【168】どう考えてもお姫様 ギルドの受付嬢視点
***受付のお姉さん視点***
怪我をした当日は発熱したこともあり大人しく寝ていたけれど、翌日は心配になったのでギルドに顔を出すことにした。
松葉杖を突き、えっちらおっちらとギルドに歩いて向かう。
私が心配なのは、ギルドの運営よりもあの少女のことだった。否応なしに目を奪われる美少女が、なんと私の代わりを申し出てくれたのだ。
普通ならば子どもに代わりなんて無理だと突っぱねるところだけど、あの少女にはそんなことを思わせないオーラのようなものがあった。それだけで信用してしまった私も私だけど。
ただ、野蛮な奴らがあの妖精に暴言や暴力を振るっていないか、とても心配である。なぜかそんなビジョンは浮かばないけど、それでも妖精の無事を確認しないと落ち着かない。
いつもの倍以上の時間をかけて歩くと、私はなんとかお昼前にギルドにたどり着くことができた。
そしてギルドの入り口をくぐった瞬間、雰囲気の違いを感じる。
あれ? なんかいつもよりも人が多いような……。
常に閑古鳥が鳴き、やっと人が来たと思えば柄が悪くてむさ苦しい男という始末の弱小ギルドだが、今日はなぜか活気があった。見覚えのある顔もちらほらいるけれど、別人かと思う程その表情が違った。
い、一体なにが……。
悪い変化ではないことは薄々感じつつも、みんなの視線の先へと脚を進める。
するとそこには、信じられない光景が広がっていた。
「は~い、依頼完了ですね! お疲れ様です!」
小さな少女が自分の顔の半分ほどの大きさのハンコを両手で持ち、ポンと依頼達成のハンコを押す。おぼつかない動きだけど、大変かわいらしい。
ついつい少女の観賞に興じようとしてしまった私の意識を引き戻したのは、ズラリと一列に並んだ傭兵達だった。十数人はいるだろうか。厳つい顔をした男達が行儀良く並んでいる光景は、かわいらしい少女をこよなく愛す私の視線をも奪った。こんなにも行儀のいい彼らなど、これまで見たことがなかったからだ。
本当に何があったんだろう……家族でも人質に取られてるんだろうか……。
だけど、列に並んでいる彼らの表情はそんな表情ではなかった。むしろ少年のような生き生きとした瞳をしている気がする。
誰だあいつらは。
私が今まで相手をしていた破落戸とはまるで別人になっている。
「――シャルちゃん! 俺、もう依頼をこなしてきたぜ!!」
「お疲れ様です」
「で、こっちは次に受ける依頼だ」
「分かりました、受理しますね」
よいしょっと受理のハンコを持ち上げた少女を見て、依頼書を提出した男が「かわいい……!」と呟く。デレデレしまくりだ。いや、あんなにかわいかったら無理もないか。
「がんばってください」と言われた彼は、孫を溺愛する祖父のような顔つきになりながらカウンター前から退いた。というか、後ろに並んでいた人が退かしたと言う方が正しいかもしれない。
「うわぁ、ほんとにちっちゃくてかわいい……! シャルちゃん、俺も依頼完了報告を頼むよ」
「は~い」
ファンミーティングかな?
私には彼らが傭兵ではなく、ただのファン集団にしか見えなかった。
もう少し態度をよくしろと思ったことは何度もあるけど、デレデレした男達の顔を見てもなにも面白くないな……。というか、私も列に並んであの子とお話したい。
――でも、彼らは気付いた方がいいと思う。少女の背後に立っている二人の青年の纏っている不穏なオーラに。
少女の両斜め後ろにそれぞれ陣取っている彼らは、二人ともフードを深く被っているのでハッキリと顔は見えない。だけど少しだけ見える部分から察するに、先日話した時に神官服を着ていた男性と、一際高貴そうな雰囲気を纏っていた男性だろう。
彼らは受付の作業を手伝う訳でもなく、少女の後ろに立っている。まあ、彼らが受付をしていても誰もそちらには行かないだろうしね。
だけど、彼らはただ立っているのではなく、少女に何かあればいつでも動けるようにしているのは長年の経験から伝わってきている。ここにいる十数名の傭兵達が束になってかかっていっても、彼らのどちらか一人の小指で軽くあしらわれるだろう。それくらいのオーラの差を感じるのだ。
まあ、寂れたギルドの運営よりは一人のかわいらしい少女の身の安全が大切だということは、私も同意でしかない。
箱入り娘っぽい少女が、急にこんなに大勢の人間と関わるとなったら保護者としては不安でしかないだろう。彼らと少女の関係は私には分からないから想像でしかないけど。
――にしても、こんなに積極的に依頼を受ける彼らを見たのは初めてだ。いつもは分不相応にも割のいい依頼しか受けないのに……。
そう思って私はふと、依頼書の貼ってある掲示板の方へと視線を移した。
所狭しと――どころか、依頼書がいくつも重なるように貼ってあった掲示板は、少しずつ後ろの板が見えてきている。これは私が知る限り、このギルド内では初の快挙だ。
依頼の未消化率の高さという頭痛の種が一晩でこんなに……!
天使なのは見た目だけじゃなかったようだ。
感謝いたしますマイエンジェル!!!
