【178】洗脳? いやいや、教育的指導です!
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「む、お前達、そんなに引っ付くな」
狼団子になったリュカオンは、方々から頭をスリスリされたりペロペロとグルーミングを受けたりと揉みくちゃにされている。それを口では制止するリュカオンだけど、その実あまり嫌そうではない。というかむしろ、同族? ともいえる狼たちに慕われて嬉しそうだ。
狼の凜々しい雰囲気は鳴りを潜め、飼い犬のようにリュカオンにじゃれつく狼たちは大変かわいい。撫でくり回したいくらいかわいい。
狼を撫でたくて手をわきわきさせていると、クラレンスがスッとこちらに近付いてきた。
「シャノン様も交ざってきたらどうです?」
「い、いけるかな。でもこの子達野生だよね、食べられたりしない……?」
「シャノン様は可食部少なそうだから大丈夫じゃないですか?」
可食部て。
主を食品扱いしてくる騎士はとりあえず置いておき、私はそろりそろりと狼たちに近付く。
「?」
すると、何かが近付いてくる気配を感じたのか一頭の狼がこちらを振り返った。
そして、その一頭につられたのか他の狼たちも次々にこちらを見てくる。
「シャノン、おいで」
ちょいちょいとリュカオンに前足で手招きされたのでそちらに歩みを進めると、狼たちが道を空けてくれた。
「な、撫でてもよろしいですか?」
近くにいた一頭に声をかけてみると、目を瞑ってスッと頭を差しだしてくる。
これはもしかしなくてもオッケーってことだよね?
そして、おそるおそる一頭を撫でると、気持ちよさそうに目を細める。
「ガゥ……」
「か、かわいい……」
私の撫で撫でがお気に召したのか、狼がぐいぐいと頭を押し付けてくる。そして、他の狼たちも撫でて撫でてとこちらに向かってきた。
おお、私ってば大人気だ。
「フィズ! みて! この子達かわいい!」
「うん、見てるよ。君もかわいいの一味だから安心して」
フィズに手を振れば、よく分からないけど安心させられた。
それから暫く狼たちと戯れていると、屋敷の中から領主のお兄さんと救出された執事さんが出てきた。
「――皆様、ご協力いただきありがとうございました。あとのことはこちらで処理をします」
「君達だけで大丈夫かい?」
「これ以上皆様方のお手を煩わせるわけにはいきません」
真面目な顔で首を振るお兄さん。
初めてあった時よりも大分かしこまった話し方だ。
あ、あれか、本格的にフィズがやんごとなき御方っぽいことに気付いたのかな。執事さんも優秀そうだし、こっそりお兄さんに耳打ちしていてもおかしくない。
そんなことを考えながら、私はすぐ隣にいた狼の首元をわっしゃわっしゃと撫で回していた。
お兄さんはこれ以上の手助けを固辞したが、話し合いの末に傭兵達を牢に入れるまではクラレンスが手助けをすることになったようだ。
私もそれがいいと思う。やっぱり心配だからね。
ちなみに、ノクスが行かないのはもう既にノクスもお眠だからだ。目が明らかにトロンとしており、今にも目蓋が閉じそうである。
さて、あとは街に蔓延る困ったちゃん達をどうにかするだけだ――
「――ふぁ……」
そう思ったところで、自然と大きなあくびがでた。そういえばまだ深夜だもんね。空を見上げれば、星達がまだ自分達の時間だと言わんばかりに煌々と輝いている。
うん、とりあえず一旦寝ましょう。
狼や領主のお兄さん達と別れ、私達は拠点としている教会に戻り一旦休息をとることにした。
***
そして、翌朝から傭兵更生計画の第二弾を開始した。
「――おい、どけっ!」
「わっ……」
「邪魔すんじゃねぇよ」
二人組の傭兵が、通行人にわざと肩をぶつけて退かす。道幅には余裕があるし、ぶつかった後もニヤニヤしてるあたりわざとだろう。
うん、あれはアウトだ。
「道は譲り合って通ろうね!! クラレンス、回収!」
「了解です!」
指示を出すと、私の後ろからクラレンスが飛んでいった。そして、笑顔のクラレンスが傭兵二人組に縄をかける。
「捕えました!」
「よし、連行!」
「はい!」
何をされたか理解しきれず、目を白黒させている二人組がズリズリと引きずられていく。
「……は?」
「おい、なんだよこれ!」
「はいはい、大人しく来てくださいね~」
ズリズリと引きずられている間に我に返った二人組がジタバタと騒ぎ始めるけど、縄をかけられている上に力もクラレンスの方が上なので無意味だ。
う~ん、判断力に欠けるね。戦闘を生業とする傭兵にとっては致命的だ。
連行されていくぶつかり屋二人組に手を振りながら見送る。
「さあノクス、次に行くよ!」
「……はい」
フィズは後始末で領主館に行っているので、子犬姿のリュカオンと伯父様、そしてノクスを引き連れて街の中を歩く。
……あ、あそこにも傭兵らしき人影が!
