【148】”わがまま”
「お飾りの皇妃? なにそれ天職です!」書籍二巻の予約が各サイトで始まっております!
どうぞよろしくお願いします!
「――シャノン様……少しの間、お暇をいただきます……」
「うん、気をつけて行ってきてね」
離宮の前でノクスを見送る。ノクスはこれから、アリスを国まで送り届けに行く予定だ。つまりは護衛だね。ノクスの正体が分からないように、ついて行くのはコッソリとだけど。
アリスが無事に安全な場所に到着したのを確認したら、ノクスは戻ってくる予定だ。
ノクスが強いことは分かっているので、私としても彼が一緒に行ってくれるのは安心である。
狐に関しては、今回はお留守番だ。
契約をしようとノクスに持ちかけた狐だけど、まだ準備が整っていないから正式に契約が成立したわけではない。
それに、いきなり他国にまで足を伸ばせるほど狐のメンタルが回復したわけでもないからね。
ただ、まだ早朝と言ってもいい時間だけど、狐もしっかりと起きて見送りに来ている。
「キュ! キュキュッ!」
ノクスに抱っこされた狐は、まあるい前足でペタペタとノクスの頬を触る。
「はい……無事に、帰ってきます……」
そう答えたノクスは、抱いていた狐をソッと地面に下ろす。
そんな彼らの様子を見ていると、誰かがスッと私の前に出てきた。
「――シャノン様、僕も行ってきていいですか?」
それは、うちの騎士であるクラレンスだった。
「行ってきていいですか?」とお伺いを立てている風ではあるけれど、大きめの荷物を背負っていることからも遠征をする準備は万端のようだ。
クラレンスは……まあ、ノクスに罪を被せようとしたりとか、二人には色々迷惑をかけたもんね。
常にアルカイックスマイルを浮かべているから分からないけど、クラレンスも色々と思うところがあるんだろう。
「いいよ。ちゃんと護衛してきてね」
「はい」
しっかりと返事をしたクラレンスを見たノクスは、少しだけ「うげっ」というような表情になった。
くれぐれも仲良くするんだよ……。
道中であの二人が揉めないことを祈りながら、私はアリスの乗った馬車を見送った。
――またねアリス、また十年後に。
少しだけ静かになった離宮の中で、私はアリスの言葉を頭の中で反芻していた。
『――シャノン、あなたはもっと我が儘になりなさい。もっと我が儘になって、好きなことをたくさんしなさい』
もっと自由に生きろと言ったアリス。
彼女の言葉を受けて、これからどうするべきかを私はずっと考えていた。
「わがまま……」
玄関ホールで物思いに耽っていると、セレスがやってくる。
「シャノン様、お食事ができましたよ。食堂に参りましょう」
「うん」
セレスに促されて食堂に向かう私だけど、その足取りは重い。
いろいろなことが一段落したせいか、ものすごい疲労感に襲われていたのだ。全身がだるくて、もう一歩だって歩きたくないくらいだ。
隣を見れば、リュカオンは優しい顔で私を見守っている。
「……リュカオン」
「なんだ?」
「疲れたから、背中乗せて……?」
「ああ、もちろんいいぞ」
優しい声音で快諾してくれたリュカオンは、屈んで私を背中に乗せてくれた。
「朝食を摂ったら、今日はゆっくりしような」
「うん……」
セミのようにベッタリとリュカオンの背中に張り付いた私は、安心する温もりを感じながら食堂へと向かった。
私が席に着くと、すぐに食事が運ばれてくる。
だけど、全身が疲労感に襲われている私は、中々カトラリーを手に取る気にはならなかった。席に着いても食事を始めない私に、隣のリュカオンが訝しげな視線を向ける。
そんな視線を感じる中、私は控えていたセレスに声を掛けた。
「セレスセレス」
「はい、どうしました?」
セレスがスタスタと歩いてくる。
そんなセレスに向けて、私はパカッと口を開けて見せた。
「し、シャノン様……!? それはもしや……!」
「あーん」
「シャノン様が……っ! あーんをご所望……!!」
