【167】なにこれデスゲーム?
午前中は一人二人しか訪問者のいない、閑散としたギルドそのものだった。
だけど、午後からは午前とはガラッと様子が変わった。
お昼休憩の時間も終わったので、伯父様がギルドの扉を開けに行く。そして開けた瞬間――
「うわっ、なんかいっぱいいるんだけど!?」
「ん?」
何がいっぱいいるんだろう――と思う暇もなく、大量の人がなだれ込んできた。
「ぴゃっ!?」
順番など考えず、我先にと人々が駆け込んでくる。ダダダダッと迫り来るその姿はまるで闘牛のようだ。
カウンターに立って待機していた私だったけど、大量の人にびっくりして斜め後ろにいたフィズに飛びついた。
跳躍力が足りなかった私を難なく抱き上げたフィズは、ポンポンと背中を撫でてくれる。
「おーよしよし、いきなり大量の人が来たからビックリしたねぇ。今日はもうおうちに帰ろうか」
私に甘いフィズは早々に職務放棄を勧めてきた。そして、私の懐にいるリュカオンも小声で「それがよいな」と同意する。
この甘やかし集団め。
「――おー、ほんとになんかちっせぇのがいるぞ!」
「こっちの抱っこされてんのがいつものねーちゃんの代わりに受付してんのか?」
「こんな甘ちゃんに俺らの対応なんかできるわけねぇだろ。今にも泣きそうじゃねぇか」
「兄ちゃんに抱っこされたままさっさと家帰んな」
フィズに抱っこされる私に、次から次へと野次が飛ばされる。
どうやら、この人達はギルドではなく私目当てで来たらしい。物珍しさで来た人が半分、慣れない新人をいびってやろうって人が半分くらいかな。
ギルドの受付が代ったくらいでこの人の集まりよう……みんなどんだけ暇なんだ……。そんなにやることがないならさっさと北方の魔獣退治にいけばいいのに。それとも、そうしない理由でもあるのかな……?
そんなことを考えていると、フィズがこそっと耳打ちしてくる。
「姫どうする? ほんとに今日はもう帰る? まともな用事がある人はいなそうだし」
「ううん。お姉さんから任されたのにここで投げ出すのはちょっと……」
「そっか」
ただ、このギルドの有様ではちゃんと用事がある人が利用できない。
さっきから伯父様が「用のある人は順番に並んでくださーい」と声をかけてるけど、誰一人耳を貸さないし。なるほど、元々この地にいた人達も、新たに来た人達も基本的にはマナーが悪い人達が集まってるのか。
これでは、お姉さんもさぞ苦労をしていることだろう。
こうしてフィズと話している間もひたすら野次が続いてるし。
「おい嬢ちゃん、無視すんじゃねぇよ!!」
反応がなかったことが気に障ったらしい人が怒鳴り声を上げた。どれだけかまってほしいんだろう。これだけ人数がいるんだから、全員にお返事なんてできないんだけどな……。
「はいはい、ギルドに用事がない人は出ていってくださいね~」
こめかみに青筋を立てた伯父様が、口調だけは優しく促す。だけど実際のところ、かわいい姪を怒鳴りつけたこの人に内心ではかなりご立腹だろう。
「あぁ!? うるせぇんだよ!! 俺に指図すんな!!」
たったそれだけのことでブチ切れたらしい男性が、伯父様に向けて拳を振り上げた――
次の瞬間、ドゴォォンッ!!!! と破壊音が響き、ギルドの中が一斉に静まり返った。
みんなの視線の先には、柱にぶつかって気絶している一人の男性がいる。それは伯父様――ではなく、伯父様を殴ろうとしていた人だ。
もちろん自発的に吹っ飛んでいったわけではない。となれば、みんなの視線は次に男性を吹っ飛ばした犯人――即ち、私の方に向いた。
そう、未だにフィズに抱っこされている、懐に子犬を抱えた少女だ。
ここにいる傭兵の人達は、何が起きたか分からなかったのだろう。その場は暫くの間、静寂に支配されていた。
とはいえ、私達からすれば何も難しいことはない。伯父様を害そうとした人を私が風の魔法で吹き飛ばしただけだ。
伯父様のことだから自分でなんとかできただろうけど、反射的に動いちゃったものはしょうがないよね。
「姪が……僕のことを……!!!」
チラリと伯父様の方を見れば、密かに喜びを噛みしめているようだった。