串焼きの屋台の前に、傭兵らしき筋肉ムキムキの男が立っていた。
「――おう、いつもありがとな。やっぱりここの串焼きが一番美味いわ」
「ありがとさん」
お店の人にお代を手渡す傭兵さん。
うん、この人はいい人だ。
一人でうんうんと頷いていると、傭兵さんがこちらに気付いた。
「ん? 嬢ちゃんどうしたんだ?」
「お兄さん、お兄さんにはこれをあげる」
そして、私は傭兵のお兄さんに狼マークのシールを手渡した。
「なんだ? これ」
「これを持ってると今日はいいことがあるかもだから、できたら見えるところに貼っておいてね!」
「あ、あぁ……。なんだ? 占いか?」
私の勢いに負けたのか、お兄さんは首を傾げつつも狼印のシールを肩のところに貼ってくれた。
うんうん、よく似合ってる。
これは目印なのだ。いい傭兵さんまで更生計画巻き込んじゃいけないからね。
「じゃあばいばい」
「お、おう……?」
手をフリフリすると、傭兵さんもぎこちなく手を振り返してくれた。
それからも、私の傭兵更生計画は続いていく。
「まてー!!」
正午に差し掛かったころ、街には虫取り網を構えてぽてぽてと走る私から全力で逃げるムキムキの成人男性の姿があった。
「うわああああ!! ちび悪魔に見つかった!!」
「お、おい、なんであのちびっこから逃げてんだ?」
「お前も逃げろ!! 捕まったら終わりだぞ! 午前中にあのちびっこ一味に捕まった奴は一人も戻ってきてねぇんだ! かわいい顔に騙されんな!!」
「なにそれ怖っっ!!!」
一緒にいた二人につられるように、キョトン顔をしていたもう一人も走り出す。そうなってしまえば、私の鈍足では追いつくことができない。
早歩きで私に併走するノクスが、こちらを覗き込んできた。
「シャノン様……逃げだし、ました……」
「捕まえるよ!」
私は地面に手をつき、氷の魔法を発動させる。
すると、私の手元から男達の足元まで一直線に氷の道ができ、全力で走っていた傭兵達は見事にすっ転んだ。
「かくほー!!」
「はい……」
隣のノクスがシュッと消えたかと思ったら、次の瞬間には氷に足を取られた男達を地面に押さえつけていた。そして、手際よく縄をかけていく。俊敏だね。
私もテトテトと走り寄り、ノクスが取り押さえている三人のうちの一人の頭にポスンと虫取り網を被せる。
「とったぞー!」
そう言いながら後ろを振り返れば、伯父様やフィズ達が拍手をしてくれた。えへへ。
すると、クラレンスがこちらを眺めながら何やらフィズにこっそり話しかけ始めた。
「……シャノン様はなぜ虫取り網を使ってるんでしょう。素行の悪い傭兵は虫だっていう暗喩ですかね」
「領主館に落ちていた虫取り網に興味を持ったらしくてね、使ってみたくなったそうだよ」
「虫以外も虫取り網で捕まえようとするところがシャノン様の思考の柔軟さを感じますよね」
「俺が言うことではないけど、君も大概姫のこと全肯定だよね」
「当たり前じゃないですか」
何を話しているのかは知らないけど、フィズとクラレンスも仲良くなったものだね。よかったよかった。
