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【146】十年間の眠り





 アリスの部屋の中に向かって足を進めようとすると、フィズにヒョイッと抱き上げられた。


「?」

「壊れた扉の上を歩くのは危険だからね」

「ああそっか、ありがとう」

「ふむ、片付けるか」


 リュカオンがそう言うと、どこからか発生した風によって扉とその破片が廊下の端っこに一纏めにされた。魔法って便利だねぇ。


「そもそも、扉を蹴破らなければよかった話ではないの?」


 ぼやくようにアリスが言う。


「そこはほら、景気づけに、ね」


 あ、ウインクしようとしたら両目瞑っちゃった。失敗失敗。


「まあ、私の家ではないからいいけれど」


 腕を組み呆れた顔のアリス。


「それで、シャノン達は何をしに来たのかしら?」

「お話だよ。すぐに終わる話でもないし、とりあえず座ろうか」


 近くにあった椅子に腰掛け、みんなにも座るように勧める。


「……ここ、私の部屋なのだけれど」

「私の家の中にある、ね」

「シャノン、あなた段々私に容赦がなくなってきたわね」

「ふふ、親友志望だからね」


 遠慮のない関係が理想です。




 ――さて、そろそろ本題に入ろう。

 正面からこちらを見る紫色と、しっかりと目を合わせる。


「――アリス、もう気付いてるかもしれないけど、私はアリスの置かれている状況を知ってる……つもりだよ」

「そう。じゃあ、送別会でもしてくれるのかしら。にしては、大分荒々しいけれど」

「ううん。私はアリスとお別れしたくないから、今日ここに来たの」

「どういうことかしら」


 私が何を言おうとしているのかが予想できないのだろう、アリスが怪訝そうな顔をする。


「単刀直入に聞くよ。――アリス、生きたい?」

「――っ!」


 息を呑むアリス。

 そしてアリスはギュッと口を閉じ、以前よりも少し血色の悪くなった唇を開いた。


「そんなの、生きたいに決まってるじゃない」

「どんな対価を払っても?」

「私が払えるものなら、なんでも払うわ」


 アリスはしっかりとこちらを見据え、言い切った。その瞳には一片の迷いもない。


「私は……まだ王女として国に貢献もできていないし、家族に恩返しもできてない……なにより、ノクスともっと一緒にいたかった……。それが叶うのならば、何でも差し出すわ」


 アリスの声に期待の色が滲む。私が何かを提案しようとしていることを薄々察し始めているんだろう。

 私がアリスに今までこの話をしなかったのは、完成もしていないのに下手に期待をさせるのは残酷だから。だから、ギリギリまで言えなかった。


「――対価は、十年」

「……へ?」

「――そして、巫女の力。アリスの体を蝕む原因である巫女の力を取り除き、体を健康な状態に戻す魔法を編み出したの。だけど、そのためにアリスには十年の眠りについてもらう必要がある」


 アリスの命の刻限を知ってから、私はとある魔法の開発に取り組んでいた。アリスの体から巫女の力を取り除き、生きながらえられるようにする魔法だ。

 そして、その魔法はつい先日完成した。……したんだけど、その代償が問題だったのだ。魔法の効力が大きいだけに、どうしても代償が大きかった。既にボロボロになったアリスの体を回復させるには、何十年単位の長い眠りが必要となってしまったのだ。

 アリスが眠る時間が少なくて済むように試行錯誤した結果十年まで短縮することができたけど、これが限界だった。

 私達の年頃の十年というのは、とても重い。たくさんのことを学び、色んな人と関わって成長する時期だ。そんな大切な時期が丸っと抜けてしまえば、周囲との差は生まれるだろう。もちろん、意識がないわけだからその間はノクスの成長を見守ることもできない。

