【152】もしかして、人間じゃない?
伯父様との蟠りがなくなった結果――とんでもない伯父バカが誕生した。
スッキリとした顔の伯父様は、当たり前のように私を膝に乗せている。いつの間にかこの体勢になってたんだよね。いりゅーじょんだ。
姪を乗せてご機嫌の伯父様は、濡れタオルで私の目元を冷やしてくれている。話している最中に思わず感情が堪えられない場面があったからね。目元がちょっと腫れちゃったのだ。それは伯父様も同じだけど、晴れやかな表情のおかげか全く気にならない。
「シャノンちゃん、鼻チーンする?」
「しない」
フルフルと首を振る。
というか、私はもう伯父様に鼻をかませてもらう年齢じゃないよ? 伯父様の年齢からしたら赤ちゃんも赤ちゃんかもしれないけど。
ジト目で伯父様を見上げるも、デレデレとした表情で見返される。せっかくの神秘的な容貌が台無しだ。こんな姿、信者さん達には見せられないね。もしかしたら、一部の人は喜んだりするのかもしれないけど。
「シャノンちゃん、喉渇いたでしょう。今アイスティーを入れてくるね。あ、神獣様もいります?」
「清々しいほどのついで感だな。もらうが。ミルクティーにしてくれ。何か甘い物も頼む」
憮然とした表情で言うリュカオン。ぞんざいな扱いをされたからか、いつもよりもリクエストが多めだ。
「じゃあちょっとキッチンに行ってきますね」
伯父様はソファーの上に私を下ろすと、部屋を後にした。
それから少し待つと、トレーを持った伯父様が戻ってくる。
「アイスティーが入ったよー」
はい、と洗練された所作でテーブルの上にグラスを置く伯父様。
「火傷しないように気をつけてね。ふーふーしようか?」
「アイスティーで火傷するはずがないであろう」
リュカオンが前足で伯父様の背中をペシンと叩く。
……どうやら、伯父様は箍が外れてしまったようだ。
伯父様は父様を溺愛してたって言ってたけど、もしかして父様にもこの感じだったのかな……。いや、多分これ以上の感じで接してただろうな。
「はい、神獣様も飲んでいいですよ」
「対応の差が激しいな」
言葉ではぞんざいに扱っているけど、リュカオン用のミルクティーは飲みやすいように浅めのお皿に入っている。さらには、リュカオンのリクエスト通りに小さなチョコタルトも持ってきてくれたようだ。
「どうぞ」
「うむ、よくやった」
リュカオンが尻尾で伯父様の足をバシバシ叩く。
おじ様には半分神獣の血が入っているからか、リュカオンも他の人に比べてフランクに接してるよね。リュカオンは私以外とは進んで交流しようとはしないから。あ、フィズは例外だけど。
……ん?
そこで、私はあることに気付いた。
おじ様は四分の一神獣の血が入った、神獣と人間のクォーター。つまり、その兄弟である私のお父様もクォーター。
……ってことは、私は……?
「……もしかして、私ってば純粋な人間じゃなかったりする?」
おそるおそる顔を上げた私を迎えたのは、二人のキョトン顔だった。その表情からは「今気付いたのか」という心の声が聞こえてきそうだ。
「とっくに気付いておるものだと思っていたが」
「自分が人間じゃないなんて考えたこともないもん! いや、ほとんど人間ではあるんだけど」
「シャノンちゃんどうどう、落ち着いて。ほ~ら、尻尾だよ~」
リュカオンの尻尾をわしっと掴み、私の前で揺らす伯父様。
「おい、シャノンをあやすのに我の尻尾を使うでない」
「え、でも、とりあえず落ち着いてくれたみたいですよ?」
こちらを向いた二人の瞳には、リュカオンの尻尾をもっふりと抱きしめる私の姿が映っている。
「……そうみたいだな」
「本当は嬉しいくせに。冷静ぶっちゃって」
「そなた急にいらんこと言いになったな」
ジト目で伯父様を見るリュカオン。大丈夫、私はリュカオンが喜んでるのに気付いてるよ。だって腕の中の尻尾がピクピク動いてるんだもん。
尻尾がブンブン揺れちゃったらまた伯父様にからかわれるかもしれないから、私が押さえておいてあげよう。
「僕なら、シャノンちゃんにそんな信頼を預けられたら大喜びしますけどね。ミスティ教を挙げて祝祭を開きます」
「今のそなたならやりかねんから賛同はしないでおくぞ」
ミスティ教全体でのお祭りなんて、それ絶対教科書とかに載る出来事になるじゃん。それが「姪に信頼された記念」なんて格好がつかなすぎるよ。
伯父様は神秘性で売ってるのに。
リュカオンの返答に肩を竦めた伯父様は、リュカオンとは反対側の私の隣に座った。
「母方に受け継がれてきた神聖王国王族の血も入ってるし、神獣の血も入ってるなんて、うちの子はなんてハイブリットなんだろう。このことを知ったらうちの信者達がお祭り騒ぎをしそうだなぁ」
「お祭り騒ぎどころか記念祭でも開きそうだがな」
のほほんと話すリュカオンと伯父様。
いやいや、軽く流されちゃったけど、私的には価値観が変わるくらいの出来事なんですけど?
