【173】武器は木の枝みたいです
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私と伯父様、そしてリュカオンを一纏めに抱えたフィズは、難なく陸へ着地した。
動かない地面、万歳。
「まったく、あなた達二人がついていながら、姫を危険にさらさないでくれます?」
「う……面目ない……」
「助かりました……」
気まずそうに視線を逸らすリュカオンと伯父様。
「フィズ、ありがとう」
「どういたしまして」
むぎゅっとフィズに抱きつけば、宥めるようによしよしと抱きしめ返された。
「最強の神獣様にこんなに効果覿面な弱点があるとは……世間には公表できないね」
「そんなもの公表するな」
嫌そうに顔を顰めてぼやくリュカオン。
むしろ、何が何でも隠さないといけない情報だよね。船に乗せられちゃったら私達ってば何もできないわけだし。
「爆発音がしたから戻ってきてみれば、三人がどんぶらこと流されてるからびっくりしたよ」
「それにしては駆けつけてくるの早くないですか?」
「フィジカルお化けだからね」
爆音とほぼ同時に駆けつけてきたことも、もはやフィズだからというだけで納得できちゃうよ。
「ノクスとクラレンスはどうしたの? また魔獣と戦ってる?」
「いや、魔獣は一瞬で殲滅できたから、一緒に戻ってきたよ」
一瞬で殲滅できちゃったんだ。
十~二十体はいたはずだけど……私の旦那様、強すぎるね?
傷一どころか衣服に汚れ一つないし。言われなければ魔獣と戦ってきたなんて分からないだろう。
「戻ってきたら崖の上に怪しい奴らがいたから、二人はそっちの方に投げておいた。今頃そいつらを捕えてるんじゃないかな」
「投げておいたんだ」
フィズの場合、比喩とかじゃなく本当に二人を投げたんだろうなぁ。
ノクスはともかく、投げられて笑顔を引き攣らせるクラレンスの様子が容易に思い浮かぶよ。
というか、フィズってば仕事ができすぎだね。今だって、魔法で海水を操って燃える船着き場を消火した後、ひょーんと一跳ねして海の上を漂う小舟を回収しに行ったし。
「……フィズって、ほんとうにただの人間?」
「そのはずだが、最近は我も怪しく思っておる」
「やってることが僕達よりもよっぽど人外じみてますよね」
三人で横並びになり、遠い目をする。
すると、あっという間に船を回収したフィズが戻ってきた。
「――よし、それじゃあ二人と合流しようか」
「「「あ、はい……」」」
崖上に移動するために、私はフィズによって抱き上げられた。私が自力で歩いたら日が暮れるからね。
フィズはせっかくだからリュカオンと伯父様も抱えて行こうかと提案してたけど、二人は謹んで遠慮してた。運ばれた方が楽なのに。
まあ、二人からしたらフィズは大分年下だからね。プライドがあるんだろう。
その点、私にはプライドなどないのでされるがままに抱きかかえて運ばれる。
そして、私達は爆破された直後に人影の見えた崖の上にやってきた。
そこには肩にテディを乗せたノクスとクラレンス、そして木の蔓で縛られた二人の男がいた。一人は茶髪で、一人は灰色の髪をしている。
この二人……なんか見覚えが――
「……あ! この人達、さっき街ですれ違った……」
通行人に怒鳴り散らしながら歩いていた二人組の傭兵だ。
「なんでこんなところに?」
「見慣れねぇ奴らがいたから様子を見に来たんだよ」
「ガキを連れてるからまさかと思ったが、俺達からしたらとんだ厄介者だったな」
ガキ……? って、もしかして私のこと……?
