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【180】来てよかった新婚旅行




 シモンや領主のお兄さんに挨拶をした後、私達は荷物をまとめて船の場所に戻った。


「――シャノン様!」


 船に戻ると、オーウェンを先頭に離宮の使用人達が駆け寄ってくる。


「よくぞご無事で……!」

「俺達、毎日シャノン様のことが心配で心配でたまらなかったんですよ」

「慣れない土地の空気で弱ってないかとか、寝具が変わったストレスで眠れてないんじゃないかとか」


 どこまでか弱い生物だと思われてるんだろう……。

 日中活動して適度に疲れてたから、夜はリュカオンに抱きついてグッスリでしたとも。

 なんにせよ、ここで待機してもらってた使用人達には結構な心配をかけちゃってたみたいだね。

 少し反省していると、セレス達侍女三人衆からムギュッと抱きしめられた。


「シャノン様、ご無事でよかったです」

「ええ、かわいさもお変わりなく。……いえ、より一層おかわいらしさに磨きがかかった気がしますわ」


 それは気のせいじゃないかな……。

 にしても、一週間足らず離れてただけでこの心配具合……。爆弾で殺されかけたことなんて口が裂けても言えないね。離宮に閉じ込められて外に出してもらえなくなりそうだ。

 私はもっといろんな場所に行きたいのでお口を噤みます。

 これから向かう新婚旅行先も楽しみだ。

 そんなことを考えていると、隣からスッと手を差し出される。


「それじゃあ姫、行こうか」

「うん! ……ん?」


 フィズの手を取ろうとしてピタリと止まる。

 目的地に到着した後のバカンスにばかり気を取られていたけど、そこに辿り着くためには当然移動しなければいけないわけで……。

 私は視線を移し、次々と船に乗っていく人達の後ろ姿を見遣る。

 彼らはそこまで船酔いをしないから、その歩みにはなんの躊躇ためらいもない。だけど、あれに乗ったらとんでもない気持ちの悪さに襲われることが分かっている私としては歩みを止めざるを得ない。

 ただ、船酔いをしない人達からしたら、この巨大な船は便利な移動手段でしかないんだろう。

 私――いや、私達からしたら断頭台にも思えるこの鉄の塊が……。


「……わ、私、ここに残ろうかな……」

「我も」

「僕も……」


 蘇る船酔いの記憶に腰が引けていると、リュカオンと伯父様も私に同調する。

 だけど、そんな私をフィズがひょいっと抱き上げた。


「だ~め。みんなにお別れの挨拶してきたでしょ? それに、姫が乗らないと船が出発できないよ」

「ひぇ……」

「神獣様と神官殿もさっさと乗ろうね。ただでさえ姫と遊ぶ時間が減っちゃったんだから。出発に時間はかけられないよ」


 人知を超越した力持ちのフィズは、私を抱っこしているというのにリュカオンと伯父様も追加で抱え上げる。二人とも抵抗はしているみたいだけど、フィズの力の前では無意味のようだ。

 ほんとに、どんな鍛え方したらこうなるんだろう……。

 こうなったら、もう諦めるしかないか。向こうに到着したら楽しいことがいっぱいなんだから。


「しょうがないよ二人とも、目的地までの数時間耐えるしかないんだよ……」


 抵抗を止め、脱力してフィズに体重を預ける。


「し、シャノンが見たことないくらい生気のない顔をしておるぞ……!」

「死地に向かう兵士の顔ですね……でも、気持ちは分かります……」


 完全に諦めた私を見て、リュカオンと伯父様がわたわたとざわめき出す。

 すると、両手に何かを抱え込んだクラレンスがこちらに歩み寄ってきた。


「貴方達、どんだけ船が苦手なんですか……」

「クラレンス……その荷物なに? 来る時にはそんなの持ってなかったよね?」

「ああ、これですか。街でいろんな酔い止めグッズを買ってきたんです。薬からアロマオイル、ハーブティーとか。シャノン様達の様子を見ていると焼け石に水かもしれないですけど」

「クラレンス……!」


 なんてできる騎士なんだ……!

 正直生半可な薬では効きそうにないけど、その気持ちが嬉しいよ……!

 だけど、その隣にいるノクスはクラレンスの持っている酔い止めグッズを見ながら首を傾げている。


「……酔うのが分かってたら……船に乗らなかったらいいのに……」

「だよね! やっぱり船に乗るのは止め――」


 思わぬところからの援護射撃に全力で乗っかろうとすると、無言で首を横に振られた。


「……そうじゃなくて、前、シャノン様魔法で浮いてた……。だから船に乗ってる間は……ずっと浮いてたら酔わないんじゃないですか……?」


「「「あ」」」







「――シャノン様……! かわいすぎます!」

「船上に舞い降りた妖精ですね!」

「抱っこしてもいいですか?」

「抱っこはダメ」


 背中から半透明の羽を出し、魔法でふよふよと宙に浮く私を褒めそやす侍女達。

 お褒めの言葉は喜んで受け取るけど、抱っこだけは断固拒否だ。

 抱っこされちゃうとなぜか船酔いするから、抱き上げられるのはダメなのだ。自分の足で立っている時よりはマシなんだけどね。

 船に乗っている時は魔法の調節ができなくなる私達だけど、船に乗る前から宙に浮いていたら何の問題もなかった。まさかこんなところでこの魔法が役に立つとは。

 魔法を使っているからその疲れはあるものの、島に来た時とは比べものにならないほど快適だ。


「ふむ、これはよいな」


 私の隣でふよふよと浮いているリュカオンが呟く。

 巨大な狼が空中に浮いている様子はなんだか見慣れない。……いや、空を飛ぶ狼なんて普通はいないから当たり前なんだけど。


「でも、神官様は残念ですね」

「シャノン様なら疲れたら神獣様の背に乗せてもらうこともできますけど、ミスティ教の方だとそうはいきませんものね」


 そう言ってセレス達がここにはいない伯父様を案じる。

 宙に浮かぶ魔法は高度なため、一介の神官が使っていたら不自然だ。なので、伯父様はこっそりと浮遊魔法を使って船に乗り込み、バレないように自分の部屋に閉じこもっている。

 今頃は、伯父様も宙に浮いて快適に過ごしているはずだ。





 快適な船の旅をすること数時間、私達は無事に目的地であるエールワイス地方に到着した。


「さあ姫、遊ぶよ! 今は身分も仕事も何もかも忘れて遊ぶよ!」

「おー!!」


 私達が滞在するのは豊かな自然の中にある屋敷で、そこにいるとなぜか時間の流れがゆっくりに感じた。

 それから私達は近くの貴族街で買い物をしたり、信じられないくらい綺麗な湖や海で水遊びをしたり、花畑にピクニックをしに行ったり、これまで離宮に閉じこもっていた分を取り戻すようにたくさん遊んだ。


 今日も、私達は観光名所である花畑にピクニックをしに来ていた。

 近くに咲いているラベンダーのいい香りが鼻腔をくすぐる。


「――フィズ」

「ん? どうした?」

「私、新婚旅行来てよかった。連れてきてくれてありがとう」


 目を見てそう伝えれば、フィズが周りの花々にも負けないとても柔らかな笑みを浮かべる。


「――どういたしまして。俺も、姫とここに来られてよかったよ」


 それから皇城に帰る日まで、私達は夢のように楽しい時間を過ごした。








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