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【172】ヒロイン過多じゃないですか?





 森の入り口まで戻って来ると、ノクスが私達を待っていた。


「船……見つかりました……」

「キュッ!」

「ほんと!?」

「はい。ついてきて、ください……」


 ノクスが言うと、テディもこっちに来いよとばかりにクイクイッと尻尾を振る。

 はいはい、ついて行きますよ。





「――こっちです。……シャノン様、持ち上げますか……?」


 ノクスが振り返り、私に問いかける。その前には、海に面した岩場がある。

 テディはお前こんな道も歩けないのかよって顔してるけど、君はノクスの肩に乗ってるだけだから。自分の足で歩くにはこの足場は悪すぎるから!

 なにせ、クラレンスのいる場所に行くには岩場を超えていかなければいけないらしいのだ。フカフカの絨毯に慣れたこの足には中々難易度が高い。

 しかも、小石ではなく大きな岩がゴロゴロっと転がっているのだ。

 うん、ここを一人で歩くのは私には無理だね。逆に怪我をしない未来が思い浮かばない。

 早々に諦めた瞬間、体がフワリと持ち上がった。


「大丈夫、姫は俺が持ち上げるから。君は道案内に専念して」

「はい」


 ノクスはクルリと踵を返すと、岩場に足を踏み入れた。

 フィズも抜群の安定感で私を縦抱きにしたまま、ノクスの後に続く。


「フィズありがとう」

「どういたしまして。というか、お礼を言われるまでのことでもないよ。こんな場所を姫一人で歩くなんてもはや自傷行為をしに行くようなものだから、心配で心臓が保たないよ。だからこれは自衛みたいなものだよ」


 ……さすがに自衛ではないのでは? と思ったけど、フィズの肩越しに見た伯父様とリュカオンがブンブンと頭を縦に振っていた。そんなに同意しなくても。首がちぎれちゃうよ。


 暫く進むと、岩場の影にくたびれた小さな船着き場があった。もう長いこと使われていないのか、かなり木造の足場が古びている。だけどまだかろうじて使えはするようで、その上にクラレンスが佇んでいた。


「お~い、クラレンス~!」

「あ! シャノン様! なんとか船を見つけましたよ!」

「お~! クラレンスがんばった……ね……?」


 そこにあったのは、木造の小舟だった。しかも結構ボロい。

 多分放置されてたんだろうと思わせるくたびれ具合だ。


「いゃあ、あちこちを探し回ったんですけど、これしかなくて……」


 さすがに魔獣退治に行くには心許ないと思うのか、気まずそうに頬を掻くクラレンス。


「……私は船界隈の知識には疎いけど、小さい船と大きな船ってどっちが揺れるの?」

「僕も詳しくはないですけど、さすがに小さい方じゃないですか? むしろ僕達が乗ってきた船は要人用なのでかなり酔わないように設計された船ですよ」


 クラレンスの言葉に、私の口はパカッと自然に開いていた。

 まさか……あんなに船酔いしたのに、あれよりも酔う船があるだと……?


 やっぱり、船は私の天敵だ。威嚇しておこう。


「――にしても、この辺りは波が強いですねぇ……」


 海の方を見た伯父様が言う。

 伯父様の言うとおり、この辺りの海は荒い。波の音が大きいので、声を張らないとかき消されてしまいそうだ。


「こんな場所に船着き場を作ったら、そりゃあ使われなくなるよね」


 ここまで来るのがまず大変だし、ここから海に出るのも一苦労だろう。

 まあ、フィズの筋力ならこの荒波の中を漕ぎ進むなんてわけないんだろうけど。私がやろうとしたら一漕ぎもできないだろうな。


「魔獣退治にはこのまま出発するの?」


 フィズに問いかけると、フルフルと首を横に振られる。


「そろそろ日も暮れてくる時間だし、今日は一旦教会に戻ろうと思う。魔獣退治は明日にしよう」


 すると、クラレンスもフィズの言葉に首肯した。


「それがいいですね。こんなボロい船に乗っていく上に視界も悪いんじゃあ、流石の陛下でも厳しいでしょうから」

「ボロ船を用意したのは君だけどね」

「これしか見つからなかったんだから仕方ないでしょう」

「乗るのが姫だったとしても同じことを言うかい?」

「こんなもんにシャノン様を乗せるわけないじゃないですか。傭兵を皆殺しにしても豪華客船を用意しますよ」

「……」

「……」


 笑顔のまま見つめ合う二人。

 こらこら、喧嘩しないの。どうどう。

 私は落ち着かせるように二人の手を取った。

 だけど、これは喧嘩するほど仲良くなってきた証拠かな?