うん、伯父様が喜んでいるならなにも問題はない。
「おいお前! うちの仲間に何してくれてんだ!!」
「そうだぞ、どう落とし前付けてくれんだ!!」
「小さくてかわいいからって容赦しねぇからな!!」
次は、吹っ飛んでいった男と親交のあったらしい三人の男性がこちらに怒鳴ってきた。
「……」
すると、フィズが無言で私を足台の上に置き、前に出ようとする。だけど、私はそんなフィズを引き留めた。
「姫……?」
「フィズは手を出さないで。私がやる」
なにせ、この人達が怒る原因を作ったのは私だからね。
自分で対処すると言っても、懐の中にいるリュカオンは私を止めなかった。
そして、未だに喚いている三人を見上げると、三人がギロリと鋭い眼光でこちらを見返してくる。
「先に手を出そうとしたのはあの人なので、それに関しての苦情は受け付けません。あと、ギルドに用のない人はお帰りください。これ以上居座る方は未消化の依頼を受けていただきます」
「はあぁ? お前何言ってんだ?」
「用のない方はあと一分以内にお帰り下さい」
だけど私とこの人達が揉めている状況が面白いのか、それともちびっ子の言うことは聞きたくないのか、はたまた他の理由かは分からないけど、一分経っても出て行く人は誰もいなかった。
「伯父――神官さん、扉を閉めてくれる?」
「りょうか~い」
伯父様はささっと動き、ギルドの入り口の扉を閉めた。これで新たに人が入ってくることはない。だけど逆に言えば、ここにいる人達が逃げられなくなったということでもある。
しかも、施錠する時に伯父様が何かしらの魔法を発動した気配がしたので、出ようと思っても一筋縄ではいかないだろう。
「ここから出たかったらこちらの未消化の依頼を一つ以上受けていってください。受ける依頼の難易度は問いませんが、自分でこなせる難易度のものにしてください。依頼の放棄や依頼主からの苦情があれば、その程度に応じてランクを落とさせていただきます」
これは私が作ったルールではなく、お姉さんに教えてもらったギルドのルールだ。
「――おい! このドア開かねぇぞ!!」
誰かが扉を開けようとしたらしい。だけど、力任せに開けようとしてもびくともしないようだ。経年劣化していてすぐに壊れそうな扉なのに軋むことすらしないことに、さすがの彼らも疑問を持ったらしい。
扉の近くにいた数人が次々に扉を開こうと挑み、破れていく。
既にカウンターの内側に戻ってきていた伯父様は、私の隣でニコニコと微笑みながらその様子を眺めていた。
「おいお前! 何しやがった!!! 俺達をここから出さないつもりか!!」
「依頼を受けてくだされば出しますと申し上げたはずです。草むしりや道の掃除の依頼でも、なんでもいいですよ。依頼を受けない傭兵ばかりが集まるせいで消化率が悪いんです。もちろん報酬は規定通りお支払いします。ただ、依頼を受けない方は死ぬまでこの建物からは出しません」
もちろんそんな七面倒なことをする気はないけど、このくらい脅してもいいだろう。
すると、後ろからコソコソと話す声が聞こえてきた。
「なにこれ、デスゲーム?」
「シャノンちゃん主催のゲームなら是非参加したいところですね」
「分かる。人を脅す新鮮でかわいい姫を拝むためだけに参加したい」
そんな物騒なゲームには、たとえ私が主催だろうと参加しないでもらいたいよ。しかも動機が動機だし。
というか、私はフィズ達と違って位の高い人特有のオーラというか、迫力がないから人を脅すのには向いてないんだよね。どうがんばっても小動物の威嚇にしかならない。だから、今回の脅しもあんまり響かないのは承知の上だ。
そう思ってたんだけど、私が出さないと言い切ったところで、この中ではまともそうな数人が動き出した。おそらく、この中でも察しのいい人達なんだろう。
彼らは掲示板の前に移動すると、依頼書を選び始める。物分かりがよくて何よりだ。
「お、おい、お前ら!?」
「あなた方も、早く選びにいったらどうです? いい依頼がなくなっちゃいますよ? それとも、一生ここに居座るつもりですか?」
「て、テメェ!!!」
目の前の人が再び怒り出す。
