【165】それなんてご褒美?
私達は一人につき一つの寝室を使うことになった。もちろんリュカオンは私と同じ部屋である。
部屋は離宮のクローゼット程の大きさで、中には一人用の机とベッドしかなかった。だけど普通に寝泊まりする分にはなんの問題もない。
「僕の主がこんな粗末な部屋を使うなんて……ショックすぎて気を失いそうだ……」
文句を言いながらもベッドやシーツの下、部屋の隅々まで調べていくクラレンス。
まあ、たしかにうちの侍女ズが見たら卒倒しちゃうかもしれないね。個人的には寝られればそれでいいけど。
「うん、危険物はないみたいですね。掃除が行き届いているかは若干不安なところがありますが」
そう言いながらクラレンスは窓枠をツーっと指でなぞる。どこの姑さんかな?
部屋の中を散々調べ回ったクラレンスは、散らかったシーツなどを完璧な状態に整える。
「皇妃様に使っていただくのには粗末な部屋だということは認めますが、教会にそんな危険なものは仕掛けられていませんよ」
「それでも確認しないことには落ち着けませんので。というか、なんですか父親って。あんな余計な嘘吐く必要ないでしょう。大方シャノン様に『父様』って呼ばれてみたいとか余計な邪念が働いたんでしょうけど」
クラレンス大正解。
だけど、伯父様の正体を知らないから大分不敬な物言いをするね。ミスティ教の信者が知ったら卒倒ものだ。伯父様がそんなことで腹を立てるとは思えないので、こちらとしてはただ新鮮だなぁという気持ちだけど。
チラリと伯父様の表情を窺い見ると、伯父様は意外な表情をしていた。
目を少し見開き、驚いた時の少年のようなあどけなさのある顔をしていた。これ、どんな気持ちなんだろう……。
「……なんですか?」
「いや、君おもしろいですね。身内以外からそんな風に乱雑な口調で話されたのは初めてですよ」
「うわ、なんですかその実は偉い人フラグ」
「まあまあ、細かいことは気にしないでください」
「いえ、僕は相手によって態度を変える人間なので細かいことじゃないんですけど」
それはどうなんだ?
騎士としては優先順位が決まってるってことだからいいことなのかな……?
首を傾げていると、隣のフィズがパンパンと手を叩いてみんなの注目を集めた。
「姫の部屋の安全も確認されたし、駄弁っていても仕方がないから今日はもう解散して各自の部屋で休憩にしようか。昨晩の嵐のせいで疲れも溜まってるだろうし。行動を開始するのは明日からにしよう」
一番稼働してた筈なのに全く疲労の色が見えないフィズが言う。逆になんでフィズはこんなにピンピンしてるんだ……。
「そうですね、もう休みましょう」
「そうだね、あ、でも休む前に少し雑談でもしようよ」
何やら気に入ったらしい伯父様がクラレンスを強制的に連行しようとする。
「え、ちょ、ノクス助けて……」
「……おれ、もうねむい……」
狐を抱きかかえたノクスはもう既におねむモードで、目をしょぼつかせていた。
そういえば、昨日は嵐の中で一晩中揺られてたからみんな寝不足のはずなんだよね。ノクスがおねむなのも無理はない。
「ギャウ!! ヴー!!」
それでも尚クラレンスが助けを求めていると、ノクスの腕の中のテディがうなり声を上げてクラレンスを威嚇した。
うちのノクスの眠りを邪魔するなと言っているのがハッキリと分かる。すっかり保護獣だ。
そして部屋を出て行く前に、フィズがこちらを振り返る。
「姫、寝かしつけが必要だったら呼んでね。子守唄でも本の読み聞かせでもなんでもするからね」
「うん、ありがとう。でも私は赤ちゃんじゃないから一人で寝られます」
「あはは、そういうことは神獣様なしで寝られるようになってから言おうね」
「ぐぬっ」
ぐうの音は出なかったけどぐぬの音が出た。
もちろん、夜はリュカオンにベッタリとくっついて寝ました。
翌朝、談話室に行くと既にフィズとノクスがいた。
クラレンスと伯父様はまだかと思った瞬間、背後のドアが開かれたのでサッと避ける。すると、クラレンスと伯父様がやってきたところだった。
伯父様の後に続いて入ってきたクラレンスの顔を見た瞬間、フィズがおや、と片眉を上げる。
「おはようクラレンス。素敵な顔色だね」
「……それはどうも」
クラレンスの顔を見てみると、その目の下にはくっきりと隈ができていた。
「クラレンス夜更かししちゃったの? 眠れなかった?」
「僕は基本的にどこでも寝られますよ。寝付きが悪かったのは、そこの神官殿のせいです」
ジトリと伯父様を見遣るクラレンス。
おうおう、伯父様はいったいうちの騎士になにをしちゃったんだ?
