【175】なんか不思議な人が現れたなぁ
「元凶も倒したし、魔獣の残党も討伐しようか」
「その前にせめて木の枝ではない武器を調達したらどうです?」
ポンポンと木の枝を自分の手のひらに打ち付けるフィズに、クラレンスは呆れた視線を向ける。
それから何気なく後ろを見れば、縛られている傭兵二人組が白目を剥きながらガクガクと震えていた。
「何してるんだろうあれ……変顔?」
「自分達が敵に回した人達の超人っぷりに怯えてるんですよ。あのクラスの魔獣をほぼ単独で撃破できる人間なんて、世界中を探しても数える程でしょうから」
そうなのか。
フィズがあっさり倒しちゃったせいであんまり強さが分からなかったけど、本当はすごく強かったんだろうな。
哀れなイカだ……。
「そういえば、この人達はどうする?」
「シャノン様はおかまいなく。僕達の方で適当な崖から海に投げておきますよ」
「「!?」」
クラレンスの言葉にギョッとする二人組。
あまりにもサラッと言うから冗談だと気付かれなかったようだ。実際は警備隊とかに引き渡すんだろう。
……冗談、だよね……?
疑念が私の中でひょっこり顔を出したけど、上から押して引っ込んでもらう。
私はクラレンスが法律の枠の中で生きてると信じてるよ。
これからフィズ、クラレンス、そしてノクスは魔獣退治に向かうようだ。
う~ん、ここから先は私の出る幕はないかな。それじゃあ――
「魔獣退治はあの三人に任せて、私達も行こうか」
「? どこに行くのだ?」
首を傾げたリュカオンに、私は元気よく答えた。
「もちろん、領主館だよ!」
「なに? この騒動の元凶とも言える奴のところに行こうというのか?」
「うん」
私はしっかりと頷いた。
すると、伯父様が私の顔を覗き込んでくる。
「シャノンちゃん、どうして領主館に行こうと思ったんですか?」
「これまでは領主が元凶だって噂を鵜呑みにしてたけど、実際に見てみないと分からないなって思ったの。噂が当てにならないっていうのは、私が一番分かってるから」
「シャノン……」
この国に来たばかりの頃、私に関する悪い噂が止めどなく広まっていたのをリュカオンも間近で見てたからね。事実無根だったけど、まことしやかに囁かれたそれを、大半の人は真実だと信じて疑わなかった。
だから、どんなに領主が悪い人だと言われていても自分で見なければ分からないと思ったのだ。
「……領主館に行くのはよいが、素直には入れてくれぬと思うぞ」
「そうだよねぇ」
身分を明かせば正面から入れるかもしれないけど、領主が噂の通り悪い人だった場合は警戒されるだけだ。
ただの小娘が領主館に入れてくれと言っても、まあ入れてくれるわけないよね。
「となると、侵入するしかないかな?」
「そうだな、領主館には護衛もいるだろう。侵入するのは夜がいいのではないか?」
「それもそうだね」
白昼堂々侵入ってのもあんまり聞かないもんね。
「夜に活動するなら、今は昼寝をしておけ」
「えー」
今行かないなら私も魔獣退治のお手伝いしようと思ったのに……。
唇を尖らせると、リュカオンにジト目で見られた。
「それが約束できないなら連れてはいかぬ」
「……分かったよ」
夜に向けて大人しくお昼寝することにします。
もしかしたら助け船を出してくれないかな、と伯父様を見る。だけど、伯父様は既に子守唄を歌うために喉を整えている最中だった。
あー、あー♪ と発声練習をしている。
……ここにいる誰よりも寝かせる気満々だね。
一足先に一度教会に戻った私は、リュカオンの尻尾でお腹をポンポンされ、伯父様の子守唄を聴きながら昼寝をした。
神獣と教皇の寝かしつけ、豪華すぎるね。
「シャノンちゃんは寝る前にぐずらなくていい子ですね。さすが僕の姪」
「……」
伯父様は私のことを何歳だと思ってるんだろう……。まあ、伯父様からしたら赤ちゃんも同然の年月しか生きてないんだけど。
だけど、リュカオンの温もりに包まれた私のもとにはすぐさま眠気がやってきた。
くぁ~とあくびをすると、伯父様が口ずさんでいた子守唄がピタリと止まる。
「きゃわ……」
「ん? おじさま、どうしたの……?」
眠くて回らない舌で問いかけると、伯父様から慈愛の微笑みが返ってきた。
「いいえ、なんでもないですよ。うちの子のかわいさに胸を打ち抜かれただけです。さあ、おやすみなさい」
そう言って頭を撫でられれば、私はいともたやすく意識を手放してしまった。
太陽が完全に姿を消し、月の光が煌々と輝いて見えるようになった頃、私達は教会を発った。もちろん、目的地は領主館だ。
昼にしっかり寝たので私のお目々もぱっちりである。
私と伯父様はリュカオンに乗り、他の面々は馬での移動だ。
人に見られると困るので、なるべく人気のない森の中などを選んで進む。森の中には人工の灯りなどないので、月の光が頼りだ。
ただ、遮蔽物の多い森では足元が見えづらい。なので、転ぶ可能性が大な私はリュカオンに跨がっている。
人や動物たちが眠りにつき、静まりかえった空間は昼間とは別の世界に迷い込んだような錯覚を覚えさせる。
夜中に出歩くのはなんだか悪いことをしてる気になるけど、その分ワクワク感も増す。
領主館から程よく離れた森の中に馬を止めた私達は、そこからは徒歩での移動だ。馬の足音で気付かれると困るからね。
一際大きな屋敷に向かって歩いていると、突然リュカオンがピクリと耳を動かし脚を止めた。
なんだなんだ?
