【17】お姫様、外の世界に飛び出す
この作品の書籍化企画が進行中です!
イラストレーターさんや発売時期などの詳細はこれからなので、徐々にお知らせできればなと思います!
書籍化に伴ってなろうから作品を削除することはないので、引き続き「お飾りの皇妃? なにそれ天職です!」をお楽しみください!
思えば、自力で城の外に行くというのは人生で初めてかもしれない。
嫁いでくる時は途中までは馬車、そして死にかけた後はリュカオンに運んでもらったし。私は道はおろか、所要時間すら把握していなかった。
「セレス、あなたの故郷まではどのくらいかかるの?」
「二日です」
「ふ、二日!?」
精々三時間とかじゃないの!?
「はい、帝国の端も端ですので。でも、空気が綺麗なのでのびのびと過ごせますよ。帝都から遠いので偉そうな貴族様も来ませんし。……あ、すみませんお気を悪くされましたか?」
「ううん、自分のことじゃないのは分かってるから全然気にならないよ」
私は敬語も使えるタイプのお姫様だ。我ながら偉そうとは程遠いと思う。むしろ威厳がなさすぎる。
ケロリとする私にセレスが微笑んだ。
「うふふ、お嬢様は少し変わったお方ですね」
「嫌?」
「いえ、とても好ましいです」
「だよね」
「うふふふっ」
さすが元城勤めの侍女、笑う時も上品だ。黙ってる時は少し冷たくて真面目な印象があるけど笑うととってもかわいいね。
私の呼び方は「お嬢様」で固定されたようだ。偽名で名乗ったシャルと言われても反応できない自信があるので私としても助かる。
「お嬢様、移動するのにその格好では少々目立ちます。なのでこちらを羽織っていただけますか?」
「分かった」
セレスが差し出してきたのは庶民用の外套だった。たしかに、私が今羽織ってるのじゃあ庶民に混ざるには物がよすぎるね。
セレスに差し出された外套を大人しく着る。今まで着ていたのはリュカオンに収納してもらった。
「セレスは上着を羽織らなくていいの?」
「はい、侍女が上着を着ては見栄えが悪いですから王城の侍女服はとても温かいんです。なので外套も必要ありません。ふふ、退職金代わりにくすねてきちゃいました。帝都以外では目立つので途中で着替えますけどね」
そう言っておちゃめに笑うセレス。
侍女服をくすねるのは大賛成だけど、王城内の侍女の体制は大丈夫なのかと不安になる。まあその辺は後でだね。
そして、私達は門から外へと出た。
セレスの後をちょこちょこついて歩くと、馬車の停留所にはすぐ到着した。
あんまり遠くなくてよかった……。
停留所のすぐ手前でセレスが私の方を振り向く。
「―――ではお嬢様、馬車に乗りましょう。先払いなのですがお金はお持ちですか?」
「うん」
私は懐から金貨を取り出した。先程セレスに渡したのと同じやつだ。
「……」
それを見たセレスが少し黙り込み、サッと周りから私を隠す。
「えっと、お嬢様、もう少し細かいお金はございますか? それでは少々額が大きすぎます」
「う~ん」
巾着袋を覗き込んでみたけど、中は真っ金金だった。
「ごめん、これしかなさそう」
「そうですか……では、一旦私が立て替えさせていただきます」
「ご、ごめん」
やばい、早速迷惑をかけてる。できるだけ足を引っ張るまいと思ったのに。
迷惑をかけるとしたら体力のなさだと思ってたけど、まさかの世間知らずさで迷惑をかけてしまった。リュカオンの少し呆れた目線が刺さる。
む、自分は乗合馬車の値段が分かるっていうの? ……リュカオンなら分かりそうだね。
素直に謝る私にセレスさんが微笑む。
「いえ、貴族の方は乗合馬車など乗らないことを失念しておりました。私の方こそすみません」
「セレスが謝ることじゃないよ。ごめんね、後で報酬と纏めて払うから」
「はい、ではしっかりと覚えておきますね」
私に罪悪感を覚えさせないためか、少しおどけてそう言ってくれる。こんな素敵な女性を手放すなんて、王城はなんてもったいないことをしたんだろう。
セレスに馬車代を払ってもらい、私達は乗合馬車に乗り込んだ。
先に乗り込んだセレスに倣い、私も座席に乗せられているクッションの上に腰かける。
おお、思ったよりも座り心地が悪い。
長い間使われているのか、クッションはペタンコだった。お尻が痛くなりそう。
そんなことを考えていると、リュカオンが私の背中と背もたれの間にするりと体を滑り込ませてきた。寄り掛かってもいいということだろう。
ありがとうリュカオン。
私はお礼の気持ちを込めてリュカオンの頭を撫でておいた。するとリュカオンの目が気持ちよさそうに細められる。か~わい。
調子に乗ってそのままリュカオンを撫でくり回していると、馬車が出発した。
乗合馬車だから私達以外にも数人の乗客がいる。
「うわっ」
走り出した馬車が思った以上に揺れてびっくり。馬車を引くのが聖獣じゃなくて普通の馬だからなのか、それとも馬車の性能がそもそも違うのか。……両方か。
最初はぽんぽん跳ねて楽しかった馬車の旅だけど、次第に辛くなっていった。
「う……」
き、気持ち悪い……。
これが話に聞く乗り物酔い……!
吐き気がするのと同時にちょっと感動する。これが乗り物酔いか、辛いものとは聞いていたけれどこんな感じなんだね。
口を開いたら今にも胃の中のものが口からこんにちはしそう。だけど、今は身分を隠しているとはいえ私は一応お姫様。
オヒメサマ、ハイタリシナイ。
私はお姫様に夢を見る子ども達の夢と希望を背負っているのだ。たとえ身分を隠している身とはいえど無様を晒すわけにはいかない。
―――もし皇妃としての権力を振るえるようになったら、国営の乗合馬車だけでも乗り心地を改善しよう。
真っ青な顔で吐き気を堪えながら、私はそう決意した。