 クラレンスってば、ちょっと前まではあんなにフィズのことを怖がってたのに今ではこんな口答えをするようになったんだもん。成長を感じるね。






「――みなさんお帰りなさい。ごはんできてますよ。談話室の方にご用意しますね」


 教会に戻ると、朗らかな笑顔でシモンが出迎えてくれた。

 シモンの穏やかな雰囲気に、心がほっこりする。


「お母さん」

「違います。こんなかわいい娘ができるのは嬉しいですが。……娘さんの冗談ですから、神官様(お父様)もそんな不穏なオーラを出さないでください」


 どうやら、私の後ろにいる伯父様が笑顔のままシモンを威圧していたらしい。

 何百歳も年下の相手にそんなことしないの。大人気ない。

 というか、そういえばシモンは私が伯父様の娘だって誤解したままだったね。すっかり忘れてたよ。


 それから、私達は食事を摂るために談話室に集まった。

 すると、シモンが食事を運んできてくれる。


「シモンさんありがとう。お世話になりっぱなしでごめんなさい」

「いいえ、こちらこそですよ。皆さんのおかげでこのあたりの治安は大分改善しましたから。今日なんて向こうから挨拶されて驚いちゃいましたよ」


 おお、みんな順調に真人間の道を歩んでるみたいだね。


「ただ、北の方は相変わらず酷いようですが。まるで自分達が領主になったかのような振る舞いだと、今日訪ねてきた方がおっしゃっていました。実際の領主様はあんなに酷くないですけどね」

「ん? シモンさんは領主様と会ったことがあるんですか?」


 まるで領主を知っているような口ぶりだけど。


「結構前のことですが、今の領主様とは少しだけ話をしたことがあります。その時は、不器用ではあるものの誠実な青年だと思いましたけど、どうやら違ったみたいです」


 神獣様方をあがめる者として人を見る目を養わないとですね、と言うシモン。

 それ神獣関係あるかな?

 リュカオンはシモンの尊敬がむず痒いのか、後ろ脚で耳元をカカカッと掻いていた。

 照れ隠しだね。






 翌日、私達は魔獣退治に向かう前に少しだけ北の街の様子を見ることにした。


「おい! どこ見て歩いてんだ!!」

「通行の邪魔だろうがよ!」


 体格のいい二人組の男が怒鳴り声を上げ、通行人を退かしながら歩く。十中八九最近やってきた傭兵だろう。

 片方はくすんだ茶髪で、もう片方はグレーの髪をしていて、右目のすぐ横に一筋の傷跡が残っている。

 街の人達は、そんな二人を避けるようにサササッと散っていく。


「……まるで王様ですね。本物の皇帝の前で滑稽ですが」


 ハッと荒んだ笑いを漏らすクラレンス。せっかく好青年の皮を被ってるのに、本性がチラチラしちゃってるよ。


「確かに、俺達が最初に辿り着いた街よりも大分治安が悪いようだね。傭兵の数も多いし」


 怒鳴り散らかしている二人組だけでなく、他にも傭兵らしき人達の姿がちらほら見える。

 街の人達も全体的にビクビクしてるし、お世辞にも治安がいいとは言えない雰囲気だ。もはやノクスの言う通り、まとめてボコしちゃった方が早そうだよね。

 私達が拠点にしている街の傭兵はともかく、こっちの人は更生の余地もなさそうだし。


「大体の雰囲気も見られたし、そろそろ海の方に行こうか。さっさと魔獣問題を解決した方がよさそうだ」

「……そうだね」


 あからさまに雰囲気が悪いので、私としてもあまり長居したい場所ではない。

 フィズに手を引かれ、私はその場を後にした。


「……?」

「姫、どうしたの?」

「……ううん、なんでもない」


 二人組の方から視線を感じた気がしたんだけど、あちらは私達の方に背を向けて歩き出しているし、気のせいだろう。




 そして、私達は昨日と同じ崖に移動した。そこから海の方を見ると、昨日と同じく巨大なイカの魔獣の姿が見える。


「――お、いたいた。今日も元気に魔獣を運んできてるね」

「あれは一体なにがしたいんだろう。フィズには分かる?」

「俺にも分からないよ。ただ、辺境で戦ってた頃も奇妙な行動をする魔獣はいたね。強い魔獣は総じて知能が高い傾向にあるから、それが関係してるんだと思うけど……」

「芸も仕込めるかな」

「芸なら我がやってやるから危険なことは止めなさい」

「リュカオンは普通に言葉が通じちゃうじゃん。あれは言葉が通じないもの同士での絆みたいなのを感じるからいいんだよ。たぶん」

「そうか、後方宙返り三回ひねりでも見せてやろうかと思ったのだがな」

「なにそれ見たい」


 一気に興味が湧いちゃったよ。

 すると、私の隣でフィズが屈伸を始める。


「さて、本丸に行く前に、ウォーミングアップがてら今運ばれてきた魔獣を討伐してこようかな」

「陛下、いらないかもですけど僕も一緒に行きますよ。ノクスはどうする?」

「……俺も」


 クラレンスとノクスもフィズについていくようだ。


「フィズ、私も――」

「姫は神獣様と神官殿と一緒にあの船着き場で船を見張っていてくれる?」


 言い聞かせるよう、優しく頭を撫でられる。

 これは絶対に譲ってくれないやつだね。


「……分かった。あそこで待ってる」

「うん、いい子にしててね」


 去って行くフィズ達の背中を見送ったあと、私と伯父様はリュカオンに乗り、昨日の船着き場へと移動した。

 やることもないので、とりあえず船着き場にストンと腰掛ける。建前だろうけど見張っているように言われたので、船のすぐ側を陣取った。

 すると、伯父様とリュカオンが私を挟むように両隣に座り込む。

 保護者サンドだね。

 ……私に甘めのこの二人しかいない今なら、もしかしておねだりが通るのでは?


