【181】神獣様は寝かしつけのプロ
「帰宅!」
馬車で揺られながらうとうとしていると、いつの間にか見慣れた景色が窓の外に広がっていた。
巨大な門をくぐった後、さらに十数分程すると見慣れた建物が見えてきた。
一ヶ月留守にしただけで懐かしさすら感じる、離宮だ。
スピードを徐々に落としていった馬車は、離宮の正面玄関前に到着するとピタリと動きを止めた。すると、馬車の音に気付いて駆けつけてきたであろう庭師のジョージと料理人のオルガが出迎えてくれる。
「シャノン様~! お帰りなさい!!」
「おかえりなさい!!」
「ただいま~!」
窓から二人に向けて手を振る。
私がのんきに手を振っていると、荷物用の馬車からもの凄い勢いで荷物が運び出され、離宮の中に運ばれていく。
すごい、動きがキビキビしてる。そういう業者さんみたいだ。
お土産とか必要物資を向こうで調達したらすごい量の荷物になったから、たしかにもたもた運んでたら日が暮れちゃうもんね。
「おー、はや~い」
のんきな感想を零していると、私の体がひょいっと持ち上げられた。
「は~い、姫も運び込むよ~」
「ん?」
そんな声と共に私を抱き上げたのはもちろんフィズだ。
私を子猫よろしく抱き上げたフィズは、高速で運び込まれる荷物に紛れて私を離宮に運び込む。
あ、私も荷物と同じく運ばれる側なんだ。楽でいいね。
「ただいまただいま~」
お土産や洋服などの間に紛れて運び込まれる私を、ジョージ達が手を振りながら笑顔で見送ってくれる。
そして、フィズによって私は素早く自室に運び込まれた。
「じゃあ姫、ゆっくり休んでね。俺は一旦城に戻るから」
「うん、また後でね~」
フィズを見送るや否や、侍女達が私の周りを取り囲んだ。
「はいシャノン様着替えましょうね~」
「ホットミルクが入りました」
「手とお顔拭きますね」
部屋着に着替えた後ソファーに座ると、ホットタオルで手と顔を丁寧に拭われる。
そして、スッキリした頬に化粧水やら何やらを塗り込まれればもっちりほっぺの完成だ。
この至れり尽くせりな感じ、なんか懐かしいな……。
旅行の間は使用人達にも遊んでほしかったので、お仕事は控え目モードだったのだ。なので、ここまで至れり尽くせりなのは久々である。
休暇のつもりでそうしたんだけど、みんなは逆にもどかしそうにしていた。そんなにお世話が好きなのかね。
なので、今は水を得た魚のように私の周りを動き回っている。そして、溜まっていたみんなのお世話欲は私だけには飽き足らず、リュカオンにも及んでいた。
ブラッシングをされたり、ほんのりといい匂いのするオイルを塗られたリュカオンが私の隣でツヤツヤと輝いている。お手入れが完璧過ぎて、まつげまで若干伸びているように見える始末だ。
丁度いい温度になったホットミルクを飲み、一息つく。
「ふぅ、家に帰ってきた感じがするねぇ」
一生の思い出になることを確信するくらい楽しい旅行だったけど、やっぱり我が家は我が家で安心感が違うよね。
ホットミルクを飲み干し、ソファーの背もたれに体重を預ける。
「あらシャノン様、おねむですか?」
セレスが微笑ましそうに私の手から空のカップを取り上げる。
家に帰ってきて気が抜けたからか、なんだか目蓋が重い。こんなに遊んだのは初めてだから、一気に疲労が出ちゃったのかな。
「シャノン?」
隣で寛いでいたリュカオンが顔を上げる気配がする。だけど、体が重くて私がそちらを見ることはできなかった。
「シャノン様!」
異変を察した侍女達の足音が聞こえた後、私の額にヒンヤリとした手が当てられた。
なんでこんなに手が冷たいんだろう……いや、私の額が熱いのか。
「熱がありますね。ベッドに運びます」
即座にベッドに運ばれ、横たえられる。そして毛布を掛けられ、隣にリュカオンが設置される。あっという間にいつもの療養スタイルの完成だ。
私を寝かせると、すぐに専属医であるルークが呼ばれた。
慣れた様子で私を診察したルークは、迷いのない様子で一つ頷く。
「うん、いつも通り疲労からの発熱ですね」
「それは……いつもどおりだね……」
「ですです。特に、今回は長期間の旅行ですから予想通りです」
予想通りなんだ。
