている。
皇城にこんな所あったんだね。
少年も言ってたけど、たしかに馬たちからはあまり覇気を感じられない。なんとなく俯きがちで元気がなさそうだ。
「私はなにをしたらいい?」
「ええと、馬たちは人との交流に飢えているので、皇妃様には馬たちと交流してもらえたら……」
「分かった!」
あ、何も考えずについて来ちゃったけどリュカオンは大丈夫かな。前に白虎と対面した時はすごく嫉妬してたけど……。
ちらりとリュカオンを見れば、特に興味なさげに芝生の上に寝そべっていた。全ての動物に嫉妬心が向けられるわけではないらしい。
じゃあいっか!
「にしても、馬と交流するってどうしたら……」
「皇妃様、よろしければこれを……」
そう言って少年が差し出してきたのは山盛りのニンジンが入ったバケツだった。
重そうだな……と思いつつそれを受け取ろうとすると、横からスッと手が伸びてきてバケツの持ち手を掴んだ。
ニンジンがこんもりと入っているバケツを片手で軽々とぶら下げるのは、いつも通り眠たそうな顔をしているノクスだ。
「シャノン様に……これは、重いです……。俺、持ってます……」
「あ、ありがとうノクス」
ノクスが! ノクスが騎士っぽい……!!
成長だ! ノクスが騎士として成長してるよ……!
心の中で感動している私の隣では、クラレンスも口元を押さえてプルプルと震えていた。
「うちのノクスが……成長してる……!」
うんうん、分かるよ。ノクスは元々優しい子だけど、あまり紳士然とした振る舞いは得意じゃなかったからね。
多分、騎士としての振る舞いはクラレンスに教わったんだろう。
ノクスも着々と成長してるんだなぁ。
「皇妃様、こちらからどうぞ」
少年が木の柵の入り口を開けてくれたので、そこから中に入った。
おー、やっぱり広いね。こんなところで駆け回れたら気持ちいいだろうな。私はあまりにも体力がなさすぎてそんなことはできないけど。
さて、どうやって馬たちと交流しようかな。
そう考えた瞬間、ドドドドドッと低めの音が私の耳に入ってきた。
「ん? おお?」
なんだなんだと音のした方を見たら、数十頭の馬たちがこちらに向かって全速力で走ってきているところだった。
「むきゃー!!」
目の前から迫り来る馬の壁に、変な叫び声が喉から漏れる。
「お、おい! お前達止まるんだ!! このやんごとない人にアタックしたら僕達に明日はないぞっ!!」
必死に止める少年だけど、馬たちの勢いが弱まる気配はない。
まさかの生命の危機に、私は近付いてくる馬たちをただ見詰めることしかできなかった。
もうダメだ――!!
「――……あれ?」
あわやぶつかると思った次の瞬間、馬たちが私の目の前でピタッと急停止した。
「……ん?」
「ブルルルルル」
そして、こちらに向けて一斉に頭を下げる馬たち。何十頭もの馬が同時に頭を下げる姿は壮観だ。
もしかしてこれ、挨拶されてる?
「あ、どうもどうも」
「ブルルルル」
私も挨拶を返すと、馬たちがキラキラとした瞳をこちらに向けてきた。
おお、なんか好意的な視線……。これはもしかして、触らせてくれるんじゃない……!?
そう思って先頭の馬にそろりと手を伸ばすと、自分から鼻先を近付けてきて撫でさせてくれた。
「おお……!!」
よしよしとそのまま頭から鼻筋の方までを撫でていると、他の馬たちも自分も撫でてほしいというように鼻筋を差し出してくる。
「あはは、よしよし、順番だよ」
「「「ブルルルル!!」」」
「ん?」
今返事した?
完璧なタイミングで鳴き声を上げた馬たちは次の瞬間、私の前へ綺麗に一列に並んだ。
ズラーッと一列に並ぶ馬の行列はある種壮観だ。
「なんてマナーのいい馬たちなんだ……」
さすが皇城で飼われてる馬だね。
それから、私は一列に並ぶ馬たちを順番に撫でていった。元気になーれと念じながら頭を撫でると、心なしか馬たちが元気を取り戻していってる気がする。
中には撫でられた直後にびよーんとジャンプしてる子とかいるし。
よしっ、この調子でどんどん撫でていくぞ……!
「――す、すごい……こんな従順なこの子たち……見たことないです……!! 皇妃様のロイヤルオーラは種族を超えて通じるんですね……!!」
少年が何やら感銘を受けている様子だったけど、馬を撫でるので必死だった私の耳には届かなかった。
結局、全部の馬たちと接していたら夕方くらいまでかかってしまった。せっかくの厩番体験だというのに戯れ以外のことを何もできていない。
そのことを少年に話したら、首がちぎれちゃうんじゃないかってくらいのものすごいスピードで首を横に振られた。
それどころか、私と戯れた馬たちは一様に元気を取り戻したとのことで、厩番の少年からは大層感謝されたのだった。
ふぅ、なんだかいいことした気分。
お飾りの皇妃? なにそれ天職です! コミックス2巻は本日(10/22)ガンガンコミックスpixiv様より発売されます!
よろしければシャノン様の物語を漫画でもお楽しみください!





