【155】狐の命名式!
書籍2巻がSQEXノベルより発売中です!
「――狐の、名前が決まった?」
「はい、決めました……。クラレンスも……これならいいだろうって……」
そう報告するノクスは、いつも通りの無表情ではあるけどどこか嬉しそうだ。背後にブンブンと揺れる尻尾が見える。
狐の名前決め、苦戦してたもんね……。
「名前は――」
「ちょっと待ったぁ!!」
サラリと名前を告げようとするノクスを慌てて制止する。
勢い余って、ノクスの口に直接手がむちっと当たる。
おっと失敬。
「聞きたく……ないんですか……?」
「ううん! 聞きたいよ!? だけど、せっかくならもっとちゃんとお披露目しよう!」
「?」
首をかしげるノクスを余所に、私は侍女のアリアを呼ぼうと口を開く。
「アリ――」
「はいシャノン様」
どこからか、にゅっとアリアが現れる。
「……来るのが早いね」
まだ名前を呼び終わってもいないんだけど。ほんとに、どこから出てきたんだろう。
目をぱちくりとさせていると、アリアが上品に微笑む。
「そろそろ呼ばれる頃かと。うふふ、私も日々侍女力を上げておりますので」
「すごいねぇ」
もはや侍女の能力の範疇を超えてる気もするけど。
全然気配がしなかったよ……。
「アリア、お願いがあるんだけど」
「心得ております。すぐに準備いたしますので、明日の午後には整うかと」
優雅に一礼するアリア。
何も言ってないのにこの察しよう……できる侍女さんすぎる……!
「じゃあ任せたよ」
「お任せください!」
そして、アリアは意気揚々と部屋を出ていく。
その間、ノクスはぼんやりと首を傾げていた。
***
翌日、ノクスはしきりに首を傾げていた。
そんなノクスが身に纏っているのは騎士の正装で、マントまでしっかりと羽織っている。髪型も、サイドの髪を耳にかけ、ワックスで整えているようだ。
「なんで、この格好……?」
「まあまあ、シャノン様の指示だから」
そう言ってちょいちょいとノクスの髪の毛を直すのは、最近急激に距離の縮まったクラレンスだ。ノクスが自発的に髪の毛をセットしたとも思えないので、クラレンスがやってあげたんだろう。
かく言う私も今日はおめかしをしている。狐とノクスにとって大切な日だからね。
「姫、今日は両サイドの髪を編み込んでるんだね。かわいい」
「えへへ」
フィズはそう言って私の頭を撫でようとしたけど、髪型を崩しちゃうと思ったのか手を引っ込めた。
「狐も、準備はいい?」
「きゅっふん!」
ブンブンと尻尾を振る狐の首には、黒色の蝶ネクタイがついている。今日のために念入りにブラッシングされた胸毛に埋もれ気味だけど、よく似合ってるね。
「――それじゃあ二人とも、行こっか」
まだよく分かっていない二人を連れて食堂へと向かう。
そして食堂の扉をくぐると、中にはきらびやかに飾り付けられた空間――
「――命名式?」
食堂のど真ん中に飾られた横断幕の文字をノクスが読み上げる。
「そう! 聖獣に名付けをするってことは、正式に契約を結ぶってことだからね。ウラノスでは聖獣に名付けをして契約をする時にはちょっとしたパーティーを開くんだよ。もちろん私は参加したことないけど!」
「なぜ自信満々……?」
コテンと首を傾げるノクス。今日は疑問符ばっかり浮かべてるね。
「ここはウラノスじゃないけど、二人にとっては大事な日だからね。思い出に残る形にしたくて」
オルガにお願いして、豪華な料理も用意してもらったのだ。
「……ん? ノクスどうした――わぁ!」
反応がないと思ったら、ノクスと狐が同時に飛びついてきた。
顔面に狐の腹毛を感じる。ふわふわだぁ。
そして、狐の上からノクスがむぎゅーっと私を抱きしめる。力加減が大分上手くなったね。出会ったばかりのノクスの怪力具合だったら私が潰れてるところだったよ。
「シャノン様……ありがとう、ございます……」
「きゅ~!!」
狐の腹毛がもっふりと私の顔面を覆ってるから何も見えないけど、なぜか今はノクスが微笑んでいる気がした――
ノクスの温もりが離れると、顔にへばりついていた狐が取り去られた。ノクスが抱き上げたのだ。
「狐、こんな機会中々ないからお腹いっぱい食べて帰ろう」
「きゅっ」
右肩に狐を乗せたノクスは、やる気満々の様子で料理の載ったテーブルの方へと向かっていった。
あれ? 感動的なシーンだったはずなのに、やけに去り際がいいな……。
肩透かし感を覚えながらノクスの後ろ姿を見送る。
ん? ……なんか、いつもよりも足取りがおぼつかない気が……。
やけにふらふらとしてるように見える。それに、肩の狐も落ち着かないのか、しきりに尻尾を振っている。
そこで、私の高性能な頭脳はある可能性に思い至った。
――もしかして:照れ隠し。
の、ノクスー!
