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【171】イカさんは引っ越し業者志望だったんだね





 王族として生まれ、小さい頃から蝶よ花よと育てられた私。

 私の反応がよくないものは過保護な侍女ズが遠ざけていたため、これまで明確に”嫌い”だと思うものはなかった。

 だけど――


「お前は別だぁ!」


 そう言いながら私は目の前の敵――木造の小舟を睨み付けた。

 海の上にプカプカと浮かぶそれに向けて拳を構えていると、後ろからひょいっと抱き上げられた。


「はいはい、姫ってば船に威嚇しないの~。どうどう」

「これシャノン、口が悪いぞ」

「むぅ」


 唇を尖らせると、フィズが私を縦抱きにし、空いた方の手で宥めるように私の頭を撫でる。

 

「でも、皇妃様を怖がらせるなんて万死に値しますね。こんな船は壊しちゃいましょう」

「そなたのそれは私怨であろう」

「神官殿、せっかく調達してきた船を壊さないでもらってもいいですか?」


 小舟を破壊しようと魔力を練り始めた伯父様だったけど、リュカオンとクラレンスによって止められていた。





 ――時は数時間前に遡る。

 森で遭遇した傭兵達の会話から、今回の魔獣大量発生騒動の元凶となる魔獣が海の沖の方にいるらしいということは分かった。なので、討伐をするにも様子見をするにも船が必要ってことになったんだけど――


「討伐に行けそうな船は軒並み傭兵達にマークされてました」

「出航できないように……鎖でガチガチ……」


 この中では隠密行動が得意なクラレンスとノクスに偵察に行ってもらったところ、この周辺で私達が使えそうな船はなさそうとのことだった。


「そっか! それは困ったね!」

「顔は全く困ってなさそうだが」

「姫ってば、船がトラウマになっちゃってるからねぇ」


 思わず笑顔になってしまった頬をフィズにむにむにと揉まれる。

 ぷにぷにでしょ。


「まあ私の天敵についてはさておき、船がなかったら傭兵の人達もそうそう島の外には出られなくなるんじゃないの? それって困らないのかな」

「この島での待遇に満足しているようだから、それでも構わないのだろう」

「もしも島の中で魔獣が増殖しすぎたら船でしか脱出できないのに?」

「そこまで考えていないのだと思うぞ。悪知恵は働くようだが、まともな知性があるようには思えなかったからな」


 リュカオンすごい言うね。


「……傭兵達……全員倒せばいい話では……?」


 これまで大人しく話を聞いていたノクスがポツリと呟く。その肩に乗っているテディも同意見のようで、「キュキュッ」と頷いていた。


「それは最終手段かな。魔獣が発生している間はこの島での特別待遇が認められているようだからね。どこまでのことが許されるのかは分からないけど、特権を手放したくないなら大きくルールに違反するような真似はしないはずだ。それで手を出したら、こちらに否があることにもなりかねない」


 うん、ノクスの案が一番手っ取り早いとは思うけど、それをやっちゃうとフィズの言った通りになっちゃうんだよね。


「にしても、ここの領主は一体何を考えてるんでしょうね。いくら傭兵達と懇意にしていると言っても、領地がこんな風になる以上のメリットがあると思えないですけど」

「そうなんだよね。正直、彼らを優遇したところで旨味なんてないと思うんだよ。傭兵の中でも明らかに質が悪いというか、いろんな地方でブラックリスト入りしてそうな奴らが多そうだし……」


 クラレンスの意見にフィズが同意する。

 ノクスとテディは頭脳を使うのは自分達の仕事ではないと思っているのか、頭を悩ませる二人をぼんやりと眺めていた。

 一応考えるくらいはしとこうね?


「――まあとりあえず、クラレンスとノクスは小舟でもなんでもいいから、海に出られそうなものを探してきてくれる? もしも何もなさそうなら、他の街で借りることも考慮しよう。君達が探している間、俺は森の中の偵察に――って、姫? なにやってるのかな?」

「私も行くっていう意思表示」


 置いてかれそうな空気を感じたので、私はフィズの背中に両手脚を使ってしがみついたのだ。俺達じゃなくて”俺”って言ってたし。完全に一人で行くつもりだったでしょ。

 体をねじって私の方を見たフィズは、見事なほど分かりやすく相好を崩した。


「コアラの真似かな? かわいすぎる」

「あ、もう筋力が限界」

「さすがの早さだね」


 私の貧弱な筋肉で自分の体重を支え続けることなどできず、すぐにズリズリとずり落ちてきてしまった。そのままポテンと地面に足がつく。重力に逆らうもんじゃないね。


「皇妃様は僕と一緒にお留守番しませんか? 絵本も読みますし子守唄も歌えますよ」

「神官殿はベビーシッターなんですか?」


 クラレンスが伯父様へと冷静に突っ込みを入れる。

 というか、私はベビーじゃないからね?


「ついて行くってことで話は纏まってたでしょ。絶対はぐれないようにするから! フィズ、おんぶ」

「ああ、俺が背負って行くんだね。はいどうぞ」


 フィズがしゃがんでくれたので遠慮なく背中に乗り、首に手を回す。

 おお、抜群の安定感。


「フィズ、ここからどうするの?」

「そうだな、ここだと見晴らしが悪いから、もっと高いところから俯瞰しよう」

「うん」

「それじゃあいくよ。よっと――」

「え――」


 フィズがグッと脚を曲げてしゃがんだかと思えば、次の瞬間、私は空にいた。


「へ?」


 予想を超えた出来事に、一瞬思考が止まる。

 そんな私の目に飛び込んできたのは、どこまでも続く空とその下に広がる緑、そして空との境界線まで伸びている広大な青い海だった。


「わぁ……!」


 波打つ水面が太陽の光を反射し、宝石のようにキラキラと輝いている。

 足下を見れば、先程まで立っていた地面がはるか下にあった。


「うん、見やすくなったね」

「フィズ! すごいね!! 飛んでるの!?」

「ううん、飛んでるわけじゃないよ。魔法の力を借りてちょっとジャンプしただけ」


 こんな上空まで来るのは”ちょっと”じゃないでしょ。

 ……ん? というか、今ジャンプって言った?


