【番外編】バレンタイン小話
もしこの世界にバレンタインデーがあったらのお話です!
離宮の自室でまったりしていると、リュカオンが気になる単語を口にした。
「ばれんたいん?」
聞き返すと、リュカオンがうむと頷いた。
「うむ、どこか東方の国から伝わってきたイベントのようだな。チョコレート菓子を作って人に渡すイベントらしいぞ」
「謎の習慣だけど面白そうだね」
なんでチョコレート菓子に限るのかは気になるけど、そういうものなんだろう。
「作るっていうのは、特別にオーダーするってことじゃなくて手作りするってこと?」
「市井でも流行っているのだからそうだろうな」
「つまり料理か……」
もう料理はしないって誓った気がしなくもないけど、お菓子は別枠ってことでいいよね。
このイベントに参加しない選択肢? そんなの時間を持て余しているのシャノンちゃんにはない。
「――と、いうことで、伯父様チョコつくろ~」
自分だけでお菓子作りができるわけもないので、ここは頼れる身内に協力を仰ぐことにした。
大量の材料を手に、神聖図書館の敷居をまたぐ。
「あ、シャノンちゃんいらっしゃい。今日はどうしたんだい?」
「バレンタインのお菓子を作りに来たの」
「ば、ばれんたいん……?」
案の定、伯父様もバレンタインのことは知らなかったようだ。いや、逆になんでリュカオンが知ってるんだって話しだよね。皇城に行った時とかに聞いたんだろうけど、本当に耳が早いんだから。この中では最年長なのに。
とりあえず、腕を支配していた荷物を近くにあった机の上にドサッと置かせてもらう。
「こんなに大量の材料……重かったでしょう。離宮で神獣様に教わりながら作ってもよかったんじゃない?」
「いや、リュカオンはほら……食用には向かないもので覆われた魅惑のボディだから」
「ああ、近くにいるとお菓子に抜け毛が入っちゃうねぇ」
どんな高級クッションにも負けない極上のモフモフボディを見遣る伯父様。
「うむぅ、無念だ。我もシャノンと楽しくお菓子作りをしたかったが……」
「まあ、神獣様の毛が入ってたところでミスティ教の信者達は喜んで食べるか家宝にすると思いますけどね?」
「それはそれで嫌だのう」
うん、それで喜ばれるのがなんか違う気もするしね。
一緒にお菓子作りをしたいならリュカオンが人型になればいい話ではあるけれど、たぶんそっちの方が嫌だろうから却下だ。
「リュカオンには私がおいしいチョコを作るからね!」
「うむ、楽しみに待っておるぞ。くれぐれも、くれぐれも怪我には気をつけるのだぞ」
念を押されまくった私はエプロンを身に纏い、神聖図書館内にあるキッチンで伯父様と並び立った。リュカオンは遙か後方で見学である。
「よし、それじゃあやろうか。シャノンちゃんにはチョコレートを溶かす係をしてもらおうかな」
「任された!」
刃物は使わせてもらえないので、伯父様が板チョコを刻むのを眺めて待つ。そして、伯父様が細かくなったチョコレートをザラザラと金属製のボウルに移した。
「じゃあ最初はこれだけ溶かしてみようか。まずは火をつけて――」
「分かった。――ん~、ファイヤ!!」
火の玉が私の手から放たれ、ボフンとボウルの中身にヒットする。
「――お湯を沸かすって言おうとしたんだけど……遅かったみたいだねぇ」
「わぁ」
ボウルの中を覗き込むと、チョコレートだったはずのものがプスプスと音を立てて真っ黒になっていた。
「伯父様、こげた」
「そら焦げるよ」
黒焦げになったチョコレートの破片を一つ手に取り、ぱくんと口に運んでみる。
「あ! こら!」
「にがい……」
あんなに甘いものがどうしてこの味に……? 不思議だ……。
ガリガリとした食感のそれを咀嚼していると、猫の子を持ち上げるように伯父様に抱き上げられた。脇に手を差しこまれ、ぷらーんとぶら下げられる。
「そんなの食べちゃダメでしょ。ほら、ペッてして」