「……皇帝、気付いたか?」
「うん、領主館の周り、傭兵達が張り込んでるね」
「え? どこどこ? 全然気付かなかった」
「隠れているから姫が気付かなくても無理はないよ」
周りをキョロキョロ見ていると、フィズがフォローをしてくれた。
二人とも、こんなに木々が多いのによく分かるなぁ。勘が鋭すぎる。
……いや、伯父様とクラレンス、あとノクスも分かってそうだな。ちなみに、テディは多分私と同じで一人も発見できていないっぽい。仲間だね。
感覚を研ぎ澄ませているらしいフィズはどこか遠くを見ながら呟く。
「この配置……領主館を守っているようにも、監視しているようにもとれるね。まあ、後者な気がするけど」
「……なぜ?」
フィズの言葉にノクスが首を傾げる。
「君も街での傭兵達の素行は見ただろう? こんな深夜まで真面目に護衛をすると思うかい? それも何人も」
「……しない」
「だろう?」
フィズの説明にノクスも納得したようだ。
たしかに、傭兵にもいろんな人がいるとはいえこの街にいる彼らがまともに護衛の仕事をこなすとは思えない。持ち場から離れないにしても酒盛りくらいはするだろう。それが今は息を潜めて領主館を見張っているのだ。
彼らに限っては、普通に働いてるのが逆に異常なのである。
それに、領主ともあろう人がわざわざ傭兵に護衛を頼むとも思えないしね。
「……魔法で”視て”みたが、奴らの配置は屋敷の東側に偏っておるな」
屋敷の方を見ながらリュカオンが小さい声で言う。
「ということは、そっちに監視したい……ないしは逃がしたくない相手がいるってことかな。とりあえず、屋敷を監視してる奴らは邪魔だから寝かせてくるね」
そう言うと、フィズの姿が一瞬にして闇夜の中に消えた。
「おお、もういなくなった。寝かせるって言ってたけど、睡眠の魔法でも使うのかな」
「陛下のことですからおそらく、物理攻撃で寝かせるのかと」
「物理攻撃?」
「ええ、首の後ろを手刀でこう、トンッと」
右手の指を揃え、ピンと伸ばした形を作ったクラレンスは、そのまま虚空に向けてシュッと手刀を振った。
物語の中では見たことあるけど、その芸当を本当にできる人っていたんだ……。
「陛下的には魔法を使うより手っ取り早いんでしょうね。まあ、あの人のやることに一々突っ込んでたらキリがないですよ」
そう言ってどこか遠い目をするクラレンス。
それから程なくしてフィズが戻ってきた。
「見張りは全員寝かしつけてきたよ。これで心置きなく侵入ができるね」
爽やかな笑顔だけど、言ってる内容だけに目を向ければかなり物騒だ。
寝かしつけてきたっていっても、伯父様がしてくれたように子守唄を歌ってたわけじゃないんだろうな……。
戻ってきたフィズは、その場から屋敷を見上げる。私の離宮よりは二回りほど小さいけど、立派な屋敷だ。
「あ、ちょうどいいところに窓があるね。あの天窓から中に入ろうか」
屋敷の屋根の一角――ちょうど一部屋分くらいの大きさの屋根が天窓になっているようだ。領主館だけあって屋根はかなり高い場所にあるので、ちょうどいい場所かどうかは審議だと思う。
ただ、あの下に人がいなければ普通に入り口から侵入するよりも見つかる可能性は低いだろう。
そう考えた私達は、それぞれの技を駆使して屋根の上に登り、天窓のすぐ横までやってきた。もちろん、私はリュカオンの背に乗っての移動である。リュカオンと私は一心同体だから実質自力みたいなものだけどね。
この中では一番隠密活動に慣れたクラレンスが、天窓から下を覗き込む。
「……この下には誰もいなさそうですね。うん、いけます」
「よし、開けてくれ」
フィズの指示で、クラレンスが窓をカチャカチャといじり出す。
伯父様は今回の侵入にはあまり興味がないようで、ぼんやりと月を眺めていた。姪がいるからついてきたってだけなんだろうね。
「む……これ開閉できないタイプですね。ここからの侵入は諦めますか?」
「開かぬなら壊せばよいだろう」
さらりと言うリュカオン。
なるほど、『開かぬなら 壊せばいいだろ 天の窓』ってことだね!