「ねぇねぇ、海に足をつけてみてもいい?」


 実はずっとうずうずしてたのだ。

 こんなに大量の水を間近で見るのなんて、人生で初めてだもん。

 快諾されるかと思いきや、私の目に飛び込んできたのはこの上なく葛藤しているような伯父様の表情だった。


「姪のお願いがかわいすぎる……! でも、こんないつからあるか分からないしょっぱい水溜まりにシャノンちゃんのかわいい足をつけるのは……」


 すごい海の悪口言うじゃん。

 リュカオンはどうだろうと顔を見ると、こちらも渋い表情をしていた。


「シャノン、離宮に戻ったら食塩水を用意させるからそれにせぬか?」

「それもうただの塩水だね」


 海とは全く別物でしょ。

 別に私だって塩水に足をつけたいわけじゃないやい。

 食塩水ならギリギリ許容なリュカオンの基準も分からないし。

 むぅ、と唇を尖らせて隣の狼さんを見ると、リュカオンがへにょりと耳を畳んだ。


「分かった分かった。だが、もっと別の場所にしろ。この辺りは波が荒いし、あまり水も綺麗ではないからな」

「うん! 分かった!」


 そう言って抱きつくと、「しょうがない子」だなと言いたげな、だけどとても優しい眼差しが返される。リュカオンのこの表情、愛情を感じるから大好きだ。

 なんだか、リュカオンとこんな風にまったりするのも久々な気がする。この島に着いてからは結構怒濤の日々だったから。

 頼りになる狼さんに寄りかかり、肩の力を抜く。


 ――だけど、そんなほんわかとした空気が破られるのは一瞬だった。


「――! 二人とも、避けろ!!」

「え――」


 ドンッとリュカオンに押され、私と伯父様は目の前の小舟に倒れ込んだ。そして、私達を庇うようにリュカオンが上からのしかかる。


 次の瞬間、ドゴオォォォン!!! という爆音が響き渡った。


「な、なに!? 爆発?」

「誰かに襲撃されたようだな」


 咄嗟にリュカオンが魔法で私達を守ってくれたおかげで、私達には傷一つない。だけど、船着き場は燃え、爆発の衝撃で私達の乗った船は海の上を進み始めてしまった。


「陸に戻――うぷっ……!」


 リュカオンの言葉が途中で途切れた。

 爆発のせいで余計に海が荒立ち、激しい揺れが私達を襲う。そうすると私達は船酔いのせいで魔法の制御が困難になるので、迂闊に魔法を使うわけにはいかない。

 陸の方を見れば、燃え盛る船着き場の側にある崖の上に人影が見えた。あれが襲撃犯だろう。

 普通ならリュカオンが察知しそうなものだけど、距離があったのと波の音で気付かなかったのか。


「くそ、一か八か魔法を使ってみるしか――」


 苦悶の表情でリュカオンが呟く。


「ダメです! ここにはシャノンちゃんがいるんですよ!? ……ぐぅっ、この状態でシャノンちゃんを傷付けない自信があるんですか!?」

「ない!」

「自信満々に言わないでください!」


 こんなところで喧嘩しないでください。

 急展開と船酔いで私達がパニックになっていると、トンッと軽やかな音を立てて船の先の部分に誰かが着地してきた。


「――ちょっとちょっと、貴方方あなたがたともあろう人達がこんなちんけな船なんかでピンチにならないでくれます?」


 私と伯父様、そしてリュカオンをひょいっと一抱えにしたその人物は、そのまま船を蹴って軽やかに飛び上がった。瞬間、私達を襲っていた気持ちの悪さがスッと抜ける。


「――姫、大丈夫?」


 フィズは三人を抱えて超ジャンプをしてもなお、涼しげな顔をしている。

 颯爽と現れて私達を助けてくれたフィズはまるで物語の中の王子様みたい――


「フィズ……!」

「「皇帝……!!」」


 ――だけど、ちょっとヒロインが多いね?







この作品のコミカライズ1巻がガンガンコミックスpixiv様より昨日(4/22)発売しました!

かわいらしい作品に仕上がっているので、どうぞよろしくお願いいたします!

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書籍3巻8月6日発売!
<書籍3巻は2025/8/6発売です!>
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ぜひお手に取っていただけると嬉しいです!

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ヒロイン過多は草なのよ
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