 命は助かるけれど、失うものは決して少なくないのだ。


「十年……その間、私はずっと眠りっぱなしということ?」

「うん。食事や排泄の必要はないけど、体が回復するまでは一度も起きることはなくなる」

「そう……」


 そこで、私は膝の上で握りしめている自分の拳に視線を移した。そして拳をギュウッと握りしめる。


「シャノン、顔を上げてちょうだい」


 落ちついた声に促され、顔を上げる。

 ――するとそこには、これまでには見たことがないほど穏やかな微笑みを浮かべているアリスがいた。


「アリス……?」

「ふふふ、なんて顔をしているの。せっかくのかわいい顔が台無しよ。シャノン、目先の十年とその先の何十年、比べるまでもなくてよ。確かにこの若くてかわいらしい時期をただ眠って過ごすのは惜しいけれど、十年後の私は二十五歳、まだまだ若いわ。それに、学業でいえば私は必要なことは既に学び尽しているし。シャノンには劣るけれど」

「じゃあ……」


 心穏やかな表情のアリスが、しっかりと一つ頷く。



「もちろん、生きることを選ぶわ」


「!」


 その言葉が私の脳に染み渡る前に、アリスにギュッと抱きしめられた。


「ふふ、なんでそんな苦しそうな顔をしているのよ。私の命を救えるのだからもっと誇らしげに言ってくれればいいのに」

「……私だって色んなことを考えたんだよ。アリスは自分の運命を受け入れているみたいだから、万が一にも生きることを選んでくれなかったらどうしようとか、十年なんて長すぎるから嫌だって拒まれたらどうしようとか、嫌な想像が膨らんじゃったの……」

「回りすぎる頭も考えものね」


 よしよしと私の頭を撫でるアリス。

 されるがままになっていると、誰かが部屋の中に入ってくる足音が耳に入ってきた。


「――アリス様……」

「!」


 名前を呼ばれたアリスが目を見開く。その視線の先にいるのはもちろん、廊下の方から歩いてきた黒髪の少年だ。


「ノクス……いつから……」

「全部……聞いてました……」

「そう……じゃあ、状況は大体分かっているのかしら?」

「はい」


 悲痛な顔をして俯くノクスにアリスが申し訳なさそうな視線を向ける。


「あなたも色々と言いたいことはあるでしょうけど、とりあえず、酷いことを言ってごめんなさい。あと、隠していたことも」

「分かって、ます。アリス様が、俺を悲しませないためにと思ってしたことだって……。それに、知ってたら多分、俺はアリス様が懸念していたことを実行したでしょうから……」

「ノクス……」


 うんうん、こちらもとりあえずは和解かな?

