【143】お話しましょ!
「アーリースー、お話しましょ~」
腰を抜かしたらしく、床に座り込んでいるアリスのもとへと歩いて近付く。
安心させようと笑顔を浮かべているんだけど、私が足を踏み出すのと同時にアリスが手足を使って座ったまま後ろに下がっていってしまう。
そして、アリスは恨めし気に私を見上げた。
「シャノン、もっと普通に入ってこられなかったかしら?」
「普通のルートはアリスが塞いじゃったでしょうが」
部屋の出口の方を見れば、ご丁寧にバリケードが築かれていた。
小さな棚などやテーブルとか、女の子一人でも動かせる物しか置いてないから、あってないようなバリケードだけど。
ただ、アリスはそんなものを作るほど本気だということだ。
これは、本当に一週間籠もる気だったのかもね。
「普通、皇妃様はベランダから侵入したりはしないものよ」
「普通、お姫様は密入国したり部屋の扉の前に自力でバリケードを築いたりはしないものだよ」
「~~っ! 弁が立つわねこのかわいこちゃんは!」
「ありがとう?」
今のは褒められたんでいいんだよね?
まあ、とりあえずアリスの話を聞こう。
「アリス、とりあえず座ろ」
「誰のせいで床にいると思っているのかしら……」
手を貸してアリスを立たせてあげる。そして私はベッドサイドの椅子に、アリスはベッドに腰掛けた。リュカオンは私の足元で伏せをしている。
リュカオンを一撫でした後、私は目の前のアリスに視線を戻した。
「――私ね、アリスとはゆくゆくは親友になりたいと思ってるの」
「!」
どうせ引きこもった理由を聞かれると思っていただろうアリスは、虚を衝かれたように目を見開いた。その後、私の言ったことが浸透していったようで、徐々に照れくさそうな、こぼれ出る微笑みを堪えるような表情になる。
「なっ、突然何を言うのかしら……!」
「私、アリスとはもっと仲良くなりたい。アリスはそうじゃないの?」
「……っ」
アリスは一度口を引き結んだ後、諦めたように「はぁー……」と長い溜息を吐いた。
「そんなにストレートに言われると毒気を抜かれるわね。でもねシャノン、親友というのはそんな簡単には――」
「なりたくないの?」
上目遣いでアリスを見る。
「うっ、なりたくない……わけではないわ……」
「そう、よかった! 親友って、隠し事もないほど何でも打ち明けられて仲がいいことらしいよ。これってつまり、お互いに隠し事はしちゃダメってことだよね!」
アリスが「それは違うと思うわ……」とでも言いたげな顔になったけど、私はそのまましゃべり続ける。今日はグイグイシャノンちゃんなのだ。
「ノクスと喧嘩した理由、教えてくれる?」
「……」
アリスは腕を組んでプイッとそっぽを向き、だんまりだ。
むむ、何も喋らないつもりだね……。
衝撃の登場から少し時間が経ち、アリスも冷静さを取り戻してきたようだ。
「アリスは隠し事が多いね。黙ってたら、シャノンちゃんが勝手に推理しちゃうよ?」
体を傾けるも、アリスと目を合わせることはできなかった。
とことん無視するつもりだね……。
「じゃあ、シャノンちゃんの推理を発表します! ――アリス、ノクスをこの国に置いて二度と会わないつもりでしょ」
単刀直入に告げてリアクションを見るつもりだったけど、そこは流石王族、ポーカーフェイスだ。
このまま話し続けようとしたところで、アリスがゆっくりと口を開いた。
「どうして、そう思ったのかしら?」
「アリス、この国にはノクスの就職先を探しに来たって言ってたよね。それがなんとなく引っかかってたんだけど、二人の様子を見ているうちに疑問は大きくなったよ。あんなに仲が良くて家族みたいに思ってるノクスをどうしてわざわざ他国にやるんだろうって」
「そう」
「それに、アリスはもうすぐ国に帰るっていうのにノクスが職を辞す気配はないから、このまま残るつもりなんだろうと思った。極めつけは今回の騒動だよ」
その言葉に、アリスが首を傾げる。
「――アリス、人とまともに喧嘩したことないでしょ」
言い終わるや否やリュカオンから「お前が言うか」って視線が飛んできたけどスルーだ。今はシリアスパートだからね。
