【164】船が直るまでに世直ししちゃおっかな
クラレンスが連れてきたお姉さんにムギュッと抱きつき、逃げられないようにする。
急に確保されたにも関わらず、お姉さんは冷静だった。
「あの、貴方方はどちら様でしょう……?」
お姉さんの疑問に反応したのはクラレンスだ。
「おや、随分冷静だね」
「この程度のことで狼狽えていてはギルドの職員なんてできませんから。それに、見るからに身分のありそうな方々ですし」
お姉さんが腰に抱きついている私のことをチラリと一瞥する。
「君はギルドの関係者で間違いない?」
「はい、そこのギルドで受付をしています」
「そう、じゃあ君に依頼をしたいんだけど」
「ただの受付の私に、ですか……?」
「そんな難しいことじゃない、ただ質問に答えてくれるだけでいいよ。報酬も言い値で払う。ただし、僕達のことを決して他言しないっていう条件は付けさせてもらうけど」
「……お受けしましょう」
逡巡した後、お姉さんはコクリと頷いた。
「――じゃあまず、ここはどこかな?」
「……皆様揃って記憶喪失か何かで?」
あからさまに「はぁ?」という顔になったお姉さんだったが、すぐに元の澄まし顔に戻った。
まあ、今いる場所が分からないなんて事態は中々ないもんね。
「ここはサーリア島の南方に位置する街です」
私は地図を思い浮かべ、頭の中の本棚から知識を引っ張り出す。
サーリア島というと、本島とその周辺の島々が丸々領地になっているがゆえに自治色の強い、ちょっと変わった場所だったはずだ。
どうやら、私達が行くはずだった場所とは真逆の場所に流されてしまったらしい。
「なるほどね。街の雰囲気がよくないのは元から?」
「元々、それほど治安がよい場所ではありませんでした。しかし、一目見ただけで荒れているのが分かる程になったのはつい最近ですね。前領主様の時は、ここまで酷くなかったのですが……最近代替わりをして若君が領主となってからは各地から集まってきた傭兵達がやりたい放題で……」
ふぅ、とお姉さんが溜息を吐く。
「ちなみに、そうなった心当たりは?」
「この島の北方で魔獣が大量に漂流したらしいのです。そこで領主となった若君が伝手をたどって傭兵を募ったそうなのですが、集まってくるのがボンクラばかりで……」
「ぼんくら……」
真面目そうなお姉さんが口にしたとは思えないそのワードを、思わず復唱してしまう。
「ボンクラがボンクラを呼んだのか、こちらの方にも質が悪いのが流れてきてしまい、この状況になっているというわけです。自分達が大きな顔をできる居心地のいい島だと思われてしまったのか、今はどの宿屋も傭兵達でほぼ埋まっていますよ」
明らかに島の外から来たであろう私達のためか、そう付け加えるお姉さん。
うんうん、自主的に宿の話までしてくれるなんて親切だね。
……ところで、お姉さんはどうして私の手をずっと撫でてるんだろう……。
真面目な顔をして話をしている間、お姉さんの両手はずっと私の手を撫でていた。今の話の間、お姉さんは私の手を握って離さなかったわけだけど、あまりにも澄まし顔をしているものだから突っ込んでいいものなのか分からなかったのでここまで黙ってたんだけど……。
みんなもチラチラとこちらを見てたけど、話の腰を折ってはいけないと思ったのか何も言ってこなかった。
「ふむ、ありがとう、大体状況が分かったよ。報酬は――」
「あ、要りませんよ」
懐からお財布を出しかけたクラレンスを手で制すお姉さん。
「私、汚くて臭い男がこの世で最も嫌いなのです。ですけれど、反対にいい匂いがしてかわいらしいものはこよなく愛す質でして。なので、いい匂いのするかわいらしいこちらのお嬢さんに免じて今回は無料で構いません。むしろ、こちらこそ素敵な時間を過ごさせていただきありがとうございました」
うっとりとした顔で最後に私の手を一撫ですると、お姉さんは颯爽と去っていってしまった。なんていい去り際。
「……なんだか不思議な人だったねぇ」
「彼女、女性に生まれてよかったですよね」
クラレンスがどこか遠い目をして言う。
「――さて、どうします陛下」
お姉さんが去った後、クラレンスがフィズに問いかける。
「ふむ、姫はどうしたい?」
「とりあえず抜き打ち調査!」
「はは、即答だね。だけどそう言うと思ったよ。ここの領主に助力を求めようと思ってたんだけど、それは止めておいた方がよさそうだね。皇帝達が来てるって分かったらその間はいい子ちゃんするだろうし。となると――」
「身分を隠して行動、だね!」
「その通り。あはは、お目々がキラキラだね。――船が直るまでの一週間でちょっくら世直ししちゃおうか」
「さんせー!」
うんうん、フィズならそう言ってくれると思ってたよ。
うりうりと私の頭を撫でたフィズは、思案するようにもう片方の手を口元にあてた。ちょっとした動作が絵になりますこと。
「ただ、そうなると滞在場所はどうしようか。活動するなら街の近くに拠点があった方がいいんだけど……」
「宿は大体埋まってるらしいけど、分散して空いてる部屋に泊まる?」
「それだと僕達が護衛としてついてきてる意味ないじゃないですか~」
ブーブーと口を尖らせるクラレンス。
すると、そこで伯父様が口を開いた。
「あ、それならいい場所がありますよ」
「本当!?」
「はい」
コクリと頷く伯父様。
やけに自信満々だけど、超ド級の引きこもりな伯父様を信じていいのか……。フィズもそう思ったらしく、あまり期待をしていなさそうな顔で伯父様を見ていた。
「あはは、疑いの視線が方々から刺さるなぁ。まあついてきてくださいよ」
正直心配ではあったけど、伯父様の後に大人しくついていく。
伯父様って何十年単位で神聖図書館から出ない引きこもりのプロだと思ってるんだけど……そんな伯父様の心当たりってなんだろう。
それから道に迷うこと十数回の後、ようやく目的地に辿り着いた。
「ここは……」
「ミスティ教の教会です。どの教会にもゲストルームはありますから、そこに泊めてもらいましょう」
門をくぐり、正面玄関を少し開けて中を覗く。すると、そこにはミスティ教の神官服を着た一人の青年がいた。
「――うん、彼なら大丈夫でしょう」
伯父様が扉を開けて中に入ると、青年がこちらに気付く。
「おや、こんにちは」
「こんにちは。今日はいい天気ですね。ところで、神獣様の抜け毛がこちらに届いていませんか?」
ほあ?