「フィズ、ただのジャンプってことは……」

「うん、落ちるよ」


 フィズが言い終わった瞬間、心臓がフワリと浮くような浮遊感が私を襲った。それと同時に、私達の体が急加速して落下を始める。


「ふわぁあああああああ!!」

「あははっ」


 フィズってば、雲に近い高さから落ちてるのに笑ってらっしゃる。

 楽しくて仕方がないと子どものように笑うフィズに、思わず私も笑顔になる。フィズのことだから、着地は心配してないからね。



 地面が近付いてくるとフィズは宙を蹴って軌道を変え、一際高いところにある崖の上に着地した。

 危なげのないその動作に、こういうことをするのが初めてではないことが窺える。


「あんなに高く飛ぶなら、一言ひとこと言ってくれればよかったのに」

「言わない方がビックリするかなって」

「ビックリしたよ」


 当たり前だよね。もはや夢を見てるのかと思ったもん。


「まあまあ、皇都じゃこんなことできないからさ。旅の思い出だよ」

「……そういえば、新婚旅行だったね」


 いろいろトラブルが起きまくってるから忘れがちだけど。


「うんうん。まあ、姫が嫌だったらもうやらないけど」

「……後でもう一回やってほしい」

「あはは、了解」


 ビックリはしたけど、普段は絶対味わえないスリルが大変楽しかったです。

 鳥って毎日こんな気分を味わってるのかな。羨ましい。

 空を飛んだ興奮を落ち着けていると、リュカオンが背中に伯父様を乗せて現れた。


「――おい皇帝、我らを置いていくでない」


 どうやら私達の後を追って走ってきたらしい。あんな無茶苦茶な移動方法だったのによくこんな短時間で追いついたね。


「高い高いをするにも程があるんじゃないですか? あんまりビックリさせてうちの姪の小さな心臓が止ったらどうしてくれるんです」


 リュカオンの背中から下りた伯父様が私を抱きしめ、フィズにぶつくさと文句を言う。さすがの過保護さだ。


「まあまあ伯父様、私は楽しかったから結果オーライだよ。移動も一瞬で楽だったし」

「シャノンちゃんが楽しいなら僕も嬉しいです。皇帝、よくやりましたね」

「手のひら返しはやぁ」


 伯父様は身内のこととなるとコロコロ意見が変わるね。だけどフィズはそんな伯父様にも慣れてきたようで、半笑いで応えている。


「……おい、なんだあの魔獣……」


 ぼんやりと遠くを眺めていたリュカオンが不意に呟いた。

 視線の先を目で追うと、すぐにリュカオンが何を見ているかが分かる。

 それは、イカのような姿をした巨大な魔獣だった。私達が乗ってきた船の半分くらいの幅がある。

 イカの原型は前に出かけた時、市場で見たから私でも分かるのだ。


「……あのイカ、何かを運んでませんか?」

「え?」


 伯父様の言葉で目を凝らしてみれば、確かに魔獣が二本の脚を海面から出し、その上に何かを載せていた。

「ウェイトレス志望かな」

「んなわけあるか」


 リュカオン冷静な突っ込みありがとう。

 にしても、あそこに載ってるのなんだろう。遠いから黒いつぶつぶの集合体にしか見えないけど……。


「――もしかしてあれ、魔獣じゃないですか?」

「え!?」


 伯父様の言葉にギョッとし、目を凝らして巨大イカの手元を見る。すると、ただの黒い塊の集合体だと思ってたそれらがそれぞれ動いているのが分かる。

 そしてさらによく見ると、角や鋭い牙の生えた魔獣達の輪郭がぼんやりと捉えられた。


「……ほ、ほんとだ……」


 よく見えないけど、大小の魔獣が十~二十体くらい載ってるだろうか。あのイカの魔獣が巨大すぎるから、そのくらいの数の魔獣は簡単に運べそうだ。

 すると、隣でフィズが合点がいったように「なるほど」と呟く。


「どうして周りを海で囲まれている島で急に魔獣が大量発生したのか疑問に思ってたけど、あいつがどこかから運んできてたのか。間引いてもどこからか補充されてるのなら、そりゃあ魔獣の数が減らないわけだね」

「なんて傍迷惑な」


 どこから持ってきたのかも、どうしてそんなことをしているのかも分からないけど、あのイカがせっせこせっせこと魔獣を運んできてたわけだ。それじゃあ、毎日少しずつ魔獣を倒しても完全駆除はなしえないね。



 どうやら、あの巨大イカはウェイトレス志望じゃなくて引っ越し業者だったみたいだ。











この作品のコミカライズ1巻が4/22に発売予定です!

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Twitterです!更新報告とかしてます!
<書籍2巻は2024/12/6発売です!>
お飾りの皇妃書影
ぜひお手に取っていただけると嬉しいです!

― 新着の感想 ―
イカ丸ヤマトか・・・・・
「……あのイカ、魔獣を運んでませんか?」 「――もしかしてあれ、魔獣じゃないですか?」 後の文で魔獣だと気づいたみたいなので、前の文は『魔獣』を『何か』とかにするのはどうでしょうか?
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