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【169】期待されるとやりたくなくなっちゃうんです





「シャルちゃん! ギルドの前を掃除しておいたよ!!」

「俺もゴミ出ししといたからな!」

「わぁ! ありがとうございます!」


 ギルドで受付をしていると、傭兵の人達が次々に笑顔で報告に来る。強面でがたいのいい人達がそんな風に接してくるものだから、もう大型犬にしかみえない。

 うちの小さな狼さんは私の懐で大あくびをして落ち着き切ってるけど。まあ、今のリュカオンの見た目は子犬だけど、中身は神話レベルの長寿だからね。

 ただ、同じ長寿でも伯父様はリュカオンとは対極の反応を示していた。

 普段通りの涼しげな笑みを口元に浮かべてはいるものの、内心は大荒れだ。なぜ伯父様の心を知ってるかというと、昨晩伯父様がリュカオンに愚痴りに来たからなんだけど。


『小僧達がうちのシャノンちゃん(かわいい姪)にデレデレデレデレと! うちの子に拝謁したかったら正装で来るべきでしょうに』

『そなた……本当に身内のことになると厄介な性格をしておるのう』

『当たり前でしょう。シャノンちゃんの笑顔はタダじゃないんです』


 タダだよ……。

 ベッドの中で目をつむり、頭の中でそう思う。

 それからお酒も飲んでないのにくだを巻く伯父様とそれをあしらうリュカオンの会話を聞きながら、昨晩の私は眠りについたのだった。


 

「――というか、いくらなんでも更生計画が上手くいきすぎてる気がするんだけど……クラレンス、なんかした?」


 ギルドからの帰り道、私の視線を受けるとクラレンスの肩がビクッと跳ねた。だけど、すぐにいつもの爽やかな笑顔で私を見返してくる。


「一体なんのことですか? 全く心当たりがないですけど」

あるじに隠し事をする騎士はどうかと思う」

「すみません! ちょ~っっとだけ術を使いました」


 勢いよく頭を下げて自白するクラレンス。


「でも、そんなにですよ? 真っ当な労働にやりがいを見いだせるようにちょこっと催眠術をかけただけです」

「……本当に?」

「本当です! 僕はシャノン様の忠実な騎士ですから! 非人道的なことはしてませんよ! 心の底から嫌がっていたら何の効果もないくらいのうっすい催眠ですし!! 自分の心に少し素直になれるくらいの効果です」


 クラレンスは腰を折ったまま、必死な形相で私を見上げてくる。

 まあ、この感じからして嘘はついてないんだろうな。


「……今回は不問にするけど、あんまり能力を乱用するのはダメだからね?」

「分かりました! もちろん、この能力はシャノン様のためにしか使う気はありませんよ」


 元気よく返事をするクラレンス。

 心の底からそう思ってるんだろうけど、いまいち胡散臭さを感じるのはなんでなんだろう……。あ、過去の行いか。


「シャノン様? なんでそんな疑わしげな目で僕を見るんですか? 神獣様とテディまで。同じ表情が三つでかわいい~」


 スンとした表情でクラレンスを見上げていると、リュカオンとテディも同じ表情をしていたらしい。

 だけど、クラレンスはショックを受けるどころかかわいいかわいいと私達を愛でる。肝が据わってるね。


「姫、そんなのじゃなくて前を向いて歩こうね。転んで怪我をしたら今後は抱っこ紐移動だよ?」


 クラレンスをまじまじと見詰めていると、隣のフィズが私と繋いでいる手をクイッと引いた。

 フィズはやたらと抱っこ紐を使いたがるね。そんなに一人で歩かせてると危なっかしいかな。今だってかろうじて一人で歩いてるけど、転ばないように手を繋がれてるし。

 離宮の絨毯の上で転ぶのはまだしも、この治安が悪目で道ばたにゴミが転がっているような場所で傷を作るのはフィズ的にはNGらしい。


「フィズ、かわいい子には旅をさせろだよ!」

「かわいすぎる子は温室でぬくぬくさせる主義なんだよ。旅なんてさせたらすぐにどこかに連れて行かれちゃいそうだし」

「あ、それ分かります。いつ誘拐犯が現れるか護衛の僕達もヒヤヒヤですよ。人を惹きつけますからね。ギルドに来る傭兵達の間でもシャノン様の握手会とか企画されてますし」

「もうギルドの受付関係ないね」


 受付嬢との握手会ってなんだ。


「シャノン様ってばかわいいですからね。クルンと風呂敷に包まれて誘拐されちゃわないか心配で仕方ないんですよ。サイズ感もミニサイズですし」

「そこまで小さくはないでしょ」


 実際の身長よりも小さめに見られるけど、風呂敷に入れる程小さくはないんだけどな……。


 そんな話をしていると、滞在している教会に辿り着いた。


「――あ、みなさんお帰りなさい」


 帰ってきた私達を出迎えてくれたのは、エプロンをつけた神官服の青年――シモンだった。

 頭には三角巾、そして手にはお玉を持った、なんとも家庭的なお出迎えである。


「ごはんできてますよ~」


 ほのぼのと微笑むシモンに、私達はほっこりする。

 ほんの少し関わっただけだけど、すごく優しい青年なんだと分かる。のびのびと育ったであろう朗らかさがあるし、纏う雰囲気がとても柔らかくてこっちまで優しい気分になる。

 それに、なんと言ってもごはんがおいしい。城で食べるような完璧な料理ってわけではなく、なんというか家庭的な味がするのだ。

 私達はみんな家庭料理みたいなものは食べてきていないけれど、それでもこういうのがおふくろの味なんだろうなって感じるようなごはんなのだ。

 一つ難点を挙げるとすれば、敬虔すぎるミスティ教徒である彼が神獣や神聖王国の素晴らしいところなどを暇さえあれば弾丸トークしてくることくらいだ。だけど、リュカオンへの褒め言葉をたくさん聞いているようで、私としては喜ばしい。