 すると、ノクスの真っ黒い瞳がこちらを向いた。


「シャノン様、本当にありがとうございます……どうやって恩を返せばいいか……」

「ふふ、お礼を言うのはまだ早いよ。それは十年後、アリスが目覚めてから受け取ろうかな」


 そう言って笑いかけると、ノクスもほんのりと微笑んでくれた。レアな表情だね。

 つられて私も微笑んでいると、アリスが私の顔を覗き込んできた。


「ところでシャノン、その魔法はあなただけで完成させたの? 天才どころの話じゃないわよ?」

「まさか。もちろん協力してくれた人がいるよ」

「そうだったの。でも、協力者の方は私のことを全く知らないでしょう? よくそれで魔法ができたわね」


 不思議そうに問いかけるアリス。


「ううん、協力者にはちゃんとアリスの体の状態とか、魔法を作成するにあたって必要な情報を視てもらったよ」

「いつの間に……でもありませんわね」

「あはは」


 苦笑するしかない。

 フードを被った明らかにおじ様(怪しい人)を連れてきてアリスに会わせたもんね。魔法作成の協力者の一人であるおじ様はあの時、アリスの状態を視るためにやってきたのだ。

 私のお家に来てみたかったっていうのもあったかもしれないけど。


「とっても信頼できる人だし、そこから情報が漏れることはないから安心して」

「私のためにここまでして下さった方だもの。疑ってないわよ」


 それはよかった。

 すると、アリスが何かを思い出したように「あ」と声を上げる。


「一応、家族には状況を知らせておきたいわ。手紙を出したいから、便箋か何かいただけるかしら」

「ああ、その必要はないよ」


 すると、これまで黙っていたフィズがサラリと言い切った。

 これにはもちろん、アリスが困惑した表情を見せる。


「ええと、その必要がないとは?」

「お嬢様の家族とは、もう俺の方から話をしておいたから」

「なんと。フィズってばいつの間に」

「姫が魔法を開発している間、もう一回お嬢様の国まで行ってきちゃった。いや~、夜に王宮に忍び込んだから、向こうの陛下には不審者だと勘違いされて大変だったよ」


 フィズには私がやろうとしていることを事前に伝えておいたからね。報連相は大事だ。

 私が魔法の開発を成功させることを信じて、フィズも動いてくれていたらしい。

 だけど、手紙とかじゃなくて自分で行ったんだ。そして忍び込んだんだ……。


「そりゃあ、夜中にこんな美青年が侵入してきたらアリスのお父さんもビックリしちゃうよ」

「シャノン、多分驚くポイントはそこではないぞ」


 リュカオンの冷静なツッコミが入る。

 もちろん、魔法を編み出すのにはリュカオンにも協力してもらった。今回の功労者の一人だ。


「忍び込んでって、うちの衛兵……では太刀打ちできるはずもないわね……」


 「国防……」と、どこか遠い目をするアリスだったけど、すぐに苦笑の表情へと変わった。


「まあ、もうあなた達規格外夫婦に突っ込むのも無駄ね……。お父様達にも話が通っているならよかったわ」

「話は通したけど、ちゃんとした説明は自分の口からしてね」

「自分の口でって……え?」

「俺はよく分からないけど、今回の魔法はそれなりに大規模なものだし、お嬢様の体の状態的にも国に帰っている時間はないそうだね。だから、ここで魔法を施して、眠ったお嬢様を国に送還するという形になると聞いた」

「ええ、だから家族には会えな――」

「だから、お嬢様の家族に来てもらうことにしました」


 ニパッと笑うフィズに、アリスがポカンと口を開く。


「来てもらうことにしたというか、なったという方が正しいけどね。お嬢様が眠りにつく前に何が何でも会いに来るって聞かなくて。あ、もちろん他国の王族を公に迎えるとなると準備に時間がかかりすぎるからコッソリとだけど」

「密入国では……」

皇帝()が許可を出してるんだから問題ないよ。それに、そういうルールは怪しい者を国に入れないためにあるでしょ? 王族なんてこれ以上ないくらい身元がしっかりしてるじゃない」

「……それがなんとかなっても、そんなすぐに行き来できる距離では……」

「俺がどうやってお嬢様の国に行ったと思ってるの? ちゃんと()()()()()()()()()をやったから大丈夫だよ。最低限の準備が出来次第こちらに向かうと言ってたから、今日の午後くらいには着くんじゃないかな」


 安心させるように言い聞かせるフィズ。

 あれ? フィズが移動する時って……。

 その時、私の脳裏に浮かんだのはフィズの契約獣である一頭の白いモフモフだった。フィズがお忍びで行動する時は、大体白虎(グレイス)に乗っていたはず。

 ……まさか、他国の王族が白虎に跨がってやってきたりは……しないよね……?

 妙な予感に襲われていると、私の顔をフィズが覗き込んできた。


「どうだい? 少しはお役に立てたかな?」

「フィズすごいね、仕事のできる男」

「そうでしょうそうでしょう」


 もっと褒めろとばかりに相好を崩すフィズ。そんな私達を見てアリスも微笑み、そしてゆったりと、お姫様らしく優雅に頭を下げた。


「……本当にありがとう。あなた方には、感謝してもしきれないわ。私、この国に来て本当によかった」

「そう言ってもらえると、皇帝としては何よりだよ」


 クスリとフィズに微笑み返したアリスはベランダの方へと向かった。そして隙間なく締め切られていたカーテンを勢いよく開く。

 分厚いカーテンがなくなったことで心地のよい日差しが差し込み、部屋の中を明るく照らしてくれる。

 雲一つない青空を見上げるアリスは、何かが吹っ切れたようなスッキリとした表情を浮かべていた。




「――さて、ちょっとばかし長めの睡眠でもとりましょうか」











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