【160】お、伯父様ーーー!!??
いよいよ、新婚旅行に出立する日になった。
離宮のみんなとはしばしのお別れ――ということはなく、普通にみんなも同行してくれる。
「離宮だけじゃなくて皇城からも騎士とか使用人が派遣されるから、みんな仲良くしてね」
「「「「はい」」」」
うん、みんないいお返事だ。
今回、庭師のジョージと料理人のオルガ以外の離宮メンバーは同行することになった。
二人も来たらって言ったんだけど、不在の間も離宮の管理をする必要があるから、必然的に誰かが残らねばならなかったと。そこで、旅行先で仕事がなさそうな二人が自ら立候補したそうだ。
お土産いっぱい買ってくるからね!!
「姫」
「あ、フィズ」
「準備はできた?」
「うん、バッチリ!」
そう言うと、フィズが私の額に手を当ててきた。
「うん、熱もなさそうだね。体調は悪くない?」
「もっちろん!」
懸念していた私の体調だけど、綿密な管理のおかげで今日のコンディションはバッチリだ。
楽しみにしすぎると興奮で熱が出ちゃうから、ここ数日は心穏やかに過ごすことを心がけてたからね。東の方の国で行われているという座禅とやらにも手を出したほどだ。
「そうだ、神殿から派遣された護衛を先に皆へ紹介しておこう」
「?」
首を傾げていると、フィズの後ろから一人の男性が歩み出てきた。
紺色の髪に藍色の瞳の男性はニッコリと微笑み、私達に向かって一礼する。
「神獣様がいらっしゃるからね、遠出をするにあたり神殿からも護衛が派遣されたんだよ。基本的には神獣様について行動するらしいからよろしくしてあげて」
「僕のことは空気だと思ってお気になさらず」
すると、青年のかけている眼鏡のレンズ越しにパッチリと目が合った。
――お、伯父様だーーーー!!!
驚きすぎてその場でぴゃっと跳ねた私は、余計なことを言わないように両手で自分の口を塞いだ。
私達に同行するって言ってたからどうするのかと思っていたけど、なるほど。
神獣の護衛ってことなら、ずっと私達に張り付いてても違和感ないもんね。上手く考えたなぁ。
伯父様とさり気なくアイコンタクトをする。うん、分かってますよ、知らないフリだね。
初対面を装うけど、心の中はソワソワしっぱなしだった。私達にまでサプライズにしなくてもいいのに……!
一神官として挨拶をした伯父様は、「よろしくお願いします」などと挨拶をしてサラッとみんなに馴染んでいた。
すごいよ伯父様! この前まで街に出て人の多さに怯えまくってた人とは思えないよ!!
伯父様の成長に感動していると、フィズに声をかけられた。
「それじゃあ姫、馬車に乗ろうか」
「うん」
船で移動すると言っても、船乗り場までは馬車に乗って行く。
「よいしょっと」
洋服とか、必要不可欠なものはセレス達が持ってくれているので、私が持つ鞄には暇つぶし道具など、私が持っていきたいと思ったものしか入っていない。
鞄一つに纏めたけど重いなぁ、と思っていると、リュカオンが持ち手部分を咥えて鞄を持ってくれた。そして、おやと首を傾げる。
「……ん? この鞄、やたら重いな……まさか……」
リュカオンがこちらを見上げたので、私はサッと視線を逸らした。
「シャノンお前……缶詰とかいらないものを持ってきておるな」
「うぅ……だって、旅行って何があるか分からないじゃん……! 鞄には収まってるんだから、細かいことは気にしない気にしない」
万が一のことを考えて、保存の利きそうな食べ物を鞄の底にコッソリと忍ばせておいたのだ。そのせいで結構荷物が重くなっちゃったけど。
まあ、どこかで食べたら軽くなるからね! 問題なし!