「もうない」
飲み込んじゃいました。
パカッと口を開けると、伯父様が「うちのかわいい姪が焦げたチョコなんてものを口に……」と絶望したような顔になる。
その顔に、私も焦げたものは食べちゃいけなかったんだと反省する。
「――シャノンちゃん、いい? お願いだからなんでもかんでも興味本位で口に入れちゃダメだよ」
「はい」
何度も言い聞かされた後に、お菓子作りが再開された。キッチンの後方ではリュカオンがハラハラとした様子で左右を行ったり来たりしている。心配かけてごめんね。
それから数時間ほど作業をすると、みんなに配る用のチョコレート菓子が完成した。生チョコにクッキー、ガトーショコラなど、中々バリエーションに富んだラインナップとなっている。
「……ほぼ伯父様作のこれを私の手作りって言って配るのはなんか心苦しいな……」
ラッピングをしながら葛藤していると、伯父様がこちらを向いて微笑む。
「何言ってるの。僕はシャノンちゃんの手足みたいなものだから、実質シャノンちゃんの手作りと変わらないよ」
「伯父様こそ何を言ってるの?」
だけど、お言葉に甘えてこれらは私の手作りってことで配らせてもらおう。
とりあえず伯父様にも包みを一つプレゼントしてから離宮に戻った。
離宮のみんなやフィズ、アダムにチョコを渡すと、それはもう喜ばれた。お祭り騒ぎである。
みんなの嬉しそうな声が行き交う中で、包みを大切そうに抱えたフィズが私に微笑みかける。
「ありがとう姫、一生大切にするよ」
「……大切に食べてね?」
食べずに保管されそうな気配がしたので、一応保管は禁止だとみんなに宣言しておいた。
なんでちょっと残念そうな顔するんだろう。
……にしても、張り切って大量に作ったから親交のある人全員に配っても余っちゃったな……。
ふむ……。
「――さー、よってらっしゃいみてらっしゃい。バレンタインチョコの配布してるよ~。在庫はこの籠に入ってる分だけ~」
「!?」
「なに!? 皇妃様がチョコレートを!?」
「妖精のバレンタイン!!!」
皇城の廊下で呼びかけると、私の前にすぐさま列ができた。我先にと殺到してこないあたりみんなおりこうさんだね。
嬉しいんだけど、並んでる人全員分あるかな……。まあ、ここにある分だけって宣言してるからいっか。
一人一人にチョコレート菓子の入った包みを手渡しするんだけど、みんなの反応がちょっとずつ違っておもしろい。
「はわわ、皇妃様の手作り……!! みんなに自慢しよう!!」
「なんてありがたき幸せ! この出来事は子孫に語り継いでいきます」
「ふふ、妖精さんからのプレゼントなんておとぎ話みたいで素敵ですね」
拝み始める人や涙ぐむ人、今ならツイてそうだから婚活に繰り出そうとする人など、いろんな人がいた。
「……ねぇ神獣様、姫ってこれがどういうイベントか分かってる?」
「ん? ただ人にチョコレートを配り歩く催しだろう? 以前、誰かがチョコをもらえるかと話していたぞ」
「……なるほど、保護者も分かってなかったのか。そりゃあ姫も知らないよね」
後ろでフィズとリュカオンが何やら話していたけど、配るのに必死な私の耳には全く内容が入っていなかった。
結構な数の包みがあったはずだけど、無我夢中で配っていたらあっという間になくなってしまった。
もらえなかった人達にはごめんね、と謝ったけど、「来年を楽しみにしています」と言ってみんなあっさりと引き下がっていった。
来年はもうちょっとたくさん作ろうかな。
謎の達成感でいっぱいだった私は、早くも来年のバレンタインに思いを馳せていた。
うん、なんのためにチョコを渡すのかはいまいち分からなかったけど、楽しいイベントだったね!
この作品のコミカライズ1巻が4/22に発売予定です!
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