「むしろ旅行中にも何回か体調を崩されるかと思っていたんですが、それがなかったのは奇跡ですね。とにかく今はゆっくりお休みください」
「うん……」
とにかくゆっくり休めとのことだったので、私は大人しくお昼寝に興じることにした。
久々の我が家で夢も見ずに寝ていると、頬を撫でられる感覚で意識が浮上した。
この匂い……このスベスベした手……。
「……おじさま?」
「うん、伯父様ですよ~」
薄らと目を開けば、伯父様が微笑んでいた。
私が寝ている間に夜になっていたようで、部屋の中の灯りは消えているけどカーテンの隙間から差し込む月明かりが伯父様の頬を柔らかく照らしている。
「……なんでいるの……?」
旅行先で神獣を守るっていう任務を終えたから神殿に帰っていったことにしてたはずなのに。
「何でいるのは酷いなぁ。かわいいかわいい姪が心配でコッソリ戻ってきたんだよ」
「不法侵入……」
「身内の家に入るのは不法じゃありませーん」
鼻先を人差し指で突かれる。
「みんなにバレなかったの?」
「あはは、誰にもバレずに侵入するくらい僕にかかれば訳ないよ。唯一の懸念点である皇帝陛下はこっちの事情を知ってるわけだし」
たしかに、フィズの勘の良さなら伯父様の侵入にも気づけそうだよね。
仮にも皇妃である私の住む屋敷にそう簡単に忍び込まれちゃうと困るんだけど、まあ伯父様だからなぁ。
そんな規格外の身内は、私のおでこに右手を当てて唸っている。
「まだ熱があるね。この感じだと数日は下がらないかな」
「え~。魔法で治しちゃだめ?」
「だ~め。自力で治せるものは自然に治さないとさらに免疫が弱くなるよ。これ以上シャノンちゃんの体が弱くなったら伯父様は心配すぎて無菌の部屋にかわいい姪を閉じ込めちゃうかも」
「やっぱりズルってよくないよね。大人しく自力で治そっと」
もぞもぞと布団の中に戻る。すると、いい子いい子と頭を撫でられた。
仕方ない、大人しく寝ますか。
もう一眠りするため、私は再び目蓋を閉じた。
「……」
ゆったりと目を開いた私は、傍らに座っている伯父様を見上げる。
「伯父様伯父様」
「ん? どうしたの?」
「眠れない」
パッチリとしたお目々で伯父様を見遣る。
すると、隣で横になっていたリュカオンがのっそりと体を起こした。
「昼間からこんな深夜までぶっ続けで寝てたらそうもなる」
「ね~む~く~な~い」
「だが今寝ておかぬと生活リズムが崩れるであろう。ほれ、ぐずってないで寝ろ」
ぐずってるわけじゃないんだけどな。
リュカオンに寝ろと促されたけど、眠くないのに寝ろというのはある意味無茶ぶりだ。
まん丸おめめで狼さんを見上げると、リュカオンははぁと溜息をついた後、伯父様に視線を向けた。
「仕方ない。教皇、シャノンを寝かしつけろ」
「お任せください!」
かわいがっている姪の寝かしつけとあり、伯父様は張り切って子守唄や昔話などを披露して私を寝かしつけようとした。
だけど――
「――ぜ、全然寝ない……」
「全然眠くない」
伯父様の視線の先には、パッチリと目を開いたままの私がいる。
「神獣様……」
「我に助けを求めるでない。伯父ならばシャノンの一人や二人くらい自分で寝かせてみろ」
「ぐぅ……」
発破をかけられた伯父様はそれからまた十数分くらい頑張ったけど、それでも私を寝かしつけることはできなかった。
伯父様は「無念……」と呟き、悔しそうに肩を落とす。
「全く、情けないのう」
やれやれと首を横に振ったリュカオンは、両前脚で私を抱き込むと尻尾で私のお腹をポンポンし始めた。
「……ぬくい……」
いつも寝る時に側にある温もりに包まれると、条件反射のように眠気がやってきた。
目がとろんとする私を見ると、リュカオンがクスリと笑う。
「よしよし、ゆっくり寝るのだぞ」
「ん……」
慣れ親しんだ体温に包まれると、私の目蓋はあっさりと瞳を覆い隠した。
「――神獣様がプロすぎる……そしてうちの姪っこが赤ちゃんすぎる……」
意識を手放す前に私の耳に入ってきたのは、ちょっぴり悔しそうな伯父様の呟きだった。
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