自分でも、もっと穏便な言い方があるのは分かってる。だけど、こっちだって伯父様を害されそうになって怒ってるのだ。その拳が決して伯父様に届かないことは分かりきっていても、腹立たしいことには変わりない。
「――おいお前ら、こいつらボコしてさっさとここから出るぞ!!」
「「「おーー!!」」」
その言葉に、この場にいた半数くらいの人が同調した。残りの半分は、さすがに子どもに暴力を振るうのは……と尻込みしているようだ。後者は、比較的私に好意的な声をかけてくれてた人達だね。
好戦的な十数人ほどの人達は頭に血が上っているようで、私が子どもだということは既に考慮していないらしい。各々武器を手にして、戦う気満々だ。さっきので私が魔法を使えることはバレてるからね。
「オラァッ!!!!!」
そして、野太い掛け声と共に剣が振り下ろされた――
「おらあ!」
――ので、私も魔法で反撃をする。
室内に巨大な竜巻が出現し、武器を持った人達だけを次々に巻き込んでいった。
「ぐあああああああ!!!」
「なんだこれ!!」
グルングルンと回る人達が手放した武器がゴトゴトと地面に落下していく。
「あ~あ、武器を手放すなんて三流にも程があるね。武器がなくても状況を打破できる実力があるならまだしも、そうじゃなさそうだし」
「そもそも、相手との力量差が分からない時点でじゃないですか? かわいくて賢くて強い究極生命体だってこの世には存在しているのに、外見だけで弱そうだって判断するからですよ」
「それはそうだ」
竜巻を眺めながら、フィズと伯父様がのんきに話す。
「ふん、うちのシャノンは世界でも指折りの魔法の使い手だぞ。こんな有象無象がシャノンに挑もうなど身の程知らずにも程があるわ」
リュカオンも私の懐の中からドヤる。
そろそろいいかなと魔法を解除すると、目を回した男の人達がボトボトと落ちていき、床に伏す。
「なんでこんなチビが……」
「細っちくて腕力なんて蝶々よりもなさそうなのに……」
蝶々よりないは言い過ぎでしょ。
竜巻に巻き込まれた人達だけど、立ち上がる元気はなくともまだ減らず口を叩く余裕はあるようだ。
「――じゃあ、第二ラウンド行こうか」
まだ懲りないようなので、再び魔力を練り上げる。
「「「ぎ……ギャアアアアアアアアアアア!!!」」」
私が魔法で反抗的な傭兵達をボコしている横では、伯父様が「依頼を受ける方はこちらでーす」と、依頼の受理をしてくれていた。さすが伯父様。
比較的こちらに好意的な反応をしていた人達は、さっさとそちらに流れていった。
そして依頼を受けた傭兵さんは、いつの間にか開いていた扉から出て行く。あの感じだと、しっかり依頼をこなしてくれるだろう。
「……お……俺も外に……」
「あ、お兄さんはまだ駄目だよ。依頼受けてないでしょ?」
床を這って外に出ようとした傭兵さんを魔法で引き戻す。
「ぎゃああああああああああ!! 助けてくれえええええええええ!!!」
「ぐ……すまん……強く生きろよ……!」
そうして、素直に依頼を受けた傭兵さんは走り去っていった。
逃げたね。
それから一時間もしないうちに、傭兵達は一人残らず依頼を受けて出ていった。
うんうん、未消化依頼も減ったし、ギルドの中も静かになったしで一石二鳥だね。
ただ、我ながらやり方がちょっと乱暴だった気もする。私も伯父様が殴られそうになって頭に血が上ってたのかな……。
そうやってちょっぴり反省していると、フィズが私の顔を覗き込んできた。
「姫、どうしたの?」
「いや、もうちょっと穏便な方法があったかなって」
「なんだ、そんなこと? 何でも力で解決するような奴らは力でねじ伏せないと分からないから、これでいいんだよ」
あっけらかんと言うフィズ。
なるほど、じゃあいっか。ここの人達にはお灸を据えたほうがよさそうだったしね。
――お姉さんの情報が正しければ、この島の北方に漂流した魔獣達を倒せば根本の問題は解決するだろう。だけど、ここに集まった素行の悪い傭兵達がすぐに散っていくとは考えづらいし、今度は別の場所で同じことをやるだけな気がする。
となれば、ついでに傭兵達を更生させちゃった方がいいよね!
――傭兵更生計画、始動である。