「日付が変わるまで神官殿の弟を褒めちぎる話をされました……。そのせいで夢見も悪くて完全に寝不足です。赤の他人が夢にまで出てくるとか意味が分からない……」
「そうですね、君は僕の弟とは血のつながりもなく面識もない完全なる赤の他人です。僕、弟に近付けていい人間かどうかの判断は厳しい方なので」
「遠回しに弟に近付けるに値しないって言われてるんですかね。別にいいですけど」
「にしても夢に弟が出てくるなんて羨ましすぎる。一体どんな徳を積んだらそんなことが……?」
「あれ? これちゃんと会話できてますか?」
「そうだ、今日は逆に僕の弟の話を僕に話してもらってもいいですか? 三時間ほどでかまわないので」
「全然よくないですが。てか神官殿の弟のエピソードトークを僕がするってどう考えてもおかしいでしょ」
伯父様、楽しそうだなぁ。
水を得た魚、弟の話をする伯父様だね。
弟の話と言っても、伯父様の弟が私の父ってことは当然隠してるだろうし、他にもいろいろとぼかして話したんだろう。
たくさん話せる友達ができてよかったねぇ。年の差は何千年か何百年かは分からないけど。友情に年齢は関係ないんだなぁ。
しみじみとしながら朝食のパンを口に運ぶ。
伯父様がなんでクラレンスを話し相手に選んだのかは分からないけど、口も堅いし多少雑に扱ってもいい雰囲気がよかったのかな。
意外にも主至上主義のクラレンスは、伯父様が多少偉い人だということは察していても割と気安い態度をとってるし。
「クラレンス、ノクス以外にも友達ができてよかったね」
「勘弁してくださいよシャノン様」
「でもいっぱいお話したんでしょ?」
「このブラコンの話を一方的に聞かされただけですよ。あれは会話とは言いません」
伯父様をブラコン呼ばわりとは、中々やりおるね。
そんなクラレンスの唯一のお友達であるノクスといえば、我関せずでのんきにくぁ~とあくびをしていた。その口にすかさずテディが前足を突っ込む。
普通逆だよね。人間がペットの口に指突っ込む奴だよね。
ノクスは気付いているのかいないのか、そのままソッと口を閉じる――テディの右前足が口に入ったまま。
嫌がる素振りも驚いた素振りもなくそのままにするものだから、暫くするとテディが自分からソッと前足を引き抜いていた。なんとも言えない顔だ。あれはイタズラ成功なのか失敗なのか、どっちなんだろう。
「――というか、神官殿は興味のない話をずっと聞く苦痛が分かっていないですよ。例えば僕がシャノン様の話をずっと一方的に聞かせたら嫌でしょう」
「いえ、ご褒美ですが」
「へ?」
……まあ、伯父様にとってはご褒美だろうなぁ。
まさかそんな返しがくると思ってなかったのかキョトン顔を披露するクラレンスは、完全に例え話の選択を間違えたね。
伯父様はすっかり乗り気になっている。
「じゃあ今日の夜は君の主の自慢話を聞くことにしましょう。そのお礼に僕の弟の話も聞かせてあげますから」
「いや、だからそれはいいですって」
クラレンス、すっかり翻弄されてるなぁ。
というか、伯父様はもはや全く自重する気ないね。