そうなんだね!? 嬉しくて舞い上がったことなんてないから恥ずかしくなっちゃったんだね!?
アリスー! ノクスの情緒が着実に育ってるよー!!
子どもが成長したのを実感した母親ってこんな気持ちなのかな。
そんな風に感動する私の視線の先では、ノクスの様子に気付いたクラレンスが早速からかいに向かっていた。
やめてあげなさい。
すると、頭上から悩ましげな声が降ってくる。
「――う~ん、感動的なシーンだから浮気判定はしないでおこうかな」
「あんな幼気な戯れ、浮気など疑う余地もないであろう。心の狭い夫は嫌われるぞ」
「おっと、それは困るな」
リュカオンに向けて軽く両手を上げるフィズ。
おっとっと、ノクスの成長に感動してたらあらぬ疑いをかけられてたぞ? ふむ、ここは一つ、シャノンちゃんが安心させてあげましょう。
頭を撫でる――には手の長さが足りないね。抱きしめる……にも体積が足りないので、正装をしたフィズのお腹の辺りにむぎゅっと抱きつく。そして、しっかりとその顔を見上げた。
「フィズ、安心してね。私はフィズ一筋だから」
私史上、一番キリッとした顔をする。するとフィズが両手で顔を覆い、天を仰いだ。
「世界一かわいい生物が包容力まで身につけちゃった……」
「最強生物の誕生だのう。……シャノン、そろそろ本題に入ったらどうだ? あやつの腹が満たされて眠くなる前に」
リュカオンに促されて狐達の方を見ると、既にそのお腹が膨れてきているところだった。
食べるの速いね。
リュカオンの言う通り、早く本題に進んだ方がよさそうだ。
私はてててっと二人の元に駆け寄る。
「――二人とも、そろそろ準備はいい?」
食堂の中心で、狐とノクスが向き合って立つ。その周りを私達離宮メンバーで囲い、二人の様子を見守る。
「それじゃあ、命名式を始めようか。狐、ノクスと契約を結ぶ準備はいい?」
「きゅっ」
狐が一鳴きすると、二人の足元に魔法陣が現れる。契約のための魔法陣だろう。
「それじゃあノクス、狐に名前を付けて」
「はい」
昨日は遮ってしまったので、狐の名前を聞くのは今日が初めてだ。
返事をしたノクスが一歩前に出て狐の前に跪く。それから、小さな額にソッと人差し指を当てた。
「――神様から贈られた勇敢な君。君の名前は、テディ」
「きゅっ!」
狐が一鳴きすると、魔法陣が光に包まれた。反射的に目を瞑る。
青白い光は数秒もすれば引いていき、狐の中に収束していった。
契約成立だ。
完全に光が消えたのを確認した後、二人のもとへと歩み寄る。
「ノクス、狐――じゃなかった、テディおめでとう!!」
「きゅっ!」
暫くは慣れないかもだけど、しっくりくる名前だね。かわいい。
契約が成立したことで興奮状態になっているらしく、テディは尻尾を振りまくり、全力でノクスに頬ずりをしている。そして顔面をペロペロ。わぁ、ノクスの顔中がビチョビチョだぁ。
側らのクラレンスがハンカチを貸そうか迷ってる。……あ、迷った結果ポケットにしまった。その代わり、近くにあった紙ナフキンでノクスの顔を拭ってやっている。
すっかり保護者だねぇ。
……ん? そういえばテディ、こんなに人がいるのに怯えてない。あんなに人見知りだったのに。
そっか、テディも成長してるんだね……。
「私も成長しないと……」
「それはいい心がけだね。そのためにはもっと食べないと。はい姫あーん」
私の呟きを聞いたフィズが口に生ハムサラダを放り込んでくる。
成長って物理的にじゃ……まあいっか。
ひな鳥のごとくむぐむぐと口を動かしていると、フィズがかわいいかわいいと次々に食べ物を口に運んでくる。
結果、パーティーが終わるまで私がカトラリーを手に取ることはなかった。
***
パーティーも終わった頃、私は食堂の端っこに向かった。
「――アダム、どう? 描けた?」
「はい、間に合いました。我ながら中々の出来ですよ」
満足気に微笑むアダムはフィズの側近だけど、とても絵が上手いのだ。それもプロ級に。
そんなアダムに今日、私はとあるお願い事をしていたのだ。
アダムの横からキャンバスを覗き込む。
「わぁ、いい絵!」
絵の中では、魔法陣の上でノクスが狐に向かってほんのりと微笑んでいた。
「ノクスが笑ってる……」
「脚色はなしですよ。見たままの光景を写し取ってほしいとのご依頼でしたので」
「……そっか」
やっぱり、ノクスの内面が成長したと思ったのは間違いじゃなかったみたいだ。こんなに穏やかな顔ができるようになったんだもん。
絵の中のノクスを見ていると、私の口元も自然と弧を描いていた。
十年後のアリスに、いいお土産ができたね――





