【書籍2巻 発売記念小話】 鈍足仲間で幼獣仲間
「きゅっふん?」
私の目の前には、顔中をクリームだらけにした毛玉。
クリクリのお目々がこちらを見上げてくる。一見すると純粋そうな顔だけど、実際はただとぼけているだけだ。
「しらばっくれても無駄だよ! クラレンスの悪事も見抜いた名探偵シャノンちゃんの目は誤魔化せないんだから!」
「あれ? 僕に飛び火しましたね?」
護衛をしていたクラレンスがおかしいなぁ、と首を傾げる。
だけど、今はクラレンスに構っている暇はない。
「狐、私のおやつ食べたでしょ」
ジト目で見詰めるも、狐は「きゅっ、きゅふっ」と、出来もしない口笛で誤魔化そうとしている。どこで覚えたんだか。
狐と仲良しのノクスはどちらの味方をしていいか分からないのか、狐の顔拭きタオルを構えたまま私達を交互に見比べている。
「人のおやつを食べたならちゃんと謝らないとダメでしょ」
「きゅ! きゅきゅ!!」
証拠はモフモフのほっぺにベッタリついてるのに、狐は反論するように鳴き返してくる。なかなかいい度胸だ。
「じゃあそのクリームはなんなの?」
「きゅ! きゅっ!」
「……これは汗って……言ってます……」
ノクスが鳴き声を翻訳してくれる。
「そんなもったりした汗を出す狐なんて嫌だよ」
それもう別の生き物じゃん。
「……とりあえず、狐様の顔を拭いてもいいですか……?」
「いいでしょう」
遠慮がちに申し出てきたノクスにコクコクと頷いて答える。
お世話係として、狐の顔がずっと汚れている状態というのは落ち着かないんだろう。許可を出すと、ノクスは優しい手つきで狐の顔を拭っていた。
口角を片方だけ上げて「これで証拠がなくなった」と言わんばかりの悪い顔をしてるけど、証人はたくさんいるからね。
あと、狐なんだからもうちょっとかわいい顔をしてほしい。
「さあ狐、ごめんなさいして」
「きゅ! きゅきゅ!!」
尚も抵抗する狐。
「悪いことしたらごめんなさいしないとだよ」
「きゅ! きゅきゅっ!! ガウッ! グルルルル!」
「ぴぇっ!」
続けて注意をすると、「やってねぇって言ってんだろ!!」とばかりに吠えられた。
びっくりした私は、涙目になり反射的にリュカオンに抱きつく。リュカオンも尻尾で私をモフッと抱き留めてくれた。
「おー、よしよし、びっくりしたな」
「うん」
尻尾で私の後頭部を撫でたリュカオンは、狐に視線を移す。
「これ狐、人に怒鳴られたこともない箱入りをいじめてやるな」
「きゅっ」
リュカオンに窘められ、狐は少し申し訳なさそうな視線をこちらに向けてくる。
そんな狐の頭を、ノクスがコツンと、極々軽い力で小突いた。
「狐様……シャノン様のおやつを食べちゃダメです……」
「きゅ~ん……」
甘えるようなかわいい声を出した狐は、リュカオンに抱きつく私の前にちょこんと座った。そしてペコリと頭を下げる。
「きゅ、きゅきゅ」
「ごめんなさいって……言ってます」
「……」
むぅ。
私は頬を膨らませ、リュカオンの首に抱きつく。
「これこれシャノン、少し大きな声を出されたくらいでヘソを曲げるでない。今新しいケーキを準備させておるから」
「ほんとっ?」
パァッと私のご機嫌が上向きになる。
「それじゃあ許してあげよう。今回だけだよ?」
「きゅっ」
殊勝な顔で頷く狐。
……絶対またやるな……。
そういえば、人間用のケーキを食べても大丈夫なのかな……。
心配になってリュカオンに聞いてみたら、狐はただの動物じゃなくて聖獣だから大丈夫らしい。たしかに、リュカオンも人間と同じごはん食べてるもんね。
***
後日。
「きゅっ」
「にゅん?」
狐の肉球がぽふっと私の頬に当てられる。
「きゅっ」
狐は私の頬に前足をむぎゅっと押し付けた後、前足を離して満足そうに一つ頷いた。
なんだなんだ? 甘えたいのかな? 抱っこする?
首を傾げていると、笑いを堪えた様子のクラレンスに鏡を差し出される。
「シャノン様どうぞ」
「?」
鏡に写る私の右頬には、綺麗な肉球の模様――
そして狐の前足を見ると、そこにはインクがベッタリと付いていた。
「――っ! きつね~っ!!」
「きゅふきゅふっ」
きゅふふと笑いながら逃げる狐を、必死に追い回す。
だけど鈍足の私は追いつけるはずもなく、体力が尽きるまで狐に遊ばれたのだった。
そんな風に追いかけっこをする私達の様子を、ノクスとリュカオンは傍から見守っていた。
「……神獣様……止めなくていいんですか……?」
「よいよい、シャノンの良い運動だ。それに、喧嘩は同レベルの者同士でしか成り立たないというしな。幼獣同士で戯れるのも大事だろう」
「ようじゅう……」
――あれ? なんか向こうでノクスが微妙な顔してる。リュカオンと何話してるんだろう。
肩で息をしながらクッションの上で横になり、リュカオン達の様子を窺う。
なんで床じゃなくてクッションの上かというと、体力が尽きて倒れ込んだところでクラレンスが私と床の間にサッとクッションを挟み込んだからだ。
狐はそれを見て「過保護じゃね……?」と言いたげな顔をしていた。まあ、そう思うのも分かる。
「もう動けない……」
「よくがんばりましたねシャノン様」
グッタリとする私を褒めてくれるクラレンス。
くぅ、こんなもっちりした室内飼いの狐にも追いつけないとは……。この子も、狐界では私と同じような位置にいるはずなのに……。
そんなことを思っていると、狐がのそのそと近付いてきた。そして、横たわる私の顔の横でクルンと丸まり、ふぅと一息。
どうやら狐もお疲れらしい。私と一緒で体力ないもんね。
「いっしょに……おひるね……」
「きゅぅ……」
眠くなってしまったので、狐と一緒にお昼寝を決め込もう。
「――あはは、シャノン様、頬に肉球マークがついたまんまだ。かわいいから起きるまでこのままにしておこっと」
薄れゆく意識の中でクラレンスの声が聞こえた気がしたけど、その意味を理解する前に眠りに落ちてしまった。
そして帰ってきたフィズが「かわいいかわいい」と褒め倒してくるまで、私は自分の頬に付いた肉球スタンプのことをすっかり忘れていたのだった。
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