【179】目の前に我がいたら感涙にむせび泣くのは当然だ
夜になるまで掃除をすれば、ゴミ山は綺麗に片付いた。
「いい、みんな、これに懲りたらもうポイ捨てはしちゃダメだよ?」
「「「イェッサー!!」」」
「ギルドの依頼も真面目にこなすんだよ?」
「「「イェッサー!!」」」
語りかければ、傭兵のみんなは一様に敬礼をして応える。
そんなことまでは言ってないんだけど……。
これは面白半分で敬礼の仕方を教えたクラレンスのせいだね……。
悪びれていない様子のクラレンスに視線を向ければ、やり遂げましたと言わんばかりの笑顔が返ってきた。
「シャノン様への態度がなってませんでしたからね」
「たしかに。いい仕事をしたね」
「これくらいが適切な態度ですね」
余計な気を回したクラレンスを褒め称えるのはフィズと伯父様だ。
こんな舎弟みたいな態度求めてないんだけどな……。
なにはともあれ、目的は達成したので捕まえた傭兵達は解放だ。だから各々が宿に戻るわけだけど、特別待遇のなくなった今、これまでのようないい宿には泊まれない。なので、それぞれの懐事情にあった宿に移ることになっている。
ただ、ここにいる素行の悪い傭兵達の懐が潤っているわけもないので、みんなそろって安宿に移動だ。
ごねられるかと思ったけど、これに対しても「イェッサー!」とハキハキした声が返された。そして実際、みんな素直に安宿に移動したらしい。
「……クラレンス、また何かした?」
「シャノン様に対する言葉遣いの是正はしましたけど、催眠術は使ってないですよ。彼らは他に行く場所もないですし、こんな華奢な女の子に手も足も出ないくらいボコボコにされたら無駄なプライドもポッキリ折れますって」
「そっかぁ」
「ですです。さあ、もう夜ですから帰りましょう」
「そうだね」
周りはもう真っ暗だし、空を見れば太陽が姿を消して月と星が空を占拠している。
あっという間の一日だったなぁと思っていると、こちらに歩いてきたフィズによってひょいっと抱き上げられた。
「さあ、帰ろうか。そろそろ姫は寝る時間だし」
「うん。……フィズ、私自分で歩けるよ?」
「いいのいいの。姫は頑張ってるんだから甘えておきなさい」
私を抱っこしたまま歩き出したフィズにそう言うけど、サラリと流されてしまった。
まあ、運んでくれるなら甘えておこう。楽だし。
「姫、そろそろこの島に来てから一週間経つし、明日は船の様子を見に行こうか」
「うん!」
この島の問題も解決したから、これ以上長居する意味もないもんね。
それにしても、この島に来てから色々あったなぁ。離宮を出発した日のことが凄く過去のことみたいに感じる……。
そんなことを考えていると、段々目蓋が重くなってきた。
我慢できず、フィズの肩口に頭を置いて完全に体重を預ける。
「おっと……あはは、おねむだね」
「……うん」
「いいよ、そのまま寝ちゃいな」
クスクスと柔らかい笑い声とともに頭を撫でられれば、私は簡単に意識を手放した。
そして翌朝、私達はさっそく自分達が乗ってきた船の場所を訪れた。
「――あ! シャノン様!」
「セレス~」
てってこてってこと駆け寄れば、セレスにむぎゅ~っと抱きしめられる。
一週間も経ってないのに、色々あったせいで随分会ってなかったように感じるなぁ。
「シャノン様、お身体は大丈夫ですか? ごはんはちゃんと食べてます? 睡眠は――」
「せ、セレス、落ち着いて?」
故郷に残してきたお母さんみたいな心配の仕方だね……。
「私は元気だよ! それより、船の修理はどんな感じ?」
「さきほど修理が完了したらしく、もういつでも出発できるそうですよ」
「そっか!」
さすがプロ、仕事が早いね。
嬉しい知らせを聞いた私は、フィズや伯父様、リュカオンと顔を見合わせた。
――うん、それじゃあそろそろこの島を発とうか。
この島を出発することになったので、私は受付のお姉さんのもとを訪ねた。
最初はギルドに行ったんだけど、今日はお休みとのことで不在だった。なので、こうしてお家に突撃してきている。
お互い椅子に腰掛けると、お姉さんが話を切り出す。
「――今日はどうされたんですか?」
「今日この島を発つから、その前にお姉さんに挨拶をしに来たの」
「まあ、わざわざありがとうございます。みなさんには本当にお世話になりました」
そう言って、お姉さんは松葉杖を支えに深々と頭を下げてくる。
「お、お姉さん! 危ないから頭を上げて!」
「いえ、むしろ頭を下げることしかできないのが申し訳ないです。皆様のおかげで傭兵達も落ち着き、随分過ごしやすくなりました」
「それはよかった!」
