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【159】必要不可欠なもの? リュカオンしかないでしょ!





 新婚旅行の行き先が決まったらしい。

 帰ってくるや否や、フィズが嬉しそうに教えてくれた。


「姫~、旅行先と日程が決まったよ~」


 帰ってきた勢いのまま私を高い高いするフィズ。


「わぁ、どこになったの?」

「エールワイス地方だよ」

「豊かな自然と過ごしやすい気候で人気の観光地だぁ。貴族の別荘もたくさんあるんだよね」

「よく知ってるねぇ。さすが姫」


 えらいえらいと頭を撫でられる。

 そして、旅立つのは二週間後に決まったらしい。よし、それまでに下調べをしておかなければ。




「――コンラッドコンラッド、エールワイス地方ってどんなところなの?」

 

 お勉強の時間に、私の教育係であるコンラッドに尋ねる。


「……そうですねぇ、土地の特性などはもう既にご存じだと思うので割愛しますが……とても治安のいい場所ですよ。国内でも一、二を争うほど治安がいいですし、観光地で豊かゆえにその地に住む人々も優しい者が多いですね。新婚旅行で赴くには最善の選択だと思いますよ」

「ほうほう」


 私達の立場上、国外に出るわけにはいかないからね。フィズが選んだところだから疑ってなかったけど、やっぱり旅行先にはいい場所なんだ。


「まあ、皇妃様もいらっしゃいますし、陛下は治安第一で選ばれたのだと思いますよ」

「そうなんだ。治安って場所によってそんなに違うものなの?」

「そりゃあもう。アルティミア帝国(この国)はよくも悪くも広大ですからね、荒くれ者の集まりやすい土地もあるのですよ。先王時代よりはマシになったのですが、それでも監視の目が行き届かない場所はあります」

「へぇ~」

「皇妃様は行動範囲も広くないですし、過ごされている環境も一等セキュリティの高い場所なのでピンとこないのも無理はないと思います。むしろ、皇族の方でしたら想像がつかなくて当然だと思いますよ」


