【154】姪御さんを僕にください!
「……」
「……」
私の目の前には、笑顔のまま向かい合う美青年が二人。片方は何百年……下手したら何千年も生きている御方なので青年と言うのが正しいかは分からないけど、見た目は若々しいので青年でいいだろう。
青年達は、お互いにアルカイックスマイルを浮かべたままピクリとも動かない。
……これ、なんの時間なんだろう……。
***
――時は数日前に遡る。
私はふと思いついた。
そうだ、フィズに伯父様のことを話そう。
フィズも伯父様も私の家族だ。せっかく近くに身内がいるんだから、紹介したいと思うのは自然なことじゃないかな。あわよくば仲良くしてほしい。
懸念点としてはフィズと伯父様の立場だ。片や皇帝、片や噂レベルでしか語られない幻の教皇である。伯父様の存在をフィズに明かしていいものなのかが悩みどころだ。
う~む。
悩んだ私は、大人しく伯父様に相談することにした。
報連相は大事だ。私と伯父様の間に、もう壁はないからね。
結果――
「――もちろんいいよ」
思ったよりもあっさりとした返事だった。
拍子抜けだ。軽すぎてむしろ私の方が不安になるくらい。
「ほんとにいいの?」
「うん」
「秘密の教皇様なのに、フィズに正体を明かして誰かに怒られたりしない?」
「ふふ、誰が僕に怒るというんだい? ミスティ教のルールは僕だよ」
おお、穏やかな声音で結構俺様なこと言ってる。
「どちらにしろ皇帝にはそろそろ挨拶をする予定だったからね」
「へぇ、なにかフィズと話したいことでもあったの?」
「そんなところだよ」
ふぅん? と首を傾げると、「首を傾げる姪もかわいい!」と頬をモチモチされた。
顔合わせの場としては、私の離宮を提供することになった。
伯父様にはコッソリと離宮に来てもらい、そこでフィズに紹介をする予定だ。私の伯父ということはもちろん、教皇だということもフィズに打ち明ける。
そうだ、フィズのアポもとらないとね。
お仕事終わりに帰ってきたフィズを捕まえる。腰にムギュッと抱きついて確保だ。
「どうしたの姫? とりあえずただいま」
「おかえりなさい」
そう返すと、いい子だと褒めるようによしよしと頭を撫でられた。
「その顔、さては何かおねだりだね?」
「うん、あのね――」
「もちろんいいよ」
「まだ何も言ってない」
いつものことながら気が早いな。
「フィズが私のお願いを叶えてくれる気なのは分かるけど、とりあえずお話を聞いてくれる?」
「もちろんだよ。立ち話もなんだからお話は部屋で聞かせてもらおうかな」
そう言ってフィズは私を抱き上げて部屋に行き、ホットミルクを提供してくれた。
「それで、姫のお願いってなに? 欲しいものでもあるならすぐに商人を呼ぶけど」
「欲しいものはないんだけど、フィズに紹介したい人がいるの。時間とれる日ある?」
「もちろん、姫のためなら時間なんていくらでも作るよ。誰を会わせたいんだい?」
「ん~、まだ内緒!」
いつも微笑みを崩さないフィズの驚く顔が見たくなったので、私は咄嗟にサプライズにすることにした。
謎に包まれた教皇様が急に現れたらさすがのフィズも驚くでしょ。
できる男フィズは、すぐに予定を調整してくれた。
伯父様は基本的に暇人なので、フィズの都合がつけばどうにでもなる。
ということで伯父様を離宮に連れてきたんだけど……。
――なんか、想像してたリアクションと違う……。
使用人達には内緒の会合なので、場所は私の部屋だ。二人は対面のソファーに座り、それぞれなにも話さないまま微笑み合っている。
……これ、なんの時間なんだろう……。
鈍感な私でも、二人が言外になにかを探り合ってそうな空気は感じる。だけど何を考えているのかは分からないし、そろそろ飽きてきた。
座ったままリュカオンの尻尾を抱え、くぁ~とあくびを一つ。
「?」
開いていた口を閉じ、あくびによって滲んだ涙をリュカオンの尻尾で拭く。すると、目の前の二人の視線がこちらを向いていた。
二人とも目尻が下がっている。探り合いは終わったのかな?