その場限りでなく、傭兵達はいい子にしているらしい。
それから、私はお姉さんに今回の騒動の原因の魔獣が殲滅されたことと、領主のお兄さんが悪い人じゃないことを伝えた。
「魔獣が……本当にありがとうございます。広まっている領主様の悪い噂に関しても、私の力の及ぶ限り訂正させていただきます」
「うん、お願い。ちょっと変わった人だけど、悪い人ではないから」
領主のお兄さんの悪い噂も消えていってくれるといいな。
そんなことを考えていると、包帯でグルグル巻きになったお姉さんの足が私の視界に入る。
「足は……まだ治らなそう?」
「はい、骨が折れていましたから。でも、そのうち治りますよ」
心配させないようにか、私に微笑みかけるお姉さん。
「そっか……足、お大事にしてね!」
「はい」
ギプスの上からお姉さんの足を一撫でし、私は椅子から立ち上がった。
「じゃあ、ばいばいっ!」
大きく手を振りながら、私はお姉さんの家からささっと出る。
「はい! って……あれ? 足の痛みが引いてる……?」
お姉さんの呟きが聞こえたのと同時に、私は転移でその場を後にした。
そして滞在している教会に戻ると、領主のお兄さんと執事さんが来ていた。教会の管理をしているシモンがお茶を出しておもてなしをしている。
お兄さんの紅茶に角砂糖が溶けきらないほど投入されているのは……見なかったことにしよう……。
どうやら、傭兵達の処分や森の魔獣達の後始末についての報告をしに来たようで、私が帰った頃にはあらかた話が終わっていた。
「みなさんはもうここを発たれるんですね」
教会で私達のお世話をしてくれていたシモンが残念そうに言う。
「ああ、乗ってきていた船が直ったから。君には、色々と世話になったね」
フィズがシモンの方を向いて言えば、その芸術的なまでの微笑みにシモンが見惚れて動きを止める。だけど、すぐにハッとして我に返っていた。
「――い、いえ。ミスティ教徒として当たり前のことをしたまでで、お礼を言われることでは……」
「船が壊れていたのですか?」
テレテレと頭を掻くシモンの隣では、領主のお兄さんが別のことに引っかかっていた。
「うん、旅行先に行く途中で嵐にあって、この島に漂流したんだ。船も直ったようだから、そろそろ本来の旅行先に出発するんだ」
「そうですか……。先日の嵐はかなり激しかったので、あれに耐えられるということはかなり頑丈な船じゃないですか?」
「そうだね」
「それほどの船に乗れる人物って、国内だと限られてると思うんですけど……」
好奇心は抑えられなかったようで、領主のお兄さんが窺うようにフィズを見上げる。その後ろでは、執事さんがあちゃ~と手で眉間を押さえている。
「そうだね、なにせ皇帝だから」
さらりと言い放ったことに驚き、私は隣のフィズを見上げる。
「それ、言っちゃっていいの?」
「むしろ、もう隠しておく方に無理があるからね。もちろん、他言無用だけど」
フィズが三人の方を向いて釘を刺すと、三人は壊れたオモチャみたいにコクコクと首を縦に振りまくっていた。
だけど、領主のお兄さんがふと何かに気付いたようで動きを止める。
「――あれ? ってことは……」
こちらを見る領主のお兄さんにつられるようにして、シモンと執事さんの視線も私とリュカオンに向く。
私は一度リュカオンと顔を見合わせ、再び三人の方へと向き直った。
「どうも、皇妃です」
「神獣だ」
パッカーンと顎が外れそうなくらい口を開くお兄さんと執事さん。
そして――
「ピギャーーーーーーーーー!!!」
――シモンは怪鳥のような叫び声を上げながら、バッターンと仰向けで後ろに倒れ込んだ。
そういえば、シモンは神獣崇拝集団だったね……。
目の前に神獣がいるという事実が受け止めきれなかったようだ。
……あれ? そういえば、ここには教皇もいたような……。
私は護衛に扮して空気に徹していた伯父様をちらりと見上げる。すると、立てた人差し指を口元に当て、「しー」とジェスチャーをされた。どうやらこちらは内緒らしい。
そんな姿も絵になるね。
「おい、こやつ気絶しておるぞ」
倒れ込んだっきり反応のないシモンをリュカオンが前足でちょいちょいと小突く。床に激突する直前にフィズがシモンの頭と床の間に足を差し込んでいたから、頭は打ってないはずだけど……。
「我の存在が衝撃的すぎたんだろうな」
「それ自分で言う?」
いや、たぶんリュカオンの言う通りなんだろうけどね?
それから十数分もすれば、シモンは自然と目を覚ました。まあ、リュカオンが目の前にいる喜びでむせび泣いてたけど。
そんな感じで最後まで慌ただしかったけど、これでこの島での騒動は一件落着だね!