 なるほど、危険にも程がある魔獣討伐の最前線にいたことのあるフィズが例外ってことか。


「でも、エールワイス地方ってたしか結構遠いよね? 馬車で体力を消耗しないといいんだけど……」

「おそらく船を使われるのだと思いますよ。馬車ですとグルッと迂回しなければなりませんが、船ならばそんなことはしなくていいですから」

「そうなんだ。……船ってことは、海を渡るんだよね。私海って初めて!!」


 まだ見ぬ海を思い描き、テンションが上がる。


「すっごく広くて水がしょっぱいんだよね。楽しみ」

「そうですよ。湖やプールと違って波もあるんです。多分浅瀬で水遊びをする機会くらいはあると思いますが……皇妃様、溺れないでくださいね?」


 コンラッドが不安そうな顔でこちらを見る。

 そう言われてみると、びっくりするくらい簡単に自分が溺れてる姿が想像できるね……。

 もし海の中に入ったとしても、自力で岸に上がれるビジョンが全く思い浮かばない。

 自分の身体能力のしょぼさは分かってるから、進んで海に入ることはないけどね。


 ……ただ、一応リュカオンに泳ぎが得意かは聞いておこうかな……。








 授業が終わった後、旅行が楽しみすぎていても立ってもいられなくなった私は早速荷造りをすることにした。


「な、なにを持ってこう……」


 そわそわとクローゼットの前を行き来する私。

 とりあえず大きな鞄は用意したものの、自分で荷造りなんてしたことがないから何を入れればいいのか分からない。


「……とりあえず、一ヶ月間生き抜ける食料とか入れとくべき……?」

「サバイバルでもする気なのか?」

「保存がきくものがいいよね。缶詰とか」

「どんな過酷な地に行こうとしているのだ。こんな箱入りを連れて行くのだから、三食昼寝付きの屋敷以外ありえぬであろう」

「そ、そっか。おやつはいくらまで? 金貨一枚くらいかな」

「店の菓子を丸ごと買う気か。この世間知らずめ」


 前足でウリウリと頭を突かれる。

 あ、肉球やわらか~い。


「そもそも、シャノンはそんな大量に菓子を食えぬであろう。無駄に荷物を増やすくらいなら現地調達すべきだ」

「そ、そっかぁ」

「うむ、食糧など普通は旅行先で買うものだ。必要不可欠なものだけ持って行け」

「り、了解! ……でも、困ったなぁ……この鞄じゃあリュカオンは持って行けないねぇ」

「必要不可欠と思ってくれたのは嬉しいが、なぜ我を鞄に入れる必要がある。自分の足で歩くわ」

「なるほど」


 ふむふむと頷く。

 う~ん、それじゃあ何を入れればいいんだろう。なんか上手く頭が働かないなぁ……。

 腕を組んで思案していると、リュカオンの前足がピトッとおでこに当てられた。


「む……。おい、医者はおるか」

「はい! 呼びましたか神獣様!!」


 リュカオンが呼ぶと、私の専属医師であるルークがどこからともなく現れた。

 そして、ルークは何も言われずとも、心得たとばかりの表情でこちらに歩いてくる。


「シャノン様、おでこ触りますよ~。……うん、微熱がありますね」

「へ?」

「楽しみにしすぎて熱が出ちゃったんでしょう」


 なんですと?


「知恵熱の亜種のようなものか」

「おそらくは。虚弱にも程があるシャノン様のことですから、旅行に行ける興奮で熱が出てもなんらおかしいことはありません」


 いやいや、おかしいでしょ。

 冗談だよね、とルークを見上げると、小さな命を慈しむような微笑みを返された。


「さあシャノン様、ベッドで安静にしましょうね」

「荷造りは……」

「一旦中断です。出発の日にはまだ時間がありますから。早めに準備を始めていてよかったですね」

「うむ、荷造りはシャノンの熱が下がってからにしよう」

「えぇ……」

「こんなことで熱を出す赤子が文句を言うでない」


 私のささやかな抗議の声は無視され、えっさほいさとベッドに連行された。

 慣れた動作でベッドに横たえられて、顎の下まで掛け布団を被される。


「よしよし、今日は言動がいささかおかしいと思っていたら、熱が出ていたのだな。気付かずすまんな」


 ……言動がおかしいと思ってたんだ……。私的には大真面目だったんだけど……。


 なんとも言えない気持ちになりながら、私は療養に努めることにした。


 うぅ……無念……。







 微熱のうちに休んだおかげで翌日には熱が下がったので、再び荷造りに挑戦することにした。

 リュカオンは夜通し看病をしていてくれたからか、眠たそうに目をしぱしぱとさせている。


「リュカオン! リュカオンは寝てて。荷造りは一人でできるから!」

「ん……? うむ、そうか……、ではシャノンの言葉に甘えようかのう。シャノンも熱が下がって正常な思考が戻ってきているだろうし」

「う、うん……? 任せて!」

「ふむ、では我は少し寝かせてもらうぞ」

「うんうん、ゆっくり寝てね。お休みリュカオン」


 ベッドの上にのっそりと丸まったリュカオンに毛布を掛けた。そして、その上からポンポンと優しく背中を叩いてあげる。


「……シャノン? 何をしているのだ?」

「寝かしつけてあげてるの。いつもはリュカオンがしてくれてるから、お返し」

「グハッ! なんだこの愛らしすぎる生物は……!!」

「リュカオンどうしたの。そんな興奮してちゃ眠れないよ」

「うむ、そうだのう。我は大人しく寝るぞ」

「うんうん」


 再び丸まったリュカオンの背中を暫くポンポンしていると、穏やかな寝息が聞こえてきた。

 よしよし、寝かしつけが成功したみたいだ。


 ベッドからぴょこんと下りた私は、腰に手を当てたまま仁王立ちをして部屋の中をぐるりと見渡す。


「――よし、やりますか」


 腕まくりをした私は、意気揚々と荷造りに取りかかった。






 ――それから数時間後。


「……姫、移住でもする気……?」


 私の部屋を訪ねてきたフィズの視線の先には、山のように積み重なった鞄の数々。

 うん、流石の私でもやり過ぎたのは分かる。途中で「おかしいかも……?」と気付くまで、クローゼットの中身を端から端まで詰め込む勢いだったもん。


「荷物、減らします……」


 しょんぼりとした私だったけど、一人で荷造りをしたことをフィズが大袈裟なまでに褒めてくれたので気分は上向きになった。それこそ、子どもが初めて立った時くらい褒めてくれたのだ。

 嬉しいけど、うちの旦那様はやっぱり私を甘やかしすぎだと思う。



 その後、お昼寝から目覚めたリュカオンによって荷物は容赦なく削られていったのだった。







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<書籍2巻は2024/12/6発売です!>
お飾りの皇妃書影
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