そして、蕩けるような笑みを浮かべた伯父様がようやく口を開いた。
「あ~、かわいい。よくこんなちっちゃいお口でごはんを食べてるよね。喉に詰まらせたりしてない? お肉とか噛み切れるの?」
「姫が噛み切れないような質の悪い肉なんて食べさせるわけないでしょ」
「疑わしいものだけどね。シャノンちゃん、もしここでの物資に不満があったら何でも言うんだよ。伯父様がなんでも買ってあげるからね」
「そんなことにはならないので。使いどころのない金を貯め込んでおいたらどうです?」
視線をこちらに固定したまま言い合う二人。
「もしかしてこの二人……もう結構仲良し?」
「こやつらの会話の内容聞いていたか?」
「仲良くないの?」
「会話の内容を聞く限り親密とは言いがたいだろうな」
「そっかぁ……」
できたら仲良くしてほしかったんだけど。まあ、相性があるから仕方ないか。
「そなたら、そろそろきちんと自己紹介でもしたらどうだ? いい大人達が自己紹介もできないというのはシャノンの教育に悪い」
リュカオンの一声で、二人は大人しくソファーに座り姿勢を正した。
「じゃあ俺から。この国の皇帝で姫の配偶者のフィズレスト・アルティミアです」
「僕はシャノンちゃんの伯父であり、ミスティ教の教皇だよ。シャノンちゃんの身内としての付き合いはさせてもらうけどミスティ教として国政に関わるつもりはないから、変なことは考えないでね?」
「こちらとしてもこれ以上余計な仕事は増やしたくないので、ミスティ教の方々には国の運営には関わらないでいただけると嬉しいですね。姫との時間が減るので」
ニコニコ顔で不穏な空気を醸し出す二人。
なんかバチバチしてるね。静電気の時期はとっくに終わってるのに。
「リュカオンリュカオン、もしかしてこの二人、相性悪い?」
「やっと気付いたか。相性というか、自分の方がシャノンと仲がいいと誇示し合っておるようだのう。マウントというやつだ」
「私の中では二人のどっちが上とかはないけどな」
「まあ、不毛な争いだな。シャノンの一番は我だから」
「「……」」
リュカオンがそう言うと、二人はドヤ顔の狼さんを見たまま黙り込んだ。
「そりゃあ、神獣様には……」
「勝てない……ね……」
意気消沈する二人。
というか、リュカオンもやってること二人と変わらないじゃん。
「――ところで、教皇様はわざわざ俺に会うためだけにここに来てくれたんですか?」
フィズが伯父様に問いかけると、伯父様は当たり前だろうとばかりに頷いた。
「もちろん。目に入れても痛くない程かわいい姪のお願いだからね。それに、食べちゃいたいくらいかわいいシャノンちゃんの旦那がどんな奴なのか、一度直接会って見極めたいと思ってたんだよ」
「一々シャノンを褒め称えないと会話ができぬのかそなたは」
リュカオンが尻尾で伯父様の膝をバシッと叩く。もちろんモサモサの尻尾で叩かれたところでノーダメージだ。
そこで私は、疑問に思っていたことをふと思い出した。
「そういえばフィズ、伯父様に会ってもあんまり驚かなかったね。神様みたいに扱われてるあのミスティ教の教皇だし、もっといい反応が見られると思ったのに」
「期待に沿えなくてごめんね?」
少し申し訳なさそうに眉尻を下げてほほ笑むフィズ。
「やっぱり察してた?」
「姫が度々会いに行ってる相談役的な人が教皇猊下だってことは予想してたかな。ただ、血のつながった伯父君とまでは思ってなかったけど。教皇猊下と血縁だなんて、さすが姫だね」
この人達はなんでも私を褒めることに繋げてくるね。褒められるのは好きだからいいんだけど。
「ヴィラ・ユベールが姫に成り代わろうとした和平記念式典の時、これまで国のことには不介入だった教皇猊下がわざわざ直接出向いてきたからね。しかも姫を庇う形で。だから、何かしらの関係があるんだろうなとは思ってたよ」
「それもそっか」
伯父様ってば実在するのかどうかすら疑問視されちゃうくらい引きこもってたんだもんね。それが私のために表舞台に出てきてくれて、しかも今はこうして皇帝であり旦那様であるフィズと顔合わせまでしてくれているのだ。
……あれ? 今ってもしかして歴史的瞬間ってやつ……?
