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【144】おじ様の自宅訪問




「来ちゃいました」


 ……これは、夢でしょうか……。

 ここにはいないはずの人が見えるんだけど。

 ヒョイッと持ち上げられたフードの下に覗く整った風貌。


「おじ様、最近はなんだかどんどんアクティブになってますね」

「待ちの姿勢では駄目だと神獣様に教わりましたから」

「だからと言って人の家に勝手に押しかけてくるのはどうかと思うがな」


 ジト目のリュカオンがおじ様を見上げる。

 そう、ここは離宮(私のおうち)の中庭だ。そこに突如人が現れたから何事かと思って警戒したんだけど、よく見知った人だから拍子抜けした。

 毎日見てる光景の中におじ様がいるの、なんだか妙な感覚。


「……ところでおじ様、それ前見えます?」

「うーん、かなり見づらいです」


 おじ様は身バレ対策なのか、顔のほとんどを覆い隠さんとするフードのついた外套を羽織っていた。

 この決して顔を見せまいとする重厚さ……どこぞの誰かの結婚式を思い出すね。懐かしい。


「何をしに来たのだ」

「もちろん、シャノンちゃんに会いに。ついでに、シャノンちゃんの家で図々しくも引きこもっているという少女の顔を拝みに来ました」

「言葉の端々からライバル意識が滲み出ているな……。そなたよりも大分年若い少女に対してなんと大人気ない」

「年齢を理由に相手を侮るのは愚か者のすることですよ」

「こういう状況でなければ含蓄のある言葉だったんだがな」

「それに、シャノンちゃんの周りで僕だけお宅にお招きされたことがないのはおかしいんじゃないかと思って」

「そなた……。というか、今回も招かれたわけではないであろう……」


 呆れ顔を隠さないリュカオン。

 まあ、私としては引きこもりなおじ様の行動範囲が広がるのはいいことだと思う。私も箱入りちゃんなので人のことは言えないけどね。


「まあいい。来てしまったものは仕方が無いからな。なるべく人に見られないようにしろよ。素性がバレてもいいならよいが」

「おっと、それはまだ遠慮したいですね。コッソリ行動します」


 フードを引っ張るおじ様。

 もう十分顔は隠れてるけどね。


「ところでシャノンちゃん、それは何ですか?」

「今日の分の差し入れですよ。アリスの」

「一週間分ですか?」

「いえ、一日分です」

「多くないですか?」


 疑問符を浮かべるおじ様の視線の先には、私の腕に抱えられている食糧がたんまりと載った籠がある。


「引きこもってると暇らしくて、食べることしか楽しみがないからおいしいものを食べたいって。だから、なるべく色んなものを持っていってるんです」


 量が多いのは、「人前に出ないのだから多少ボディラインが崩れようが問題ないですわー!」と、お姫様が爆食いしてくれちゃってるからだ。と言っても普段のアリスが食べる量に比べて、だけど。

 ほいっと手に持った籠を見せると、おじ様がクワッと目を見開いた。


「し、シャノンちゃんをパシリに……」


 ショックを受けたようによろめくおじ様。そんなに衝撃を受けることあった?

 というか――


「パシリ? どういう意味の言葉です?」

「おっと、シャノンちゃんは知らなくていい言葉ですよ。……そういうところは、シャノンちゃんもしっかりお姫様ですよね。生粋のお姫様特有な我が儘さがないから普段は忘れがちですけど」


 微笑まし気な顔でよしよしと頭を撫でられる。まあ、口元しか見えないんだけど。





 それから、おじ様は私の後ろをテコテコと歩いてついてきた。


「……おじ様、本当についてくるんですか?」

「はい、もちろん」


 窓の外からコッソリ覗くくらいかと思ったら、私達に同行するらしい。

 まあ、他国出身のアリスにはミスティ教の教皇とおじ様がすぐに結びつくことなんてないからいっか。


 そして、私達は先日と同じく、ベランダの窓からアリスの部屋へと入った。


「――ええと、シャノン、その方は……?」

「……」


 明らかに困惑するアリス。まあ、当たり前の反応だよね。事前説明も何もなしに知らない人を連れてきてるわけだし。しかも、明らかに顔を隠した風体だし。

 とりあえず微笑んでコテンと首を傾げておく。


「か、かわいい……っ!」


 誤魔化せたかと思ったけど、アリスはすぐにハッと我に返った。やっぱりダメか。


「いえいえ、そんなことでは騙されませんわ。え、私にしか見えていないのかしら。……まさか幽霊? 悪霊だったらどうしましょう。かわいいかわいいシャノンが悪霊に取り憑かれたら事だわ。きっと連れ去られてしまうに決まっているもの。こうなったら私が除霊を……」