聞き慣れない呼称に思わず回りをキョロキョロと見回してしまう。……うん、ガキと呼ばれる可能性のある子どもは私しかいないね。
自分がガキと呼ばれたことを咀嚼していると、伯父様に背中をポンポンと撫でられた。そして、伯父様は二人組に心の底から軽蔑したような視線を向ける。
「なんて粗野な言葉遣いをするんでしょうね。信じられません。人としてありえません」
「あぁ? ガキは別にそこまで言われるほどの暴言でもねぇだろ! てめぇらどんだけ育ちがいいんだよ!!」
「「「……」」」
「なんか言えや!!」
この人達はなんでずっとカリカリしてるんだろう……そんなに怒鳴らなくても聞こえるのに。
キョトンとしながら耳を塞ぐと、それが癪に障ったらしい二人がさらに喚き始める。
「すみません、ちょっと黙らせますね」
「静かに……」
そう言うや否や、クラレンスとノクスが二人の口元にグルグルと蔦を巻き始めた。すると、ようやく二人が黙る。
「静かになっていいけど、これじゃあ事情聴取できなくない?」
「待っている間に聞きたいことは聞いたので問題ないですよ。お三方に投げたのは、対魔獣用にギルドから配布されている小型爆弾らしいです」
「完全に命狙ってるじゃん。それを人相手に使うのはいいの?」
「いいわけないじゃないですか。対魔獣用の装備で人を害した場合、よくてギルドランクの最下層への降格、悪くてギルドからの追放および投獄ですよ。今回は故意に人に向けて使っているので、後者に近い処分になる可能性が高いですね」
なるほど、事故なら降格処分で済むけど、今回は完全に人を狙ってるから情状酌量の余地ないもんね。
「どうして私達を狙ったんだろう」
「どうやら僕達が魔獣退治をしようとしていることを察したらしく、船もろとも邪魔者を消そうと思ったらしいですよ。罪が重くなって詰むだけなのに、バカと言わざるを得ませんよね」
サラッと毒を吐くクラレンス。
あ、これは主人を害そうとしたことに相当怒ってるね。実際、今回はちょっと危なかったし。
「でもなんで私達がここにいることが分かったの? 一応、隠密行動してたのに」
街ですれ違ったあの一瞬だけで怪しまれたとは思えないけど……。
そう言うと、クラレンスが気まずそうに私から視線を逸らした。そして、重たそうに口を開く。
「どうにも、僕達が確保したあのボロ船、こいつらが万が一の時のためにコッソリ用意してたやつっぽいんですよね」
てへへ、と笑うクラレンス。
ジト目を向けると、わたわたと慌てて弁明を始めた。
「まさかあんなおんぼろ船を誰かが使ってるだなんて思わないじゃないですか」
「……まあ」
今考えてみれば、あんなおんぼろ船が浸水もせずに使えたことは疑問に思わなきゃいけなかったね。
「でしょう? 街で見慣れない奴らがいたので一応船の様子を見に来たら、船を見張っているお三方がいたのでこいつらは魔獣退治に来たやつらだと思い、衝動的に消そうとしたってことらしいです」
「その決断力と行動力を魔獣退治に向けてほしかったよ」
「全くですね」
クラレンスも二人組に呆れた視線を向ける。
……さて、そろそろ不穏な雰囲気を隠し切れてない人に触れておこうかな。
私は念話で伯父様に話しかけた。
『伯父様? この人達殺しちゃダメだからね?』
『考えておきます』
『それ考えない人の返事だから』
クラレンス達の手前大人しくしているけど、かわいい姪が狙われたことに腸が煮えくり返ってるのが分かる。
『伯父様、法律は守ろうね』
『大丈夫、僕は治外法権です』
『うん、なにもだいじょばないね』
すると、これまで黙っていたリュカオンが念話に参加してきた。
『落ち着け教皇、こやつらは我がやる』
『リュカオンも落ちついてね』
「やる」が完全に「殺る」だったよ。
過保護者ズを宥めることに苦心していると、フィズが近くの木に向かっておもむろに歩き始めた。
「そのゴミ共の処分は後回しにするとして、俺はとりあえず元凶の魔獣を倒してくるよ」
そう言うと、フィズは目の前の木の枝に手をかけ、ポキッと折る。
結構な太さの枝だったけど、お菓子みたいにあっさり折れたね。
今更そんなことでは驚かないクラレンスは、のんきにリュカオンへと声をかける。
「こいつらはどうします? 陛――じゃない、彼が魔獣と戦ってる間に警備隊に突き出してきちゃいますか?」
「ん? よい、このまま見せておいてやれ。自分がどんな化け物を相手にしているか分かった方が余計な対抗心が湧かないだろう」
流暢に話すリュカオンに、二人は「聖獣が喋った……!」と驚愕の視線を向けていた。
皇城ではもはや当たり前の光景なので、この反応は逆に新鮮だね。
「ところでフィズ、その枝は何に使うの? 船の補強でもするの?」
「いや、今日は帯剣してないからね。武器の代わりだよ」
……それ、木剣ですらないけど……。ただの木の枝だけど……。
子ども同士のちゃんばらじゃないんだよ? と言いたいところだけど、フィズだからなぁ。
「辺境じゃあ戦闘中に武器が壊れてもすぐに補充できないこともあったからね。時にはこうして即席の代用を使ったりもしたものだよ」
どこか懐かしむように言うフィズ。
そのエピソード、アダムに裏を取ってみてもいいかな? 私の頭の中のアダムは「それは陛下だけですよ!」って言って全力で首を横に振ってるんだけど。
だけど、フィズのことを全く知らない傭兵二人組は、木の枝を手にするフィズを見てバカにしたように頬を歪ませていた。フィズもそんな視線には気付いているだろうけど、全く意に介した様子はない。
――そして、フィズのことをただの優男だと舐めていた二人の表情が驚愕に染まるのは、それからおよそ十秒後のことだった。