これまで実現したことがなかったであろう皇帝と教皇の邂逅だ。和平記念式典の時も一応会ってはいるけど、直接ちゃんと話をしたわけじゃないし、伯父様に至っては顔も隠したままだったからね。
おお……! もしかして私、すごい瞬間に立ち会っちゃってる……!?
どうしよう、急にテンションが上がってきた。
すると、伯父様が私の顔を覗き込んできた。
「あはは、シャノンちゃんのお目々がキラキラしてる。かわい~」
「教皇猊下って伯父バカだったんだぁ。まあ、身内に姫がいたらそうならざるを得ないか」
「そなたも立派な旦那バカだから安心せい」
勝手に納得するフィズに突っ込みを入れるリュカオン。
そこで、伯父様がポンッと拳をもう片方の手のひらに打ち付けた。
「――そうだそうだ、せっかく顔合わせをするんだから、大事な儀式も一緒に済ませてしまおうと思っていたんだ」
「「大事な儀式?」」
伯父様の発言に、私とフィズの声が重なる。
そして、私達は顔を見合わせた。
「アルティミアではそんな大事な儀式があるの?」
「う~ん、一応必要な手続きは全部済ませてあるはずなんだけど……。さすがに婚姻関連のことで抜けは……」
「――あるでしょう! 結婚をする時に行う大事な大事なイベントが!!」
伯父様の声がフィズの言葉を遮る。
「そう、お嫁さんの家族に結婚の承諾をもらうイベントだよ」
真面目な顔で伯父様が言う。
いやいや、それって多分一般家庭でのイベントだよね?
私達の結婚は国同士の取り決めで成されたものだし、それで言うならウラノス国王である母方の伯父の許可は得ていることになる。
……だから、フィズもそんなハッとした顔しなくていいんだよ?
「……たしかに、こんなにかわいくてかわいい姫をお嫁さんにもらうのに、ご家族に挨拶に行っていないのは不義理ですね……。むしろ、俺の方から出向くべきでした」
かわいくてかわいいって……今日はフィズの語彙力が落ち気味だね……。
フィズの言葉に、伯父様も神妙な顔で頷く。
「分かってもらえればいいんだよ。……そうだな、僕は父親ではないので『姪御さんを僕にください』と言ってもらおうかな」
「分かりました」
フィズが真面目な顔を作って正面から伯父様を見つめる。
「――教皇猊下、世界一大切にするので姪御さんを僕にください」
「だが断る」
「ここまでさせたのだから承諾せい!」
「あたっ」
伯父様の頭に、リュカオンの回し蹴りならぬ回し尻尾打ちが炸裂した。
伯父様は一連のやり取りがしてみたかっただけだったらしく、その後は普通に「うちのシャノンちゃんを頼むね」と柔和な微笑みで話していた。
それからは雑談が始まり、もうすぐ新婚旅行に行くのだという話になる。
そこで伯父様が一言。
「あ、僕も行くからね」
「へ?」
「新婚旅行、僕もついていくから」
事も無げに言い、紅茶を口に運ぶ伯父様。そして一口飲むと、ふぅと一息。
「シャノンちゃんはまだ子どもだよ? 遠出には保護者の同行が必要でしょ」
その微笑みからは、何としてでもついて行くぞという圧が感じられた。もしかして、伯父様がフィズにしたかった話ってこのことだったのかな。
これは私だけで決断できることでもないので、傍らのフィズを見上げる。
「……まあ、元々使用人や護衛も一緒だから一人くらい増えたところで問題ないとは思う。ただ、身分は隠してもらいますけど」
「それはもちろん」
しっかりと頷く伯父様。
「わぁ、やったね伯父様!」
「やったよシャノンちゃん」
いえーいと両手を合わせる。
すると、なんだか鼻がむずむずしてきた。
「――へくちっ」
「シャノンちゃん」
「姫」
二人の動きは速かった。
一瞬の後に、伯父様は私に鼻をかませるためかハンカチを手にしており、フィズは近くにあったブランケットで私を包まんとしている。
息ぴったりな連携だ。
――この二人、意外と仲良くなれそうだね。