――それから噂が広まったのか、午後にはいい傭兵のフリをする人も出てきた。だけど、日頃の行いは嘘をつかないので、街の人達がその人を見る目とか態度で善良な人間の演技をしている人は難なく見分けることができた。
よし、これで仕分けは完了だ。
素行不良の傭兵達を集めた先は、街のすぐ近くにある森の一角だ。そこには、傭兵達が捨てていったゴミの山がある。
生ゴミから空き瓶まで捨てられている始末だ。
自然破壊にもほどがあるね。
「これからみんなにはこのゴミを片付けてもらいます!」
「あ? 誰がそんなことやるかよ」
「その辺のやつらにやらせろよ」
宣言するや否や、傭兵達から文句が噴出する。
「ちなみに、領主命令でみんなの特別待遇は解かれてるから、宿代もこの先は普通に料金かかるからね」
「はぁ!?」
「聞いてねぇよ!!」
「魔獣騒動が収まるまでって契約だっただろうが!!」
口々に文句が噴出する。
「その、魔獣騒動がもう収束したんだよ。だから、みんなを特別扱いする意味はもうないってわけ。そもそも、まともに働いてなかったのにあんな好待遇を受けてた方がおかしいし」
宿代も無料だし、食事代だって安くなる。それにギルドのノルマも免除で街での多少の素行不良は見逃されるという好待遇っぷりだ。
そこまでの働きをしていたとは思えない。
魔獣を倒したのだってフィズ達だし。
元凶の魔獣はもちろん、大量にいた魔獣達もフィズ達があらかた撃退してくれたおかげでこの島に住む人達の安全も担保されている。今更働きもせずにこの島に残るだけの傭兵は必要ないのだ。
「ここが綺麗になるまで今日は帰れないよ! 宿代が浮くね!」
「はぁ!? ふざけんなよこのガキ――!」
激昂した一人が私に向かって拳を振り上げる。その瞬間、私の背後にいる人達からブァッと殺気が盛り上がるのを感じたので、その殺気が形になる前に魔法を発動させる。
「ぷぺっ!!」
氷の礫を額に飛ばし、同時に出した氷の槍で男の服を貫き、地面に固定する。
「魔法なんて卑怯じゃねぇか!!」
「今までみんなが街の人にやってきたのはこういうことだよ」
一般市民にはない武力を盾に好き勝手やってたんだから。
逃げようとする人達は、容赦なく竜巻でシェイクした。今回はちょっと改良して雪を織り交ぜた極寒の竜巻だ。
「ぐあああああああああああ!!」
「さみぃ!! つめてぇ!!」
「ゴミくれぇ片付けるから下ろしてくれ!!!」
そして、一人、また一人と清掃活動に従事していく。
それから一時間くらい攻防を続ければ、傭兵達は逃げるのを諦めて従順にゴミを片付け始めた。
一部の反抗しまくってた人達は、ゴッソリと体力を削がれているので屍のようになりながらゴミを拾って分別している。
竜巻でシェイクしている間も言い聞かせておいたおかげで、サボろうとする人は見受けられない。
うんうん、自分で汚したものは自分で片付けないとね。
「いい、みんな、働かざるもの食うべからずだよ!」
「「「「働かざる者食うべからず!!」」」」
「弱いものには?」
「「「「優しく!」」」」
標語を口にする私と傭兵達を、フィズやクラレンス達は遠巻きに眺めていた。
「あれ、洗脳じゃないんですか?」
「人聞きが悪いなぁ。姫がそんなことするはずないでしょ。あれは教育的指導だよ」