 照れくさそうにするリュカオンや伯父様の姿も見られるしね。






 シモンのごはんを食べた後、私達は一つの部屋に集まった。


 そういえば、怪我をしてからまだ二日しか経ってないのに受付のお姉さんが心配で戻ってきちゃったんだよね。怪我したまま動いて大丈夫なのか心配だけど、本人がもう復帰すると聞かないのだ。医師にも許可をとっているらしいので、問題はないんだろうけど。


 改心した冒険者のみんなはお姉さんとも打ち解けてるし、今後もいい関係を築いていけるだろう。

 あのギルドはもう大丈夫だね。

 となれば――


「クラレンス、問題の北方はどうだった?」


 この小さなギルドにはそこまで人手は必要ではなかったので、クラレンスとノクスに魔獣が大量発生しているという北方を空いた時間で見に行ってもらっていたのだ。


「確かに北方の森には魔獣が大量にいました。傭兵も、この場所とは比べものにならない程近くの街に逗留してましたよ」

「それでも、事態はまだ収束してないの?」

「……みんな、最低限しか……戦う気……ない……」

「キュ!」


 ノクスの言葉に同意するように、狐がコクコクと頷く。


「そうなんですよ。傭兵達は人里に害が出ない程度に魔獣達を払いのけるだけで、殲滅に乗りだそうとしている様子はないんですよね。あれだけ大人数の傭兵が揃っているにも関わらず」

「やる気がないのかな? でも、依頼なんてさっさと片付けちゃった方がいいんじゃないの?」

「本来はそのはずなんですけど、ここの新たな領主が魔獣が発生している間は破格の滞在条件を提示しているらしいんですよ。なので、できるだけ滞在を延ばすために最低限の仕事しかしないんだとか」

「それはまた……」


 魔獣をどうにかして欲しいがための条件のはずだろうに、そのせいで傭兵達は魔獣を倒さずにいるのか。


「自分達のおかげで日常生活を送れているんだと傭兵達が大きい顔をして好待遇で滞在しているので、新しい領主の評判も北方では特に低いようですよ」

「そうなんだ」


 まあ、悪いのは傭兵達なんだけど、一応は自分達を魔獣から守ってくれてるからね。こんな傭兵達を誘致し、中々問題を解決できない領主の方にヘイトが向くのは自然なことなのかな……?

 ただ、こんなことをして領主に得があるとは到底思えないんだけど……。


 なにはともあれ、私達がやるべきことは一つだ。


「――それじゃあ、私達で魔獣を倒しちゃおっか!」


「「「……」」」


 おー!! という元気な掛け声を期待していたんだけど、返ってきたのは無言だった。

 およ?

 無言でこちらを見るみんなは、なんだか心配そうな顔をしている。

 なんだなんだ? と首を傾げていると、狼サイズのリュカオンがスリッと頬ずりをしてきた。


「皆、シャノンを心配しているのだ。故郷からこの国にやってきた時、魔獣に襲われただろう?」

「そんなこともあったね。でも、リュカオンが助けてくれたでしょ?」

「まあ、そうだが……」

「だからあんまりもう気にしてないよ。それより、仲間外れにされる方が嫌」


 そう言うと、だがなぁ……とリュカオンが言い淀む。


「我としてはその時のことを思い出させないように、ここで留守番をしていてほしいのだが……。我も一緒に留守番をしてやるから」

「やだやだ! 私も行く! 連れてってくれないと駄々こねるよ!」


 むっと頬を膨らませる。


「え!!! 駄々をこねる皇妃様が見られるんですか!?」


 瞳を輝かせてガバッと顔を上げる伯父様。


「……」


 えぇ……期待されるとなんかやりづらいな……。

 私は伯父様の期待から逃れるように、反対側のフィズに視線を移す。すると、フィズも「え? 姫の駄々をこねる姿が見られるの?」とワクワクしてらっしゃった。

 ……これはやった方がいいのかな……?


「これこれ、お前達、シャノンを困らせるな」

「そう言う神獣様こそ、拗ねる姫がかわいくて仕方ないくせに。顔、デレデレですよ?」


 クイッと片眉を上げて笑うフィズの視線の先には、思いっきり目尻を下げて尻尾をブンブンと振るリュカオンがいる。


「うちの子は我が儘を言ってもかわいいのう。仕方ない、共に行くのはよいが、怖くなったらすぐに我に言うのだぞ?」

「うん!」


 さっすがリュカオン! 話が分かる!!

 私はありがとうの意味を込め、リュカオンにむぎゅっと抱きついた。


シャノンちゃん(皇妃様)の駄々……」


 伯父様は諦めてね?







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