「……確かにないけれど、それとシャノンの仮説と何の関係があるのかしら」
「あのねアリス、普段あんなにノクスのことをかわいがってたのに、ノクスも自覚がないようなことで腹を立てて絶縁状態っていうのはちょっと不自然すぎるよ」
――と、喧嘩もしたことがないしつい最近まで友達もいなかった皇妃様が言ってみます。
「落ち着いて考えてみたら、期日を決めてノクスに嫌われるような行動を実行したようにしか思えなかった。そんなことをするのは、ノクスにアリスへの愛着が残らないようにお別れするためかなって」
「……違うわ」
「そう? じゃあ、今の仮説をノクスに話しても問題ない?」
「駄目よ!!」
アリスが突如立ち上がって大声を出す。
「シャノン、あなたはそれを知ってどうしたいの?」
「事情を知らなければ協力をすることもできないからね。下手に動いたら裏目に出ることもあるだろうし」
「あら、私に協力してくれるつもりなの?」
「場合によっては」
話を聞いてから判断します。
ジッとアリスを見ていると、アリスはふぅと一つ息を吐く。
「――いいわ、話してあげる。その代わり、協力してもしなくてもさっきのことはノクスには話さないでちょうだい。あと、この話を聞いたからってノクスのことを罷免しないと約束してちょうだい」
「分かった。約束する」
力強く頷いてみせる。
「結論から言うと、あの子は私に差し向けられた暗殺者だったのよ」
「――ほぇ?」
予想外の切り口にまぬけな声が出る。
そんな私を見てアリスがニンマリと笑った。
「ふふ、いつもの妖精ちゃんフェイスに戻ったわね。いたずらっ子のシャノンもかわいいけれど、やっぱり普段の方がいいわ」
「いやいやいや、ちょっと待ってノクスは拾ったって言ってなかった?」
「初対面の子にわざわざ自分を殺しにきたけれど空腹で行き倒れた子を拾って自分の従者にしましたなんて言えるわけないでしょう」
呆れた顔をするアリス。
いや、なんで私の方がおかしいみたいになってるの?
「拾ったっていう説明も、もう少し突っ込まれるかと思ったけれどあっさり流してくれて助かったわ。ああ、それでノクスの話だったわね。あの子は幼い頃に先日の襲撃犯達のような組織に売られ、私を殺すための道具として送り込まれたのよ。初任務か、それ以前にも何かさせられていたのかは分からないけれど、ターゲットが目の前にいるのに空腹で倒れるなんて醜態を晒すのだから、あれが初任務だったんじゃないかしら」
さらりと言うアリス。
もしかして、アリスって色々とぶっ飛んでる?
というか、空腹で倒れてるのってなんかデジャブだね。
「にしても、子どもとはいえ自分を殺そうとした人をよく雇い入れたね……」
「誘拐や暗殺に人を差し向けられることなんてしょっちゅうだったもの」
「巫女だから?」
「そう――って、やっぱり知ってたのね」
アリスが苦笑する。
以前おじ様から巫女と呼ばれる存在がいる国があると聞いたけど、それがアリスの国だったのだ。
アリスが巫女だということは、フィズから聞いた。襲撃犯の残党を襲撃した時に吐かせたんだって。潰すだけじゃなくて情報収集もしちゃう旦那様、さすがすぎる。
巫女は、アリスの国の王族の女性にしか現れないらしい。
「ここ数代は巫女の力を持つ王族は生まれていなかったのだけど、私は先祖返りで比較的強い力を持っていたの。もちろん、巫女である私の存在は国の奥の手とも言えるから、そのことを知っている人間は限られている。だけれど、情報というのはどこからか漏れるものよ」
それで、アリスの力を利用したい人や巫女の力を使われたくない人達から日常的に狙われてたってことか。
中々深い話になってきたけど、シャノンちゃんの脳みそはまだ情報をグングンと吸い取ってくれてる。若くてよかった。
「言っておくけど、私の巫女の力はもうほとんど使えないわよ」
「なんで?」
「巫女の力は私には合わなかったらしくて、成長とともに使えなくなっていったのよ。今は能動的に使うことはほぼ無理ね。なんの気まぐれか、ごくたまに未来が視えたりするけれど対象も時期もランダムで使えたものではないわね」