心の中で天使に感謝の祈りを捧げていると、巨体がこちらへと近付いてきた。
「――おう姉ちゃん、怪我の具合は大丈夫なのか?」
「ダンカンさん」
私に声をかけてきたのは、このギルドの常連のダンカンさんだ。短く刈り込んだ黒い髪に鍛え抜かれた筋肉を持つ、数少ないまともな人でもある。
「ご心配いただきありがとうございます。脚の骨が折れただけなので問題ありません」
「そうか、命に関わる怪我じゃなくてよかった。姉ちゃんを突き飛ばした奴は今、警備隊で留置されてるらしいぞ」
「そうなんですね、教えていただいてありがとうございます。警備隊の方にも後で伺うことにします」
そう返すと、ダンカンさんが奇妙なものを見る目で私の顔を覗き込んできた。
「やけに冷静だな。自分に怪我をさせたガキに苛つかねぇのか?」
「彼もわざとやった感じはしませんでしたから。それに、人語を話すだけの猿のしたことに一々怒っても仕方ありません」
「おお……姉ちゃんも苦労してんだな……」
少し引きつつも私の心労を慮ってくれるダンカンさん。さすがこのギルドのまとも枠だ。あとは酔った時にギルドに来て踊りまくる酒癖を直してくれれば完璧なんだけど、その見込みはないだろうな……。素面の時はまともだからいいけれど。
「――なんだぁ? この列。お前らお行儀良く並んじまってどうしたんだよ」
ダンカンさんと話していると、突如やってきた刺々しい声がギルドの和やかな雰囲気を切り裂いた。
声の主は最近新しくこの島にやってきた若い傭兵だ。彼は並ぶ同業達をバカにしたようにハッと笑った後、スタスタとカウンターの前まで歩いて行った。
受付に用があったらしいが、要件を口にする前に少女が手で青年を制する。
「並んでください。割り込みは禁止です」
「ああ? 誰に口きいてるんだ? ちょっと……いや、かなりかわいいな――かなりかわいいからって調子乗んじゃねぇぞ!!」
少女のかわいさに気付いて少し勢いを削がれたようだけど、それだけで苛立ちは収まらなかったようだ。
「のってません。普通のことを言っただけです」
「うるせぇ! 俺に指図すんじゃね――」
言い終わる前に、青年の体は突如現れた竜巻によって天井付近まで舞い上がっていた。先程とは真逆のか細い悲鳴を上げながら。
なんという雑魚キャラ。
少女が青年に向けて手をかざしていたから、これは少女の魔法なんだろう。突然の出来事だったから私も驚いた。
だけどそれ以上に驚くべきことは、標的である青年以外は誰も巻き込んでいないことだ。風という形ないものかつ、動きあるものをこれだけ精密にコントロールするためにはかなりの魔法センスが必要になるだろう。
しかも魔法の使い手であろう少女は、青年を洗濯するようにグルグルと回している間も普通に受付の作業をこなしていた。天才すぎる。
そしてさすがの冒険者達も、今だけは少女ではなく竜巻へと視線を向けている。
すると、少女が「あ」と何かを思い出したような声を出した後、天井付近でグルグルと回転している青年を見上げた。
「その魔法はあと三分で消えるので、立てるようになったら依頼書持って並んでくださいね」
それだけ声をかけると、少女はすぐに受付作業に戻る。
かわいいのにちょっとクールなのね、でもそこもいい……!!
それから暫くは細長い竜巻が出現していたけれど、そこかしこから「やっぱすげーな」、「俺達も昨日あんな感じだったのか~」、「無謀なことしてたんだな」などという話し声が聞こえてきていた。
「……もしかして……」
「ああ、ここにいる冒険者達の半分くらいは昨日、これをやられたみたいだぞ。俺はいなかったから見てはいないが」
「恨みに思ってやり返しに行きそうなものですけど……」
「まあ、よくも悪くも俺達が物事を測る尺度は強さだからな。自分より強い奴は否応なく尊敬の対象だ。俺ですらあの子に勝てるビジョンは浮かばないしな。それに加えて、あの嬢ちゃんは俺達の弱さをバカにするでもなく煙たがるわけでもなく普通に接してくれるからな。奴らはそれでほだされたようだ」
困った奴らだぜ、と言うような顔をしたダンカンさんだけど、その後姪をかわいがる親戚のおじさんのような顔で少女に接していたのを私はハッキリと目撃した。
自分も一緒じゃん。
だけど、単純な男達は少女にいいところを見せたいがためにギルド前を自主的に掃除したり、床に落ちているゴミを拾ったりするのでギルド内の治安は爆上がりだ。
あの少女が来てから一日でギルドの雰囲気は驚きの変貌を遂げている。
――いや天才か? かわいくていい匂いがして柔らかくて強いなんて夢の生物、本当に存在するんだ。がんばったご褒美に抱きしめてあげたい。いやむしろ何もなくても抱きしめたい。
そんなことを思っていると、少女の近くにどこからか二人の人物がやってきた。狐を連れた黒髪の少年と、薄水色の髪の優しげな顔立ちの青年だ。
「シャルさ――ちゃん、そろそろ休憩しなくて大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫だよ」
「じゃあ……せめて水分補給……」
狐を連れた少年がコップに入った水を差し出すと、少女はそれを受け取り、んくんくと飲み始める。
その姿はミルクを飲む子猫のようで、ギルド内がほんわかとした空気に包まれた。
ほんわかなんて擬音をギルドの雰囲気に当てはめようと思ったのは初めてである。
それだけ、あの少女はこのギルドに変化をもたらしてくれたのだ。
本当に感謝しかない。天使はこの世に存在した。
――ただ、もしもあの完璧美少女に欠点をあげるとするならば、身分の偽装が上手くないということだろう。
控え目に言っても、お忍びで来たお姫様にしか見えないからね。