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【145】お顔を貸してくださいませんか?





 さらに翌日、廊下を歩いていると正面からノクスが歩いてきた。

 だけど、やっぱりアリスに拒絶をされているのが堪えているようで、その顔はどこか暗い。


「シャノン様……アリス様が……今日も出てきません……。アリス様は、もう俺には会うつもりがないんでしょうか……俺は、捨てられるんでしょうか……」


 腕の中の狐をギュッと抱きしめるノクス。狐は慰めるように「キュ~」と鳴いてノクスの頬を舐める。どうやら、ノクスのことは狐が支えてくれているようだ。

 狐を抱きしめながら、ノクスがポツリと口を開く。


「アリス様は……俺の命の恩人で、大事な人です……。でも、アリス様にとって、俺はいてもいなくても変わらない……」

「……私にはアリスの真意は分からないけど、傍から見てもアリスがノクスのことをどうでもいいと思っているようには見えなかったよ。アリスも、ノクスのことを大切にしてると思う」

「なら……」

「でもね、多分アリスが相手を大切にする方法は、ただ傍にいることだけじゃないんだと思う。きっと、何か考えがあるんだよ」

「そう……ですかね……」

「きっとそうだよ!!」


 力強く頷く。すると、ノクスの安心毛布と化していた狐が「キュッキュキュ!!」っと激しく鳴きだした。興奮したように尻尾もブンブンと振っている。


「狐様、ダメです……。アリス様を引っ掻かないでください……」

「狐、なんて言ってるの?」

「アリス様がもし俺のことをただぞんざいに扱っているだけなら、自分が引っ掻きにいってやる、と……」

「そっか。――え、いつの間に狐の言葉が分かるようになったの?」

「ずっと傍にいるので……なんとなく分かるように……」

「すごいね」


 細かいニュアンスまでバッチリ伝わってるじゃん。なんとなくの域をゆうに越してるよ。


「……」


 私はノクスに歩みより、いつもより少し下がった肩にポンと手を置く。


「ノクス、大丈夫。アリスが国に帰るまでに、私がなんとかアリスと話せる機会を作るから」

「……ありがとう、ございます……」







 ノクスと別れた後、私は食事を届けにアリスの部屋へと侵入していた。

 この調子だとクラレンスよりも隠密活動が得意になっちゃうんじゃないかな。……それは思い上がりすぎか。

 机の上のものを片付けていると、椅子に腰掛けたアリスがジッと私のことを見詰めてくる。


「ねぇシャノン、もしかして気付いてる?」

「――なんのこと?」


 アリスの質問にコテンと首を傾げる。すると、いつもは「かわいい!」と大騒ぎをするはずのアリスがジト目で私を見上げてきた。


「かわいい顔をしているけれど、あなたの頭が相当切れることは、わたくし身をもって知っているのよ? なにせクイズ大会でコテンパンにされたのだから」

「……もしかして、実は根に持ってたの?」

「持っていないわ。上には上がいると痛感しただけよ。まさか、それが私よりも年下の妖精のように愛らしい女の子だとは思わなかったけれど」

「人は見かけによらないものだね」

「それ自分で言うことかしら」


 眉尻を少し下げ、やれやれといったように微笑むアリス。そんな彼女の手が、私が持ってきた籠の中を漁る。そしてスープの入った容器を取り出した。


「さり気なく消化のよさそうなものを混ぜてくれちゃって」

「運動不足なアリスの体を気遣ってるだけだよ」

「ふふ、まあそういうことにしてあげるわ」

「あはは、さっきから何言ってるの? 変なアリス」


 私は内心を隠し、必死に自然な笑顔を浮かべた。こういう時、社交をやってこなかったツケを感じる。私は本心を隠すのがあんまり得意じゃないから。




 ……その仮説に至った時には、心臓が止まるかと思った。



 ――ねぇアリス、流石の私でも騙されないよ。


 先日、私がアリスの部屋に勝手に入った時、アリスの胸元は真っ赤に汚れてた。

 アリスはトマトスープだって言ってたね。でも、色は誤魔化せても、臭いまでは誤魔化せないよ。――あれは、紛れもなく血だった。


 アリスの吐血を目撃して、フィズから彼女が巫女だと聞かされた時、私の中には一つの仮説が浮かび上がっていた。



 ――アリスの命の刻限が、すぐそこまで迫っている。



 そして、アリスはそのことを既に知っている。なにせ巫女の力があるんだもん。どこかのタイミングで自分のことを視て、タイムリミットを知ったんだろう。

 アリスの行動は、自分の体のことを全て知った上でのものだと考えるのが妥当だ。


 そこからは、全てが繋がっていった。

 巫女の力が自分の体には合わなかったと言っていたこと。

 ルール違反スレスレの手を使ってまで他国で羽を伸ばす理由。


 ――そして、ノクスを遠ざける理由。


 強すぎる巫女の力がアリスの体を蝕んだの?

 リスクを冒してまで他国で羽を伸ばしたのは、最期の思い出作りのため?

 何も言わず、拒絶するように置いていくのは、ノクスを悲しませないため?

