【183】皇妃様、一大イベントになる
「はいシャノン様、水分補給しましょうね」
皇城の中に入ると、クラレンスから水筒を差し出された。ここまで歩いてきたから水分補給をしろということらしい。
ほんのりと冷たい水をんくんくと飲んでいると、廊下の前方から侍女が一人歩いてきた。皇城で働く侍女だけあって、背筋がピンと伸びた完璧な立ち振る舞いである。
これは……お土産渡しチャンスだ!
水筒をほいっとクラレンスに返し、薄茶色の髪の侍女のもとへテコテコと駆け寄る。そして、ピンク色の小包をほいっと差し出した。
「どうぞ」
「え? こ、皇妃様!?」
「お土産だよ」
どうぞどうぞと小包を押し付けると、侍女の瞳が徐々に見開かれる。
そして、皇城に勤めるだけあって完璧な侍女の仮面が剥がれ、年相応の少女のように顔をほころばせる。
「あ、ありがとうございます……!!」
大切そうに小包を抱きしめる侍女。
うむうむ、喜んでくれたみたいだね。この調子でどんどん配り歩いていこう。
そう思って歩みを進めると、後ろから「よっしゃー!!!」と女性の野太い声が聞こえてきた。
近さ的にさっきの侍女の声な気がするけど、まさか皇城侍女が喜びのあまり職場で叫ぶなんてことはないだろう。
うん、ないとは思うけど振り返るのは止めておこう。
それから、私は遭遇した数人にお土産を配り歩いた。
だけど大量に購入したお土産は全然減ったように見えない。
ううむ、このペースだと日が暮れちゃうな……。
そう思って腕に提げている籠に視線を落とす。籠の中はまだ、大量の小包でこんもりとしていた。
……ん?
籠から視線を上げると、
「なんか、人通りが増えたね」
いつの間にか周りの人が増えてた。というか、みんな立ち止まってこちらを窺っている。
みんなが少し離れた場所からジッとこちらを見ているから、気分は檻の中に入れられた珍獣だ。しかも、なぜか周りを取り囲んだ人達がじりじりとこちらへ距離を詰めてくる。
なんだなんだ? やるのか? こっちにはリュカオンがいるんだよ?
小さくファイティングポーズを取りながらも隣の保護者の後ろに隠れる私である。
すると、周りを囲んでいた人の中から、騎士らしき青年が一歩前に出た。そして、自分の罪を告白するような緊張した面持ちで口を開いた。
「こ、皇妃様! 私にもお土産をいただけないでしょうか!」
「あ! お前ズルいぞ!! 皇妃様! 私もいただきたいです!」
「わ、私もです!」
「儂もじゃ……!」
最初の一人を皮切りに、私のお土産を欲しい人達が殺到してくる。なんか、さっきよりもさらに人が増えてない?
なんで人が集まってるのかと思ったけど、どうやらみんなは私がお土産を配っているという噂を聞きつけてやってきたらしい。
そしてどんどん増えていく人達が私達の周りをグルリと囲みながら近付いてくる。
「ひとのかべができてる……」
人よりも小さな私は、どんどん形成されていく人の壁をただただ見上げていることしか出来なかった。
「ストップ、ストーップ! うちの小動物がびっくりして固まってるから」
「皆、一定の距離をとってくれ」
クラレンスとオーウェンが呼びかけると、こちらに迫り来る人達の歩みが止まる。だけど、みんなの瞳はギラギラと私を見詰めていた。
そ、そんなにお土産がほしいのか……。
私はみんなの物欲を舐めてたようだ。
「――あはは、見事に騒ぎになってるね」
すると、聞き慣れた声がしたのと同時に私の前の人だかりがパカッと割れた。
興奮状態の人々でも、主君の前には自然と道をあけるものらしい。
そして一直線に歩いてきたその人は、コアラよろしくリュカオンに抱きついている私をヒョイッと抱き上げた。
「おー、よしよし、ビックリしたねぇ」
クスクスと笑いながら私の頭を撫でるのは、この騒ぎを聞いて駆けつけてくれたであろうフィズだ。
「相変わらず姫の人気はすさまじいね。探さなくてもどこにいるのかすぐ分かったよ」
「これだけ人だかりが出来ておればのう」
フィズの言葉にリュカオンが同意する。たしかに、皇城の廊下にここまで人が集まることってないかも。
「姫には気ままにお土産配りをさせてあげたかったけど、このまま先着順で配り歩くのは無理がありそうだね。下手したら乱闘騒ぎになりそうだ」
せっかく買ってきたけど、このままお土産配りは終わりかな。私だって騒動を起こしたいわけじゃないし。
そう思って少しシュンとしていると、何かを考え込むように瞳を閉じていたフィズがカッと目を見開いた。
「――そうだ! 平等にくじ引きにしよう!」
「くじ引き?」
「うん、先着順だと我先にってなるし、そのために持ち場を離れるお馬鹿さんもいそうだけど、くじ引きなら順番は関係ないだろう。そうだ、一人一人に番号札を配って、当たりの番号を後で発表する方式にしよう。みんな、異存は?」
「「「ございません!」」」
フィズが問いかけると、周囲の人だかりから一糸乱れぬ返事があった。
かくして、私はお土産の前にくじ引きの券を配ることになったのだった。
希望者は今日の十八時までに番号札を受け取りに来るように城中に周知された。そのため、急遽設置された発券所の前には長蛇の列が出来ている。
正直、ここまで人が集まるとは思っていなかった。
……みんな暇なのかな。
ちょっぴり失礼なことを考えながら、ものっすごい勢いで捌けていく番号札たちを眺める私である。
私が配るという体ではあるが、何十、何百もの券を配ることに私の貧弱な腕が耐えられる筈もない。なので、配るのはクラレンスとオーウェンに任せ、私は二人の間に座って見守るという形をとっている。
ほら、自分の側近のことを右腕って言ったりするし、実質的には私からの手渡しと言っても差し支えないだろう。
「どうぞ~」
今回は私の希望で、身分関係なく平等に抽選をすることになっている。
身分の高い人は自分で買えるものだしね!
だけど、使用人だけでなく、なんか偉そうな人達までちらほら列に並んでいる。あそこにいるおじいちゃん、よくフィズの執務室で見かけるし偉い人じゃないの? 柔和な微笑みを浮かべながら並んでるけど、その前後の人達がすごく恐縮してるのが分かるもん。装いも派手ではないけど、明らかに仕立てのいい服着てるし。
ただ、前に並んでいる使用人からの順番を譲るという申し出を断って大人しく並んでいるあたり善良な人っぽいのが窺える。
「みんな当たるといいねぇ」
そんなことを呟きながらのほほんと微笑んでいると、なぜか列に並んでいる人達もこちらを見て目尻を下げていた。
そして、翌日にはランダムに選んだ数字でドキドキの当選発表をしたんだけど、これがまた盛り上がった。
フィズの記憶にある限り、皇城内で一番盛り上がったイベントになったらしい。
みんなが楽しめたなら私はなによりである。
――ただ、今度旅行をすることがあったら、もっと大量にお土産を買おうと心に決めたのだった。





