【186】神無月ではなく
今日は伯父様のもとへとやってきた。
せっかくマッサージを会得したので、伯父孝行をしようと思うのだ。
いつもなら私達が転移してきた気配を察知して出迎えてくれる伯父様だが、今日はそれがなかった。だけど、よく知っている神聖図書館なので勝手に入っちゃう。好きに出入りしていいって言われてるし。
カチャリと正面玄関を開いて中に入ると、嗅ぎ慣れた紙の匂いが漂ってくる。
中に入ってもやはり伯父様の姿はなかった。
おかしいな、普段なら飼い主の帰りを待つわんちゃんみたいなスピードで駆けつけてくるはずなのに……。
「伯父様~?」
リュカオンを引き連れ、伯父様を探して図書館内を歩く。
どこにいるんだろう……。
本棚のおいてある一番広い部屋にはいなかったので、居住区の方へと足を踏み入れる。
そしていつも伯父様とお話をする応接室に入ると、ようやく目的の人の姿があった。だけど、伯父様は目を閉じてソファーで横になっていた。
体調でも悪いんだろうか……。
「伯父様……」
心配になり、そろりと近付く。すると、伯父様の口から「うっ……」とうなされるような声が漏れた。そして、徐々にその瞳が開かれる。
「伯父様、大丈夫?」
「シャノンちゃん……」
私の存在に気付いた伯父様がのっそりと体を起こす。
「最近なんだか妙に調子が悪くて……歳のせいかな……」
「伯父様ってば見た目は若いけどお年寄りだもんね」
「ハッキリ言うねぇ」
苦笑する伯父様。
「神獣基準で言えばこやつはまだ若造だがな」
リュカオンが口を挟む。たしかにリュカオンからしたら伯父様は大分若いのか。
「じゃあ歳のせいじゃないか。伯父様、治癒してみる? 治癒」
「う~ん、じゃあお願いしようかな……」
病を安易に魔法で治すのはよくないらしいけど、頻回に使わないなら問題ないってことだし。
にしても、伯父様でも体調不良の原因が分からないのか。
そんなことを考えながら伯父様に手をかざす。
そして久々の治癒魔法を行使すると――
「うわっ!」
「グゥッ……」
「眩しっ……!」
眩いほどの光が室内を包み、視界が一瞬にして真っ白に染まった。
目が痛くなるくらい眩しい光に、私達はただ反射的に目を瞑ることしかできない。
慌てて魔法を止めれば、徐々に光は収まっていった。
「うー、まだ目がチカチカする……」
目を擦ると、リュカオンが鼻先で私の頬を撫でた。
「すごい光だったな」
「眩しさもですけど、効果もすごいですよ。体の重苦しさはなくなりましたし、頭もスッキリです。肩こりもなくなって子どもの頃に戻ったみたい……」
先程とは打って変わって瞳に力の戻った伯父様が自分の腕をグルングルンと回す。どうやら体中の不調という不調が治ったようだ。
そんなに強い魔法を使ったつもりはなかったんだけどなぁ。気合いが入りすぎちゃったのか……。
自分の両手を見詰めながら首を傾げていると、隣のリュカオンがふむと呟いた。
「シャノン、今はどの程度の魔法を使おうとしていたのだ?」
「体のだるさをとる程度の、軽い治癒魔法を使おうとしただけだよ。でも、なんか勝手に力が溢れちゃった」
今までこんなに魔法の調整がきかなかったことなんてないんだけどね。治癒魔法は久々に使ったからかなぁ……。
そう言うと、リュカオンが瞳を閉じて何やら考え込む。
「ふむ……。おい教皇、暦を見せてみろ」
「暦ですか? 分かりました、持ってきますね」
すっかり体調の回復した伯父様は、軽い足取りで暦表を取りにいった。
なんでこの流れで暦が関係してくるんだろう?
伯父様が暦表を持ってくると、リュカオンはそれを前足で捲りながら見始めた。
冷静に考えたら暦を読む狼って大分レアだよね。
リュカオンが何を思って暦を読んでいるのかは分からないけど、何かしら思い当たることがあるんだろう。私には何もできないので、生命力の漲る伯父様に高い高いをされながら待つことしかできなかった。
そして待つこと約十分、リュカオンがパタリと暦表を閉じた。
「ふむ、分かったぞ」
「何が?」
「教皇の不調の原因と、シャノンの魔法の調整がきかなかった理由だ」
「え? もう分かったの!?」
リュカオンが読んでたのってただの暦だよね? 医学書とかじゃないよね?
不思議に思っていると、リュカオンが私の疑問に答えるように口を開いた。
「およそ千年に一度、太陽が一日中昇らない極夜という現象が一週間続く時がある。一月かけて徐々に日が短くなり、その月の最後の一週間が常に夜のままになるのだ。その一週間のことは神無時と呼ばれ、我ら神獣の力が不安定になる時でもある」
「つまり?」
「その神無時が近付いているのかもしれないということだ」
うむうむと頷きながらリュカオンが言う。
船酔いだったり神無時だったり、神獣も結構弱点あるんだね。神獣の血が入ってる私も他人事ではいられないんだけど。
「つまり、僕達にとってこの上なく相性の悪い期間ってことですか」
「うむ、力が不安定になることで色々と不調が起るわけだが、どんな不調かは個人差がある」
「ほうほう」
「今のところ教皇の場合は体調不良になるタイプ、シャノンの場合は逆に魔力が漲って魔法のコントロールができなくなるタイプっぽいな」
なるほど、どうりであんなに強い魔法がでちゃったわけだ。
「力が不安定になるのは神無時本番の一週間がピークだ。始まりかけの今なんか比じゃないぞ」
「ひぇ……」
実際に始まったらどうなっちゃうんだろう……。今でもこんなんだったら神無時本番には朝から晩まで発光しながら過ごす傍迷惑な奴になっちゃいそうだよ。
よく輝いて見えるとは言われるけど、物理的に輝くのはなんか違う気がする。
「……そういえば、口ぶり的にリュカオンは神無時経験者でしょ? リュカオンはどんな風になるの?」
「……我はどうにもならん」
「え?」
「我はなんともならないぞ」
どこか遠くを見つめ、ニコッと口角を上げるリュカオン。
う、嘘くさ~!!
ここまで嘘くさい笑顔を浮かべる狼が未だかつていただろうか。伯父様もリュカオンに疑わしげな瞳を向けている。
私達二人の視線を受けると、リュカオンはゴホンと一つ咳払いをした。
「我は何も起らぬが、神無時の期間は部屋からは一歩も出ぬから」
「絶対なにか起るじゃん」
気になる……。
だけど、その後私と伯父様がどんなに聞いてもリュカオンが口を割ることはなかった。
一体リュカオンはどんなことになるんだろう……。
――離宮に帰ってから夜になっても、私の好奇心が落ち着くことはなかった。
ベッドに横になるけど、全く目蓋が重くなる気配がない。
「気になって眠れない」
「いいから寝なさい」
困った子だのう、と柔らかな毛で包みこまれ、尻尾でお腹をポンポンする。
すると、すぐに眠気が好奇心を飛び越えてやってきた。
うぅ……条件反射……。
熟練の狼さんの寝かしつけには勝てず、私はあっさりと安眠に誘われてしまった。