「自分の価値観が720°変わっちゃったよ」
「それ二周して元に戻ってるね」
クルクル回るうちの姪もかわいいだろうなぁ、と伯父様がほのぼの微笑む。
伯父様はもう、私が何をしてもいいフェーズに入ってるんだろうなぁ……。
にしてもそうか、私ってば八分の一は神獣なのか。
「――ってことは、私もリュカオンみたいに狼の姿になれる可能性あったりする?」
「……どうだろうな。教皇はできるのか?」
「試したことはありませんね。というか、そもそも動物の姿になれるかもという発想自体がありませんでした」
パチクリと目を瞬かせる伯父様に「だろうな」とリュカオンが言う。
「そもそも、神獣といえどその姿は十人十色だ。そんなことが可能だったとしても狼になれるとは限らないぞ。聖獣だって色々な動物がいるだろう」
「たしかに。でも、動物の姿になれるなら、私もリュカオンと同じ狼がいいなぁ」
「……そうか」
「神獣様、尻尾が高速回転してますよ」
シャノンちゃんのお茶に毛が入るので止めてくださいね~、と、伯父様は生温かい表情でリュカオンの尻尾をわしづかみにしていた。
「――そういえば、シャノンちゃんが持ってきたこの鍋とお玉、もらってもいいいですか?」
「?」
アイスティーの残りも僅かになってきた頃、伯父様が謎の提案をしてきた。ニコニコ顔の伯父様が手にしているのは、私が武装として持ってきた鍋とお玉だ。
「でもそれ、私が調理場から勝手に拝借してきたものだから……なくなったらうちの料理人が困っちゃうかも」
「ああ、それなら大丈夫です。新品を用意しましたから」
伯父様がどこからか、私が持ってきたのと全く同じ形状のお鍋とお玉を取り出す。
いつの間に用意したんだろう。
魔法でどうにかしたのか、はたまた影の人に買いに走らせたのか。なにはともあれ、伯父様の中であの鍋とお玉を回収するのは決定事項のようだ。
「交換こってことなら問題ないと思うけど、それ何に使うの?」
「シャノンちゃんと打ち解けた記念にどこかに飾っておこうかと」
……鍋とお玉を?
「この図書館に置いて一人で楽しむのもいいけれど、ミスティ教の本殿に置いてみんなに見せびらかすのもいいなぁ。ガラスケースに入れて展示しようかな」
「わ、私はここに置いとくのがいいと思うな!」
「そう? じゃあそうしよう」
即決である。
伯父様が私に甘くてよかった。
どこに置こうかな~と周りを見る伯父様につられ、私も周囲を見回す。すると、壁についている時計が目に入った。
「あ、伯父様、そろそろ夕飯の時間だから私達帰らないと」
「……え?」
カシャンッ
伯父様が笑顔のまま持っていたお玉を取り落とした。
「ああっシャノンちゃんとの大事な記念の品が……!」
伯父様は慌ててお玉を拾い上げ、傷ができてないか確認する。いや、それうちの厨房で普通に使われてたやつだから既に傷はついてるけどね?
そして、おそるおそる私を見上げる伯父様。
「シャノンちゃん、本当に帰るのかい……?」
「伯父様、またすぐに来るから。ね?」
「……そうだね、尊敬できる伯父になるために、シャノンちゃんを困らせるわけにはいかないもんね」
物分かりがよさげな事を言ってるけど、その声音は悲しみに満ちていた。しかも今生の別れのような顔をしている。
うわぁ、帰りづらいなぁ。いや、おいしいごはんが待ってるから帰るけど。
だけど、伯父様は無駄な抵抗はせずに私達を玄関まで見送りに来てくれた。
「じゃあ、私達は帰るよ?」
「うん、今度から僕とシャノンちゃんを引き離す時計は撤去しておくね」
「それは止めてね?」
爽やかな笑顔で何をトンチンカンなことを言ってるんだこの人は。
すると、これ以上引き留められまいと思ったのかリュカオンが速攻で転移魔法を発動した。
……あれだね、伯父様の愛は、ちょっと重めだ。
――後日、突然綺麗になったお玉と鍋に首を傾げる料理人の姿が見られたとか見られなかったとか。