「ガラスを割ったら結構な音が鳴りません?」
「それはやり方次第だ。魔法を使えば音を出さずに窓を壊すことくらい造作もない。シャノン、やってみるか?」
「うん!」
私が活躍するチャンスだね!
そう思い、天窓のガラスにぺたりと手を付ける。
リュカオンの言う通り、今回はバレないように侵入するわけだからただ壊すだけじゃダメだよね。ガラスの破片は危ないし、割れるとうるさいから……。
イメージを明確にしながら魔力を練り上げる。
「……ていっ!」
そして魔法を発動させれば、私が手を置いた場所から窓ガラスがサラサラと粉になって崩れていった。手からこぼれ落ちる砂のように落ちていくガラスの粉は、光を反射してキラキラと輝きながら空気の中に溶けていく。
「うむ、見事だ」
後ろからリュカオンのの満足そうな声が聞こえてきた。えへへ。
リュカオンに褒められた私は、途端にご機嫌になる。
そして、浮き足だった気持ちのままスクッと立ち上がり、一歩前に踏み出す。
「それじゃあ、このまま先陣を切って侵入しちゃおうかな」
「――ちょっ、おいシャノン! 待て!」
部屋の中に飛び降りようとすると、リュカオンが直ぐさま私の服をあぐっと咥えて捕獲する。
「先陣を切るのはよいが、シャノン一人では着地できぬだろう」
「あ、それもそうだね」
私がこのまま飛び降りても骨折すること間違いなしなので、リュカオンに乗って部屋の中に降り立とうとする。
だけどその瞬間、部屋の扉がゆったりと開かれた。
「え?」
「ん?」
扉を開いたのは、二十代前半ほどの顔立ちの金髪の青年だった。
――あ、まずい。
そう思えど時既に遅し、今から着地を止めることなどできない。しかも、バッチリ目が合ってしまった。
周りの光景がスローモーションに見える中、彼の瞳は徐々に大きく見開かれていった。
人を呼ばれる――そう思った瞬間に彼が見せたのは、子どものように無邪気な笑顔だった。
「わぁ、女の子が降ってきた。水が降る時は雨、氷の結晶が降る時は雪というけど、こういう時の天気はなんて表すんだろう」
……あれ?
なんか、予想と違う反応だ。
「しかも、すごくかわいい子だ。この世に完璧な美貌が存在したとはびっくりだよ。天気でいったら快晴だね。あ、でもそれだと空からは何も降ってこないか」
な、なんかずっと一人で話してる……。
ペラペラと自分の世界を展開する青年に、侵入してきたはずの私達の方が驚かされる始末だ。
しかも、着心地のよさそうな寝間着と、天窓付きのこの広い部屋に夜遅くに出入りできることから察するにこの青年、多分領主だ……。
同じことを他のみんなも考えたらしく、隣を見ても上を見ても同意の頷きが返ってきた。
そんな私達の内心を知ってか知らずか……いや、多分知らないだろう青年はさらに口を開く。
「――空から降ってきたってことは、君は女神様かなにかなのかな?」
のほほんとした笑みでそんなことを問いかけてくる青年。
……なんか、極悪非道と言わんばかりだった前情報と違って、大分ぽやぽやした人だなぁ……。