 

 聞きたかったけど、そうしたらアリスがどこかへ逃げてしまう気がして聞けなかった。


 あの日の吐血を見た時から――いや、もっと早く気付かなきゃいけなかった。お姫様(アリス)がこの国に来た理由を、もっと問い詰めなきゃいけなかったんだ。

 すると、アリスが真剣な顔でジッと私の顔を見詰めてくる。


「シャノン、私は逃げたりしないわよ」

「……何のことかは分からないけど、それならよかった。でも、アリスは早く帰ってお家の人達に顔を見せなくていいの?」

「そうねぇ……」


 少し考え込むように宙を見るアリス。


「あのね、私ってば容姿も優れているし性格も素直だし、特別な力を持っているしで家族から大層かわいがられているの」

「突然だね。あとそれ自分で言う?」


 なんかデジャブだけど、突っ込まずにはいられなかった。


「自分で言えるくらい、私は自分が愛されていることを知っているわ。家族も、あの子も、私のためなら平気で命をも差し出してしまえるでしょう。……だけどね、いえ、だからこそ、わたくしは大切な人達が禁忌に手を染めるのは嫌なの。誰かの屍の上に立ってまで、私は生き延びようとは思わないのよ」

「……」

「なんなら、家族はその兆候があったから私は国を出たの。だから、私は最期までノクスには何も告げないし、ギリギリまで国にも帰らないと決めた」


 その紫色の瞳には、確固たる意思が宿っていた。


「……足掻こうとは、思わなかったの?」

「足掻いたわよ。でも、国内最高の魔法使いでも、賢者でもどうにもならなかった」

「!」


 バカなことを聞いた。

 こんなにも大切なものの多いアリスが、生にしがみつこうとしないわけがないのに。

 ギュッと唇を噛み締める。するとアリスがフッと眉尻を下げ、慈しむように微笑みを浮かべた。

 そしてアリスは椅子から立ち上がると、ギュッと私のことを抱きしめる。

 確かに血の通った温もりが、私のことを包み込んだ。


「――シャノン、私の大切なお友達。私、あなたに会えて本当によかったわ」


 アリスはポンポンと私の背中を優しく叩くと、腕をほどいた。


「よく分からない話に付き合わせてごめんなさいね。あまり長居したらシャノンがここに来ていることがバレてしまうわ。そろそろお帰りなさい」

「……うん」


 そして、私はアリスの部屋を後にした。




 庭を歩いていると、隣のリュカオンが気遣わしげにこちらを見上げてくる。


「シャノン……」

「大丈夫、大丈夫だよリュカオン。このままおじ様のところに行こう」

「あ、ああ」


 ――ねぇアリス、アリスが何も言ってくれないから、気付くのが遅くなっちゃった。だから私、悲しむ暇も落ち込む暇もなかったんだよ?


 残されていた時間がほんのちょっとしかなかったから、涙を流す時間すら惜しんで行動したの。

 泣くと疲れちゃうからね、その休憩の時間すらもったいもん。


 アリス、あなたが諦めても、私諦めないよ。


 アリスの国の人達では無理だったかもしれないけど、アリスの言う通り上には上がいるものだ。


 国内最高の賢者っていっても、百年も生きてないひよっこでしょ?



 ――こっちには、伝説級の存在(生きた化石)達と、アリスをも負かした頭脳の持ち主がいるんだから。






 ◇◆◇




 それから無情にも時間は流れ、ついにアリスが帰国する前日になってしまった。

 だけど、アリスはついぞ部屋から出てくることはない。


 そして早朝、私達はアリスの部屋の前までやってきていた。


「――フィズ、やっちゃって!」

「了解」


 ドォオオオオンッ!!!


 涼やかな声の直後、扉を蹴破る音が響き渡った。

 時刻はまだ朝、街中でやったら近隣住民からクレームがくること間違いなしだろう。だけど幸いにも、この周りに建物はない。


「な、なに!?」


 部屋の中から慌てて起き上がるような音が聞こえてくる。どうやらアリスが起きたようだ。


「さっすがフィズ、いい蹴りだね」

「お褒めに預り光栄だよ」


 いえーいとハイタッチを交わす。


「――人の部屋の扉を蹴破ってほのぼのしないでくれるかしら、このおバカ夫婦」

「あ、おはようアリス」


 ゲンナリとした顔のアリスがよたよたと出てくる。寝起きだからだろう、髪の毛には寝癖がついてるし、格好だって寝間着のワンピースに上着を羽織っただけだ。足元も裸足だし。


「おはようシャノン。素晴らしい朝ね。こんなにスッキリ起きた朝は人生で初めてよ」

「それはよかった」

「あはは、姫、多分今の皮肉だよ?」

「気付いてるってば」

「それは失礼」


 スッと一歩下がるフィズ。自分の出番は一旦ここまでってことだね。

 

 ――そう、今は私のターン。


「アリス、ちょっと顔貸してくれる?」



 ――アリス、大切で大好きな、私の初めてのお友達。


 だから、私が助けるよ。





「――おい、誰だうちの子にこんな言い回しを教えたのは」

「……リュカオン、空気がぶち壊れだよ」


 おかげで肩の力が抜けたけれども。








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