クラリとよろけつつも、セレスは素早くテーブル上のフォークを手に取り、絶妙なタイミングで給餌をしてくれた。
私はもっきゅもっきゅと口を動かすだけ。らくちんだ。
「私にお世話をされるがままのシャノン様……なんておかわいらしいんでしょう……」
うっとりとしながらテキパキと手を動かすセレスは、食事が終わるまで、一度も私にカトラリーを渡すことはなかった。
朝食を終えて部屋に戻ると、とんでもない眠気が襲ってきた。最近はずっと気を張っていたせいだろう。
よし、仮眠をとろう。
私は着替えるや否や、サッとベッドに潜り込んだ。そんな私を、リュカオンが「ん? 寝るのか?」という顔で見守る。
横向きで寝転んだ私は、自分の前側のスペースをポンポンポンポンッと高速で叩いてみせた。
すると、意図を察したリュカオンがのっそのっそとこちらに歩いてきてくれる。
「はいはい、一緒に寝るんだな」
ベッドに乗り上げたリュカオンは、私を懐に抱き込みつつクルンと丸くなる。
あったか~い。
大きなおててがポンポンと背中を叩いてくれるのを感じながら、私は眠りについた。
十分な休息をとれたからか、徐々に意識が浮上する。
そして目を開けば、眼前にはとんでもなく整ったお顔。
「――あ、起きた。姫の調子が悪そうという報告を受けたから来たけど、熱はないから疲れが溜まってただけだろうね。よく眠れた?」
そう言いながら、フィズは私のおでこをよしよしと撫でる。
「フィズ……うん、よく眠れたよ」
「それはよかった。使用人達もみんな心配してたよ。姫の侍女達なんか、疲労回復全身スペシャルマッサージを施すって息巻いてた」
「それは……楽しみだね」
「うん。今回も姫はとても頑張ったからね、たくさんやってもらいな。他に何か希望はあるかい?」
フィズの言葉に、私は寝起きの頭で思考を巡らせる。
仰向けのまま首を傾げる私を見て、フィズがクスリと笑った。
「姫、姫は体調が悪いんだからもっと甘えていいんだよ。甘い物が食べたいでも、体がだるいから脚を揉んででも」
「我が儘を言ってもいいってこと……?」
「もちろん」
そう言いつつも、フィズは苦笑して私の頭を一撫でした。
「俺はね、今だけに限らず、もっと姫の我が儘……お願いを聞きたいんだよ。姫はもっと俺達に甘えていい。もっと自由でいいんだ」
「周りに迷惑をかけても?」
「それが周囲に害を及ぼすようなものなら俺が止める。だからね、願いを口にするだけなら、それは決して悪いことではないんだよ」
しっかりと目を合わせ、穏やかな口調で私に語り聞かせるフィズ。
「俺は、姫のかわいい我が儘をもっと聞きたいな」
そう言って微笑んだフィズの表情は、私にもっと好きなことをしろと言ったアリスの顔に重なって見えた。
「――じゃあ、姫の様子も見られたことだし俺はそろそろ仕事に戻るね」
踵を返し、出口に足を向けるフィズ。
私は反射的にベッドから下り、その背中を追う。
「姫?」
「シャノン?」
二人が困惑したように私を呼ぶ。
その時、私の頭の中ではあるフィズの言葉が蘇っていた。
断りはしたものの、ずっと頭の中にあった提案。
――本当は、行きたくて仕方がなかった。
――だけど、私は皇妃だから、迷惑をかけちゃいけないと思って我慢した。
『――姫、新婚旅行に行かない?』
あの発言は、ずっと私の頭の片隅にあった。決して、忘れることなく。
たたたっと駆け寄った私は、ムギュッとフィズに抱きついた。そして、見た目よりも固いお腹に顔を埋める。
「ひ、姫? どうしたの?」
戸惑ったような声が頭上から降ってくる。
「――フィズ、私、新婚旅行いきたい」
固いお腹に顔を埋めたまま、ポツリと言葉を落とす。
今更言ったんじゃ、もう遅いかもしれないけど……。
私はおそるおそるフィズの顔を見上げた。
すると、最初はキョトンとしていたフィズの瞳が、徐々に見開かれていく。
「!!! もちろんだよ! 行こう!!」
その時のフィズの表情は、これまでに見たことがないほど嬉しそうな顔だった――