伯父様ってば急になんの話をしてるんだ……? リュカオンの抜け毛がどうしたって? ほしいならいくらでもあげるけど……。
しかし変な質問をされたにも関わらず、青年に動揺した様子はなかった。
「いえ、心当たりがありませんね。それは何色の毛でしょう」
「黒です」
いえ、リュカオンの毛はどちらかといえば白ですが。
口を挟みたかったけど、大人しく聞いてないといけない感じの雰囲気だったので頭上にクエスチョンマークを浮かべながらも黙っておく。
「左様ですか。もしかしたら他の荷物に紛れているかもしれないので探しておきますね。いつまでにご入り用ですか?」
「一週間後までに」
「かしこまりました。こちらへどうぞ」
そして、私達は教会の奥のゾーンに案内された。なんだか静かで、一気にプライベートな空間に来た感じがする。
すると、前を歩く青年が振り返って伯父様の方を見た。
「お部屋を案内しますね。滞在されるのはこちらで全員ですか?」
「うん、ありがとう、助かるよ」
「いえいえ! 上位神官様がまさかこんな場所にいらっしゃっていただけるなんて、この上ない僥倖ですよ!」
はしゃぐ青年の後ろで、私の脳内は疑問符に支配されていた。
なんか、びっくりすほどスムーズに話が進んでいくんですけど。展開の速さにシャノンちゃんの鈍足じゃあついて行けないよ。
「この階にある部屋は自由に使ってくださって構いません。皆様でお話される時はここをお使いください」
そう言って案内されたのは談話室のような、大きな四角いテーブルとそれと取り囲むようにソファーが設置された部屋だった。
「それでは、僕は一旦これで失礼します。なにかあればご遠慮なくお声かけください」
そして、青年はササッと退室していった。
扉が閉まった後、伯父様が狐につままれたような顔になっている私を見てクスクスと笑う。
「――あはは、びっくりしてますね。ミスティ教も色々と秘密の任務があったりするのでね、何も聞かずに協力をせよと要請する時の合図があるんですよ」
「もしかして、さっきの謎の会話?」
「そうです。あの時に答える色で大まかな協力の内容を、その後に協力してもらう期間を伝えてるんです。今回伝えた黒色は、何も聞かずに滞在させて、ですね」
「……それはいいけど君、法に背くことはやってないだろうね」
「いやだなぁ、うちはクリーンでやらせてもらってますよ。そんなことをしたらかわいい身内に顔向けできませんから」
疑わしげな視線を向けるフィズに爽やかな微笑みを返す伯父様。
「にしても、我の抜け毛なんてものを合言葉にするのは止めてほしいが……」
「え~、好評なんですけどね」
そりゃあ、ミスティ教だもんね。
そんな会話をしていると、部屋の扉が遠慮がちにノックされた。
「失礼します、飲み物を持ってきたのですが入ってもよろしいですか……?」
「どうぞ」
伯父様が答えると、カップの載ったトレーを持った青年が入ってくる。
「!!」
私と目が合った瞬間、青年がクワッと目を瞠った。
ああ、さっきまではフードを被ってたから顔が見えなかったもんね。
「ま、まさか我が教会にご神体を……!? どうしよう、寄付が集まりに集まっちゃうよ」
ご神体……なんでそんな発想に……。
すると、クラレンスがコッソリと耳打ちしてくる。
「シャノン様があんまりにもかわいいから、現人神か何かだと勘違いされちゃったみたいですね」
「なるほど」
「あれ? あっさりと受け入れる感じですか?」
「どこかの誰かは私のことを割と本気で妖精だと思ってたらしいしね、今更驚かないよ」
「それは忘れてくださいね」
間髪容れずに言うクラレンス。別に妖精だと思われる分には悪い気はしないから、恥ずかしがらなくてもいいのに。
クラレンスとコソコソ話をしている間も、青年はブツブツと独り言を呟いていた。
「どうしよう、こんな粗末な部屋じゃなくて聖堂内に展示させていただいた方がいいのでは……?」
展示て。どうしよう、私の人権がサラッと奪われようとしてる……。
展示はちょっとなぁと思った私の前に、伯父様がスッと歩み出る。
「すみません、うちの子は適度な温度と湿度の整った場所である程度のプライバシーが保護された環境じゃないと弱ってしまうので」
なんだその飼育が難しそうな生物。私か。
「おっと、こちらの女神は神官様の娘様でしたか」
「娘……そうです!」
青年の質問に、一際声を張ってハッキリと言い切る伯父様。
余計な設定なんてないほうがいいのに、自分の欲望に負けたね……。
ほら、ただの神官が私を娘だなんていう嘘を吐いたから、何も知らないクラレンスとノクスが驚いちゃってるよ。
関係者の目が少ないからか、伯父様がどんどん自重しなくなってるね。
まあ、楽しそうだからいっか。
私も大概姪バカなのかもしれない。