「ストップストーップ、私にも見えてるからその果物ナイフ仕舞ってね」


 どうどうと手を振って手に持ったナイフを下ろさせる。

 というか、なんで幽霊と戦う武器にナイフをチョイスしたんだ。一番効かなそうなのに。まあ、幽霊にも有効な武器は何かと聞かれても困っちゃうけど。


「この人のことは空気だと思って。私のおまけ」

「新しい使用人か何か?」

「う~ん、まあそんなもの?」

「なぜ疑問形なのかしら」

「あはは」


 世界最大級の宗教(ミスティ教)の教皇様を使用人呼ばわりはなんだかバチが当たりそうだからね。

 誤魔化し笑いを浮かべながら、私はテーブルの上に食べ物の入った籠を置く。


「アリスに差し入れを届けるのにあたって、色々とお手伝いしてほしいから事情を知らない人を呼び寄せたの。ほら、意外とこの籠とか重たいし」

「たしかに籠持ちは必要ね。シャノンの細腕には負担だもの」


 うんうんと頷くアリス。

 あっさり納得されちゃったよ。初めて非力が役に立ったかもしれない。


「あ、昨日のゴミは回収しちゃうね」


 テーブルの上に置いてあったもう一つの籠は、私が昨日持ってきたものだ。その中にはゴミが纏められている。そして籠の取っ手に手を掛けると、なんだか周りが静かなことに気付いた。


「?」


 妙な雰囲気に後ろを振り返れば、おじ様がなにやら構えるような妙な体勢で固まっていた。

 フードを目深に被っているから顔は見えないけど、驚愕している気配を感じる。


「し、シャノンちゃ――シャノン様にゴミ回収……?」


 すっごい驚いてるねおじ様。

 ショックすぎたのか、なんかよろけてるし。

 倒れそうになるのをなんとか踏みとどまったおじ様は、アリスの方に向き直った。


「シャノン様にこのような雑用をさせるのはいかがなものでしょうか」

「それは申し訳ないと思っているわ」

「シャノン様のか弱く白魚のような手にゴミを処理させるなんて……。カトラリーを扱えたら上等。むしろそれすらさせずに全て食べさせてあげたいくらいのシャノン様に……」


 期待値が低すぎる。もうそれ赤ちゃんじゃん。

 おじ様は私をなんだと思ってるんだろう。

 不満そうな雰囲気のおじ様がリュカオンに体を向ける。


「神獣様はこれをよしとしているんですか?」

「シャノンが嫌がっていないからな。もし強要されているようだったら我が止めているに決まっているだろう」

「確かに。それに、本人が嫌がっていないものを止めさせるというのも違いますね。失礼しました」

「うむ」


 了解したというようにゆらりと尻尾を揺らすリュカオン。 

 アリスは、そんなリュカオンとおじ様をキョロキョロと交互に見た後、私に半ば呆れたような視線を向けてきた。


「シャノン貴女、とことん過保護な者達に囲まれているわね……」

「自分で集めてるわけではないんだけどね」


 気付けば過保護な人達が周りをガッチガチに固めてたんだよ。






 アリスの部屋を出た後は、せっかくなのでおじ様に離宮の中を案内することにした。もちろん、誰にも見られないようにコッソリと。


「この時間、オーウェンやクラレンス達は自主トレーニングをしてるから屋敷の中にはいない。ルークは基本医務室から出てこないし、オルガは調理場。セレスは洗濯物をしてるし、ラナはお休み、アリアの行動パターン的に今の時間このエリアには来ないはずだから……」


 おじ様が誰かに会わないようにルートを考えながら進む。

 ふふ、なんだかかくれんぼみたいで楽しい。

 ルンルンと先頭を歩く私の後をついてくるおじ様とリュカオン。


「すごいですね」

「頭脳の無駄遣いだな」

「この上なく有効な使い方だよ!」


 むんっとリュカオンに反論する。


「シャノンちゃんは使用人一人一人の行動を把握してるんですか?」

「完全にではないけど、大体どの時間帯に何をしてるかは分かります」


 まあ、毎日同じ建物の中で生活してるからね。みんなの行動パターンくらいは自然と分かるものだ。


「変ですか?」

「いえ、主がそこまで自分達のことを認識してくれているというのは、仕える立場からすると嬉しいものだと思いますよ。大きな貴族の屋敷だと主人に名前すら覚えられていない者もいますからね」

「そういうものですか」

「多分。ほら、僕も誰かに仕えたことなんてないので」


 あっけらかんと言い切るおじ様。

 そりゃそうか。おじ様が誰かの下で働くとなったら側近の人達がショックでぶっ倒れそうだ。

 おっと、こんなところで悠長に話している場合ではないね。


「行きましょうおじ様! 次は書斎を案内してあげます!」

「おお、書斎ですか、楽しみです」


 それから、私達はこっそりと息を潜めて離宮の中を回った。最後まで無事、誰にも目撃されることなく。広いお家でよかったよほんとに。

 おじ様もそこまで長居する気はなかったらしく、離宮の中をサラッと一周したらあっさりと帰っていった。






 そして夜、フィズが帰宅した。

 「ただいま~」と歩いてきたフィズが、何かに気付いたかのようにピクリと反応する。


「……姫、もしかして誰か来た?」

「!!」


 ビクッとする私。


「だ、誰も来てないよ?」


 思わぬ指摘に声が裏返る。

 すると、フィズがコテンと首を傾げた。


「あれ? おっかしいなぁ。なんか知らない人間の気配の残り香を感じる気がするんだけど……」

「そ、そんなことないんじゃないかな?」

「そっか、じゃあ俺の気のせいだね」


 いやいや、気配の残り香ってなんですか?

 おじ様は午前中で帰ったし、今はもう夜だよ?


「相変わらずとんでもなく鋭い勘だな……」

「ね」


 小声でリュカオンと言葉を交わす。

 おじ様が来たのがフィズのいない時でよかった。もしかしたらその時を狙ったのかもしれないけど。



 とりあえず、フィズとだけはかくれんぼしたくないな。






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