【182】皇妃様、お土産を配り歩く
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五日ほどベッドの住人になれば、体調はすっかりよくなった。
「ふっっかーつ!」
ベッドの上で仁王立ちし、勢いよく天に拳を突き上げる。すると、急に動いたからかクラリと目眩がした。
「おっと」
「シャノン様!」
ベッドの上でたたらを踏む私を、すかさず傍らにいたリュカオンや侍女ズが支えてくれる。
あぶないあぶない、倒れるところだったよ。
私のベッドは巨大狼がゴロゴロしても問題ないくらいの大きさだから、倒れたところでマットレスが受け止めてくれるので問題ないんだけどね。
だけど、私の保護者達はそうは思わなかったようだ。
侍女の一人であるラナがひょいっと私を抱き上げる。
「ん?」
いともたやすく抱っこされて私がキョトン顔を晒しているうちに、同じく侍女であるセレスとアリアが私のベッドを整えていく。
あっという間にパリッとシワ一つなくなったシーツの上に、私は壊れ物のようにソッと横たえられた。そして、ふわりと掛け布団を被される。
「んん?」
仰向けになりながら首を傾げていると、リュカオンがトンッとベッドの上に乗って私の隣に伏せをする。そして、私を見下ろして一言。
「……もう一日だな」
……それは、もう一日寝てろってことですか?
「――嫌ですけど!」
一昨日の時点で体調はよくなってたのに、大事を取って昨日もベッドにいたのだ。それなのにもう一日ベッドの住人なんてやってられない。
そろそろ日の光を浴びたいのだ。
「シャノン、もう一日我慢しろ」
「や!」
リュカオンからプイッと顔を背けた後、いやいやと首を横に振る。
「……かわいいのう」
「神獣様! 負けないでくださいまし!」
「むぅ、だがこんなに嫌がっているのに寝床へ押しとどめるのは可哀想ではないか?」
うんうん、そうでしょうそうでしょう。
コクコクと頷くと、「うちの子はかわいいのう」とリュカオンが私の頬に鼻先を擦り付けてくる。
「神獣様が親バカモードに突入されてしまいました……」
「こうなったら私達に勝ち目はありませんね」
「シャノン様のかわいさ……恐るべし……!」
口々に呟く侍女達。
よく分からないけど、どうやら交渉には成功したらしい。いやいやしてただけなんだけどな……。
まあ、結果がよければ過程なんてどうでもいいだろう。
ただ、私がつい先程立ちくらみを起こしたことも事実なので午前は安静にし、午後から出歩いていいことになった。
「――籠よし、品物よし、そしてリュカオンよし!」
うん、完璧である。
右腕にはラッピングされた品々の入った籠をぶら下げ、左腕でリュカオンを抱きしめる。服も着替えたし、おでかけの準備は万端だ。
すると、クラレンスがトコトコとこちらに向かってきた。
「シャノン様、おでかけですか?」
「うん、皇城の人達にお土産を配りに行くの!」
せっかく旅行に行ったので、お土産を配るイベントもやりたかったのだ。だけど離宮メンバーはほとんど同行してたし、お留守番をしていたオルガとジョージには事前にリクエストを聞いておいたので、現地の珍しい調味料や花の種を贈り済みだ。
ただ、お土産を渡す相手が二人だけというのはなんだか物足りないので皇城の人達にも配りに行くことにしたのだ。
もちろん皇城で働く人全員にお土産を買うのは物理的に不可能だったので、適当な数を購入して偶然出会った人達に配り歩くことにした。
「へぇ、ご一緒しますよ」
どうやら、クラレンスが護衛としてついてきてくれるつもりらしい。
「オーウェンがついてきてくれるから大丈夫だよ?」
「まあまあ、僕も連れてってくださいよ。シャノン様がお土産を配るなんて一大イベント、大騒ぎになるに決まってるんですから護衛が一人だけじゃあ心許ないですよ」
一大イベントって、旅の思い出を少しお裾分けに行くだけなんだけど……。
まあ、護衛が多いに越したことはないか。
そして、私は護衛役としてオーウェンとクラレンスを連れて皇城へと歩き出した。
いい天気だなぁ。
――そうだ! 久々の皇城だし、せっかくなので少し皇城のお庭を散歩しよう。
ここ数日はずっと寝たきりだったから日光も浴びないとね。
そして皇城の庭を散策していると、コツコツと硬質な足音がこちらに近付いてきた。
「――お、離宮のじゃねぇか。なんか顔を見るのは久しぶりだな。お前達は陛下方の旅行に同行してたから。今日は皇城に何か用事か?」
皇城騎士の制服を着た青年がクラレンスとオーウェンに話しかける。
すると二人は無言で視線を落とし、私の方を見遣った。
「ん?」
返事をしない二人に疑問を覚えたのか、青年が首を傾げる。
そして二人の視線の先を追った青年と目が合った瞬間、その緑色の瞳がクワッと開かれた。
「――こ、皇妃様!?」
「皇妃さまだよ」
身長が小さいせいか、青年は私に気付いていなかったようだ。
今日は黄緑色のデイリードレスを着ているから、周りの葉っぱと同化しちゃったのかもしれない。
お、というか、これは第一遭遇者なのでは?