リュカオンはジト目で私を見詰めてきたものの、それ以上文句を言うことはなかった。
それから一時間ほど馬車に揺られると、船乗り場に到着した。
馬車から降りた瞬間、塩っぽい香りが私の鼻腔をくすぐる。
「海だ!」
馬車から降りた瞬間、すぐ側に広がる巨大な青に目が引かれた。
知識でしか知らなかったけど、目の前にこれだけ巨大な水溜まりがあればさすがに海だと分かる。
「すごい! リュカオン! 海だよ! 大きいねぇ。あとなんか風がしょっぱい気がする!」
「シャノン、初めての海で嬉しいのは分かるがあまりはしゃぎすぎるなよ。また熱を出すぞ」
ぴょこぴょこと跳ねてはしゃぐ私をリュカオンが心配そうに見詰めている。
「嬉しくて跳ねるのもいいが、それで捻挫するなよ」
「え、これ跳ねてるんですか?」
護衛としてついてきたクラレンスが思わずと言ったように口にする。
「どう見てもジャンプしてるでしょ」
「どう見ても奇妙な屈伸運動でしたよ」
「……」
どうやら、私のジャンプ力が低すぎたらしい。足が地面から離れているのが分からないほど低いジャンプだったと。
……まあ、否定はできないね。
だけどクラレンス、気をつけてね、伯父バカが後ろで「うちのかわいい姪に文句でも?」と微笑んでるから。
――はっ! 違う違う、今はクラレンスの危機よりも海だ。
「ねぇリュカオン、海の水ってほんとにしょっぱいの? 舐めてみてもいい?」
「ダメだ。ばっちいぞ」
「ばっちいんだ。分かった、舐めるのはやめとく」
リュカオンの言葉にコクコクと頷いていると、周りの大人達が優しい目つきでこちらを見守っていることに気付いた。
そして、他の大人達と同じような顔をしたフィズが歩いてきて私を抱き上げる。
おっと、これは私が勝手に海に近付かないように拘束されたな?
「姫、海なら旅行先で入ろう。そこはここよりももっと水が透き通った綺麗な海だから」
「海の水ってこれが標準じゃないんだ」
「ここのはどちらかといえば濁ってる部類かな。船着き場だしね」
「そうなんだ」
ますます目的地に着くのが楽しみになってきたね。
そしていよいよ、船が出航した――のはいいんだけど……。
「……おえ~」
「うぷっ……」
「ぎぼちわるい……」
私とリュカオン、そして伯父様は見事に船酔いをしていた。
船が動き出した瞬間に船酔いをしたものだから、景色を楽しむ暇もなく三人で船内のベッドに横たわっている。
「見事にチーム神獣が船酔いしてるねぇ。馬車じゃあこんなことにならないのに。船酔いしやすいっていうのは神獣の特性なのかな……?」
私の背中をさすりながらフィズが冷静に分析をする。
今、この部屋には私とリュカオンに伯父様、フィズしかいない。フィズは私達の事情も知っているので、この発言に繋がるわけだ。
「神獣様、船酔いは魔法でどうにかできないの? それこそ浮いたりとか」
「試してもよいならやるが。我らのこの状態ではお前達の身の安全は保証できぬぞ。正直、気持ちが悪すぎて思った通りの魔法が出る保証も、威力を手加減できるという保証もない。魔法なんて使おうものなら、うっかりこの船を真っ二つにしてしまいそうだ」
「おっと、魔法を試すのは止めておこうか」
「うむ……うぷっ……。それが懸命な判断だな。この船の上では、我らは魔法が使えないと思っていてくれ……」
そこまで言い終わると、リュカオンはぐったりとベッドに体重を預けた。
「あ、力尽きた。というか、護衛として同行してるのに教皇殿もダウンしてたんじゃあ格好がつかないじゃん……って、あれ?」
「そやつならとっくに気絶しておるぞ」
フィズにつられてそちらを見ると、すっかり伯父様から魂が抜けていた。
「下手をしたらシャノンよりも引きこもりだからのう……」
リュカオンが哀れなものを見る目で伯父様を見ている。
「でもリュカオン、これは意識を手放しちゃった方が楽かもよ? 意識がなかったらさすがに船酔いの気持ち悪さは感じないでしょ」
「……それもそうだな、寝るか」
「寝よう」
かけ布団を引っ張り、昼寝の体勢に入る私とリュカオン。
せっかくの船旅だけど、早々に昼寝を決め込ませてもらおう。私だってできれば風景とかを楽しみたかったけど仕方がない。
「フィズ、ごめん、ちょっと寝るね」
「うん、ゆっくり休んで。使用人達には起こさないように俺の方から伝えておくから」
「ありがとう……。あと、みんな暇だろうから普通に船の旅を楽しんでって伝えて……」
最後の力を振り絞ってそう言うと、フィズが微笑んで私の頭を撫でた。
「分かった。それでも遊びに行かない奴は強制で船内ツアーに連れて行かせておくね」
いや、そこまでしなくても……とは思ったけど、それを声に出す前に私が力尽きた。
こうして、新婚旅行はロマンチックさの欠片もなく始まった。
うん、これはこれで思い出には残りそうだね……。