アリス曰く、巫女の力というのは“視る”ことに特化しているらしい。それは未来だったり、人の本質だったりと人によって得意分野は様々らしい。
こんなことを他国の皇妃に教えていいのかと思ったけど、「信用してるわ」と言われた。友達からの信頼を裏切るわけにはいかないよね。
「巫女の力がほぼなくなったという情報が水面下で広まってからは狙われることもほとんどなくなって安心していたのだけれど……迷惑をかけたわね」
「それは気にしなくていいよ! アリスのせいじゃないし」
心の底からそう思う。アリスはただの被害者だ。
「――っと、話が逸れたわね。……そう、私がノクスをこの国に置いていく理由だったわね」
「うん」
「さっきも言ったけれど、情報は漏れるものよ」
「もしかして――」
「そう、どこからかは分からないけれど、ノクスが元暗殺者だということが噂として広まっていってしまったの。もちろん情報は規制していたけれど、その場には騎士やメイド達が数人ほどいたし、案外お酒の席とかで漏らしてしまったのかもしれないわね」
「……ない話ではないね」
一度外部に漏れてしまえば噂が広まるのはすぐだ。大抵の人は特に悪気もなく、雑談の話題の一つとして噂を広めるからね。
そして、その噂は裏取りもされずに受け入れられ、広まっていく。
「出回っているのはノクスが裏社会の人間だったらしいという曖昧な情報でしかないのだけれど、ほら、あの子は到底王女の近くで仕えられるような人間には見えないでしょう?」
「……」
「はい」とも「いいえ」とも言えなかったので、私はとりあえず黙っておいた。沈黙は金だ。
「その噂が広まってから、ノクスに心ない言葉をかける者が出てきたわ。そして、私の目の届かない場所での嫌がらせもあったらしいの。だから、私はノクスを国外に出すことにした。でも、私への忠誠心が残ったままだとノクスはきっと私の国に戻ってきてしまう。それであの子が心ない言葉に晒されて傷つくのが嫌だったから、私はここでノクスに嫌われてから国に戻ろうと思ったの。話はこれで以上よ」
「……そういう、ことだったんだね」
まさか、ノクスが故郷でそんなことになってたなんて……。そりゃあ、ノクスのことを大切に思ってるアリスはノクスのことを知る人がいない国外に出そうとするわけだ。
「そういうことであれば、私はアリスに協力させてもらう。ノクスの過去については……聞かなかったことにする」
「シャノン……ありがとう……」
ペコリと頭を下げるアリス。
「――さあ、もう遅い時間だし、早く寝なさいな。体調を崩すわよ」
「ハッ! そうだね! 遅くまでごめん。アリス、暖かくして寝てね」
「いえ、体調を崩すのはシャノンでしょう。侍女達に聞いたわよ。とんでもない虚弱体質だって」
「いやぁ、お恥ずかしい。――あ、そうだアリス、これ差し入れ」
サンドイッチや飲み物、果物などが入った袋をアリスに手渡す。無理矢理にでもアリスの部屋に入るつもりだったから、持ってきていたのだ。
「あら、こんなものを持ってきていたの? 食糧なんて渡したらますます部屋から出てこなくなるじゃない」
「差し入れしなかったら部屋から出てくれるつもりだったの?」
「それはないわね」
即答だ。
「じゃあどっちにしても一緒じゃん。それならちゃんと栄養摂って、健康でいてね。差し入れは明日もするから」
「あ、だったら温かいスープがほしいわ。あとチョコレート、それに暇つぶしの本も」
「……アリス……我が儘ちゃんだね」
「生まれつきのお姫様なんて我が儘に決まっているでしょう。むしろ、シャノンはもっと我が儘になった方がいいわよ。人生は一度きりしかないのだから」
「……そうだね」
それから、私はリュカオンの背に乗り、再びベランダからアリスの部屋を後にした。
そして廊下を歩くリュカオンの背中に、くったりと体重を預ける。
「――あ~、疲れたぁ~」
「お疲れ様。部屋に帰ったらすぐに寝ような」
「うん」
――ふぅ、隠し事の多いお姫様とのお話は頭使うよぉ。





