【閑話】新婚旅行の一幕
「海だ!」
新婚旅行と称して毎日遊んでいる私達は、今日は海にやってきていた。もちろん、私の希望である。
「うわぁ、すごい。水面がキラキラしてるよ! それに、水もすごく綺麗! 水底が見えてるよ!」
私は大興奮で真っ白い砂浜を歩いていた。
さすが観光地だけあって、つい先日までいた島の海とは全く別物だった。本当にこの世界のどこかであの海と繋がっているとは信じがたいくらいだ。
今日は海の中に入る気満々で来たので、水に入る時専用の服を纏っている。
水着というらしいそれは凄くたくさんの種類があったけど、私のはシンプルな白いワンピースタイプのものだ。胸元に大きなリボンが付いていてかわいらしい。
「そういえば姫、泳げるんだっけ?」
ハーフパンツのような紺色の水着を纏い、上半身にはパーカーを羽織ったフィズが私の後ろから歩いてくる。
「泳いだことはないけど、自信はあるよ!」
なんなら、海を目の前にしたらより自信が湧いてきた。
「「「……」」」
「みんな、せめて何か言ってくれる……?」
泳ぐ気満々の私に向けられたのは、みんなの無言の視線だった。
その顔には、どうせ泳げないだろうとありありと書いてある。表情の変化に乏しいノクスまでもが疑わしげな顔をしている始末だ。
「シャノン、遊ぶのは浅瀬だけにするのだぞ。腰よりも深い場所には行くな」
「……はぁい」
リュカオンが真面目な顔で忠告してくるので、大人しくお返事をする。
「それじゃあ水に入ってみようか」
「うん!」
いよいよ海に入れる!
元気よく頷くと、自然な動作でフィズに右手を取られた。そして、私の左側をリュカオンが陣取る。さらに私達の後ろには護衛のみんなが控えていた。
……もしや、このまま海に入るのかな?
ここはプライベートビーチらしく、周りには私達一行しかいない。そのはずなのに、この周辺だけはすごい人口密度だ。
私に対する信用がなさすぎるね。
あ、そういえば伯父様はどうしてるんだろう……。
私を囲っている集団の中にはいない伯父様を探していると、拠点のパラソルの下からこちらを見て微笑んでいた。そして、私の視線に気付いた伯父様が口を開く。
「皇妃様、救命具は揃えてますのでご安心ください」
「ああ、うん……それは安心だね……?」
私が溺れた時の準備は万端ってことか。
みんなが過保護なのか妥当な判断をしているのかは意見が分かれるとこだけど、とりあえず安心していいらしい。
それじゃあ、いざ! 海に入るぞ!
私は前方以外の三方向を人に囲まれながら、海の中に足を踏み出す。
「わぁ! 冷たい!」
今日は雲一つない快晴なのに、海の水はひんやりとしていて心地良い。
その冷たさに驚いていると、すぐに波がやってきた。ここに来るまでの間、散々船を揺らしてくれた波だ。
「――!? ぴやっ!?」
「姫? どうしたの?」
変な鳴き声を上げた私を、フィズがすかさず抱き上げる。
「足元の砂が動いた……なんか、ぞわぞわする……」
「ああ、波が引くときに砂も一緒に持っていかれるからね。よしよし、驚いたね~」
未知の感覚に驚く私の背中をポンポンと撫でるフィズ。
「どうする? もう海は止めてお家帰る?」
「帰らない。まだ遊ぶ」
「そう? じゃあ下ろすよ」
「うん」
コクリと頷くと、フィズは抱っこしていた私を地面の上に下ろしてくれた。
砂が動くことで足の裏に奇妙なむずむず感を覚えながら、私はそろりそろりと海の中に入っていく。
「おお! 冷たい! 涼しい!」
ヒンヤリとした水に、うっとりと目を細める。
「ねぇねぇ、泳いでみてもいい?」
「ん~、まあ、浅瀬でならいいかな」
フィズのお許しも出たのでさっそく泳いでみよう!
そう思って水面に手を付けた瞬間、私はハタと気付いた。
「……泳ぐのって、どうやるの?」
やってみる以前の問題である。
泳ぐという行為の存在は知ってるけど、実際に泳いでいる様子を見たことはないのだ。
キラキラと光を反射する水面を前にピシリと固まる。すると、周りから生温かい視線が向けられるのを感じた。
「ノクス、シャノン様に見本を見せてあげなよ」
「ん」
ノクスは腕に抱いていた狐をクラレンスに預けると、ザバザバと深い方に歩いて行く。そして、水面が胸下のあたりにくるまで進むと、ノクスが横を向き猛スピードで泳ぎ始めた。
ものすごいスピードで水を掻き、みるみるうちに私達から離れていく。
「わぁ、予想よりも速いなぁ。シャチとも十分に張り合えそうだ」
「み、みんなあんなに速く泳げるの……?」
「いえ、あれは特殊です」
私の疑問に即答するクラレンス。
よかった、やっぱりあれは規格外なのか。
「すみませんシャノン様、あんまりいい例ではなかったですね」
「ううん、確かにスピードは真似できそうにないけど、泳ぎ方のイメージはついたよ!」
足をバタバタさせて腕を回せばいいんだね!
私でもできそうな気がする!
「それじゃあ、いざ!」
「がんばれ~」
みんなの声援を浴び、意を決して勢いよく水の中に入った私は――
「ごぼぼぼぼぼぼぼ」
――なすすべもなくそのまま沈んでいった。
「姫ー!?」
「シャノン!?」
水の中でも重力に逆らえなかった私は、直ぐさま水の中から掬い上げられた。
護衛が何人もいる中でいち早く動いたのは私の旦那様だ。
細いけどしっかりと筋肉の付いた手が素早く私を抱き上げて酸素のある空間に連れていってくれる。
「ぴぇ、ぴぇ……」
「おー、よしよし、ビックリしたねぇ」
溺れて涙目になる私の背中をフィズがポンポンと撫でる。
「もう海に入るのは止めとく?」
「……やめない」
「そっか、じゃあ俺が抱き抱えたまま入る?」
それどこの沐浴する赤ちゃん?
そんなフィズの言葉に、すぐ側にいるリュカオンがはぁと一つ溜息を吐く。
「皇帝、あまり甘やかすでない。シャノン、我の背中に乗れ。そうしたら溺れることはないだろう」
「甘やかしてるのはどっちだろうね」
「わぁい」
さすがリュカオン!
のせてのせて~! と両手を伸ばすと、フィズがリュカオンの背中の上に私を乗せてくれる。
落ちたら怖いので、セミよろしくリュカオンの背中にしがみつく。
「うむ、しっかり掴まっているのだぞ」
そう言うと、リュカオンが水の中で小さくジャンプをし、頭を水面から出したまま水を掻くように脚を動かし始める。
「わぁ! リュカオンすごい!」
リュカオンは私を背中に乗せたまま犬かき――ならぬ狼かきで水の中を進む。
すごい! 私も泳いでる気分だ。
リュカオンは陸の生物とは思えないくらいスムーズに水の中をぐんぐん進んでいく。
キャッキャと童心に返ったような笑い声を上げていると、リュカオンが首だけでこちらを振り返る。
「シャノン、楽しいか?」
「――うん! とっても!」
それから私はビーチボールをしたり、スイカ割りをしたりして海を満喫した。
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もふもふ&ボーナスステージ的な番外編も巻末に書き下ろさせていただいているので、どうぞよろしくお願いします!