旅行に同行した騎士ではなさそうだし、これはお土産を渡すチャンスな気がする……!
なぜか青年は目を見開いたまま固まって動かないので、その間にゴソゴソと籠の中を漁る。男の人だからこれがいいかな。
私は青色の小包を取り出し、石のように固まっている青年に差し出す。
「はい、これどうぞ。旅行のお土産だよ」
「え!? お、俺にですか!?」
「うん」
みんなに配り歩く予定だからね。
中々受け取ろうとしない青年に、どうぞどうぞと包みを押し付ける。そうしたら遠慮がちに、それはもうかなり遠慮がちにお土産を受け取ってくれた。
「それはペーパーナイフだよ。デザインがおしゃれだったから買ったの」
どうだろう。喜んでくれたかな?
反応を待つも、青年は呆けたように包みを見詰めたまま動かない。
あれ? あんまり嬉しくなかった?
別のお土産に代えた方がいいかと考え始めると、青年の口がゆっくりと開いた。
「皇妃様が俺にお土産を…………養子にする……?」
……ようし?
なんのことかと首を傾げた瞬間、これまで静かに控えていたオーウェンとクラレンスが一気に喋り始めた。
「何言ってるんだお前! 目を覚ませ!」
「うんうん、国一番の高貴な家系に生まれた生粋のお姫様を君が養子にできるわけないでしょ」
オーウェンが小包を胸元に抱きかかえた青年の肩を掴み、ガクガクと揺らす。
「でも、あまりにもかわいすぎる……! 苦しい! うちの子にしたい……!!」
「一国の皇妃様ってその辺の子猫みたいに易々と家に迎え入れられるものじゃないからね? ちっちゃくてかわいいのは一緒だけど、うちのシャノン様はあまりにも血統種すぎるよ」
冷静に青年を諭すクラレンス。
だけど、クラレンスの声かけでも青年の興奮を収めることはできなかった。
「皇妃様からのお土産なんて嬉しすぎる……! 子孫にも受け継いでいかなきゃ! そうだ! 宝物庫を作ろう!!」
「……このペーパーナイフを買うよりも宝物庫を作る方がお金かかると思うんだけど……」
そう呟いたけど、興奮状態の青年の耳には届かなかった。だけど、その代わりに隣のクラレンスが無言で首を横に振る。
「シャノン様、好きにさせてやりましょう」
「そうだね」
今は興奮してるけど、もうちょっと時間が経てば頭も冷えるだろう。
なので、それ以上はなにも言わないでおいた。
「――皇妃様、ありがとうございます! 一生大事にします!」
騎士の青年はそう言いながら、私のあげたペーパーナイフを保管するため足早に自宅へ帰っていった。お仕事は大丈夫なのかな……? まあ、お昼休憩とかなんだろう。
私も「大事にしてね~」と遠ざかっていく青年の背中を見送る。
ふむ、ちょっぴり予想とは違う反応だったけど、喜んでくれたことに変わりはないよね。
――よし、この調子でどんどんお土産を配っていこう!
「お飾りの皇妃? なにそれ天職です!」ノベル3巻発売中です!
巻末にはボーナスステージ的な書き下ろし番外SS&コミカライズ担当の湯殿先生による2ページの描き下ろし漫画も収録されているのでどうぞよろしくお願いします!





